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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第九章 空に掲げた手
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笑顔でいてくれないと

 ブランシェの教育をしながら進むこの数日間は、かなり有意義なものだった。

 身体能力しか突出してないこの子に技術のイロハを教えることは楽しかったし、何よりも凄まじい速度で知識を吸収するブランシェに驚きと頼もしさを感じた。


 同時に3人の魔法を見つつ、気になることがあればアドバイスをする。

 フラヴィの体力のなさが若干目立ってしまうのも、エルルの魔法とブランシェの身体能力というずば抜けた強さを目の当たりにしているからなんだろうが、それを補って余りあるフラヴィの安定感は呻るほどだった。


 この子は魔法も身体能力もふたりよりも劣っていると感じてるみたいだが、それしかないと言えるような現在のエルルとブランシェよりも、俺には安定したフラヴィの方が安心して後ろから見ていられる。


 それをしっかりと言葉で説明したが、やはりまだまだ子供なんだ。

 どこか納得しきれていないフラヴィは、寂しそうに小さく『うん』と答えた。



 フラヴィは成長が遅い。

 いや、人の姿を取ってから、まったく身長が伸びていないようにも思える。

 そんな中、エルルは彼女にしか使えないオリジナル魔法を編み出し、ブランシェは自分を遙かに超える身長と身体能力を見せた。

 ここに焦るなという方が、幼いこの子には酷な話だ。


 身長も身体能力も、オリジナルの魔法も。

 俺には何もアドバイスができない。

 そのどれもが言葉にするだけで解決できるような問題ではないからだ。


 だから俺にできることといえば、これくらいしか思いつかなかった。


「フラヴィ、おいで」

「うん」


 寂しげな色を帯びた瞳のまま、フラヴィはやってきた。

 抱き上げ、優しく胸に寄せて頭をなでながら言葉にした。


「大丈夫だよ、フラヴィ。

 フラヴィも必ず大きくなれるよ。

 でもな、急に大きくなると、ブランシェみたいにちぐはぐな強さを手に入れてしまうんだ」

「アタシちぐはぐなのッ!?」

「……それについてもしっかりと説明したはずなんだが……」


 涙目のブランシェへ呟くように答えるが、技術と知識が身体能力に追かないほどの急成長をしてしまったことについて、あとでもう一度説明する必要があるな。


「3人の中ではフラヴィがいちばん安定した強さを持つことは間違いない。

 それは、俺がいちばん安心して戦闘を任せられるって意味なんだよ。

 あとは体力をつけながら実戦経験を積むだけで、どんどん強くなれる。

 でも、急に体力はつかないんだから、無理をする必要はないんだよ」


 とても穏やかに言葉を紡ぐ。

 この子の心が平静を取り戻すように。

 だが、胸の中に抱く小さな子から発せられた言葉に、俺は驚きを隠せなかった。


「……ふらびい、ぱーぱのちからになれてる?」


 この子は、何よりも俺のために強くなろうとしていたんだ。

 みんなのために力をつけようとしていたのも間違いじゃない。

 けど、この子にとってのいちばんは、俺の力になることだったのか。


 ……もしかして、力になれなければ見捨てられる、なんてことを思ってたのか?

 いや、それに近いことを、この子は危機感として心の奥底に秘めていたんだな。


「……俺がいちばんに望むのは、フラヴィが笑顔で幸せに暮らせることだ。

 それはブランシェもエルルも変わらないが、そこに強さを求めてはいないんだ。

 強さを手にできれば安心して世界を旅できるけど、"強くなければ一緒にいちゃいけない"なんて思わないでほしい。

 俺たちは家族なんだから、一緒にいるのは当たり前のことなんだよ」

「……うん」


 そう言葉にしてフラヴィは俺の胸に強く身体を寄せた。


 服を掴む手がわずかに震えている。

 不安になっていたのは理解していたが、これほど強く想っていたとは。

 そこに気がつかなかったことに、申し訳なさと情けなさを強く感じる。


「……ごめんな、フラヴィ。

 不安な気持ちにさせたままで。

 でも、大丈夫だから。

 フラヴィが望むのなら、俺はずっとずっと傍にいるから」

「うん」


 優しく強く、俺はフラヴィを抱きしめる。

 小さな体にこんなにも大きなものを抱え込んでいた子を。


 いくら技術や知識を俺から手にしたとしても、子供であることは変わらない。

 そこに不安や恐怖心は年齢相応のものがやってくることにすら、俺は今の今まで気づけなかった。

 それが当たり前の感情であることにすら、俺は気づいてあげられなかった。


「アタシたちは家族なんだよ?

 フラヴィが笑顔でいてくれないと、ごしゅじんも悲しいよ?」

「ごめんね、フラヴィ。

 お姉ちゃんなのに、あたしも気づいてあげられなかった。

 でも大丈夫。あたしもブランシェも、もちろんトーヤもフラヴィが大好きだよ」


 フラヴィの背中を抱きしめるブランシェと、手を伸ばして妹をなでるエルル。

 その姿に嬉しく思いながら、俺はもう一度"大丈夫だよ"と優しく声をかけた。



 *  *   



 徐々に視界が開けていく森は、どこか別世界にも通じているようにも思えた。

 修練をしながら魔物と戦う日々が続いていたが、それもようやく落ち着きを見せた。


 視界が広がる光景に驚きと開放感を感じながら、中央にたたずむ大樹を俺たちは見つめていた。

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