不思議な心地良さを
天まで聳えるかのような雄大な大樹を見つめながら、俺たちは足を進める。
周囲に悪意を感じないどころか、この辺りには不思議な気配に満ちている空間に思えてならなかった。
神秘的という表現とも違うように感じるが、もしかしてこれが"神聖"と呼ばれる気配に近いものなんだろうか。
その答えが出ることはないが、俺は漠然とそう思えた。
誰も口を開くことなく大樹に触れるほど近くまでやってきたが、それも幹に右手を伸ばしたことで何となく理解できた気がする。
かさりとした軽い感触。
まるで焼け焦げた部分を落としているようにパラパラと崩れる幹の表面を見ていると、寂しそうなエルルの言葉が耳に届いた。
「……これって、もしかして……」
「どうやらそうみたいだな」
「おはな、みられないね」
「葉っぱもないし、枯れちゃったのかな……」
さぞ立派な花を咲かせただろう大樹を見上げる。
少し暖かさが強くなりつつあるが、今の季節はまだ春だ。
葉を一枚もつけずにいることに、あまり良くない印象を受ける。
だとすると厄介だ。
もし推察が当たっているなら、専門の医者に見せないといけない。
たしか樹木医だったか?
医者すらいないこの世界にいるとは思えない。
幹に視線を戻し、子供たちへ向き直ると、背後から声をかけられた。
「こんにちは」
「……こんにちは」
枝の上に座るひとりの女性に、俺も言葉を返した。
瞬時に気配が増えたことは、子供たちも気がついているはずだ。
なのに驚く様子を見せながらも警戒心を強めなかったのは、相手の女性から悪意が微塵も感じられないからだろうな。
「いいお天気ですね」
「そうだな」
「その格好から察するに、あなたは冒険者ですか?」
「まぁ、一応は登録しているが」
こんな場所で白のロングドレスを着ている女性に格好のことを言われる日が来るとは想像すらしていなかったが、口を挟むことでもないか。
「もしよければ、私の依頼を受けてはいただけませんか?」
「俺は身分証を手に入れるために登録しただけだ。
依頼を受けたことすらないし、遂行できるほどの知識と経験は皆無だぞ?」
「無理にとは言いませんが、東にある町に住む男性を探してほしいのですよ」
「東の町?
ブロスフェルトか?」
「確かそんな名前の町だったと思います」
曖昧だな。
町で人を探すなら危険は少ないと思えるし、子供連れでも可能かもしれない。
だが念のために釘を刺しておく必要はあるが……。
「受けるにしても、先ほども言ったように俺は素人だ。
それは人探しだろうと同様だと思ってもらいたい」
「かまいません。
探す努力をしていただけるだけでも十分ですよ。
私はその方との約束もあって、この場所を離れられないのです。
もしかしたら入れ違いになることも考えられますので」
「確かにそうだが、もう少し詳しい話を聞かせてもらえるか?
悪いが、受けるかどうかは詳細を聞いてからにしたい」
「ええ、もちろんです」
ふわりと地面へ下りた女性はとても美しく、儚げにも思えるその気配はどことなく不思議な心地良さを感じさせた。




