凄まじい効果を持つ魔法
ボアの突進は、50センチもある幹の太い木を軽々とへし折ると聞く。
この子たちには周囲の魔物に関する生態についてもしっかり学ばせているが、いくら弱い魔物とはいえ左手のみで受け止めただけでなく、さらに15メートルも蹴り飛ばしたことにエルルは血の気が引いてるようだ。
これでもかと瞳を輝かせて尊敬の眼差しを向けるフラヴィとブランシェのふたりとは違い、彼女にはかなり衝撃的だったみたいだな。
エルルは魔法に造詣が深いと思えるし、使った魔法の真価をしっかりと理解できているのかもしれない。
以前フラヴィが発現し、俺を盛大に驚愕させた力を使わずに凄まじい威力を体現してしまう闇属性魔法"ステータスダウン"。
対象者の能力値を20秒もの間、極端に下げてしまう恐ろしい魔法だ。
これを相手から受ければ、今の俺では対処できないかもしれない。
恐らくはキュアⅢでも回復や解除ができない凶悪な力になるはずだ。
能力値を封じるということは、剣すらまともに振れない危機感を抱く。
もしそうなれば確実に敗北することになるだろう。
効果時間が20秒というのも長すぎる。
危険な魔法としか俺には思えない。
ステータスが完全な飾りであれば問題はないんだが、さすがにそれはないはず。
せめてもの救いは、この魔法が世界でも非常に稀な闇属性だということか。
だからといって安心はできない。
全ての場所を歩き回れないほど世界は広いんだ。
闇属性魔法の所有者がレアだとしても、いないわけじゃないはず。
その対処法を優先的に見つけ出す必要が出てきた。
冷静に考えていた俺の耳に、未だドン引いているエルルの声が届いた。
「……トーヤ、やりすぎ……」
「そうでもないと思うが」
「……ボア、15メートルも蹴り飛ばしたんだよ?
あんなにおっきいのに、3回も大きく地面を跳ねてたよ?」
「力を使わなかったとはいえ、体のバネと遠心力を使って思いきり蹴ったからな。
防御力も極端に弱体化していたはずだし、まぁ、あんなもんだろ」
「いやいやいや!
そういうレベルじゃないから!
見てよあれ! 地面抉れてるよ!?」
「あぁ、綺麗に直線状のラインが伸びてるな。
その手前で3回跳ねてるし、中々面白いへこみもできてるみたいだ」
「…………」
何かを言いかけたエルルは瞳を閉じ、口をつぐんだ。
何を言っても無駄だと思われているのかもしれないが、俺としては興味深い結果になったと思っている。
これは、力を使わなくても叩き出せる威力だと証明したようなものだ。
であれば、かなり有用性のある魔法になる。
これを使って攻撃すれば、ゲームに出てくるゴーレムのような物理攻撃に対して非常に高い耐性を持つ魔物でも、文字通り殴り飛ばすことが可能になるだろう。
何よりも、体力と精神力の消耗が激しい奥義の使用を抑えることができる。
当然、必要に応じて奥義を使う覚悟は常に持ち続ける。
だがあれは回避不能な一撃必倒の技で、高威力とすら呼べないような確実に対象を両断する凄まじい威力を持つし、使わないに越したことはない。
それに弱体効果が20秒もあるなら非常に便利な魔法だ。
……相手からすればたまったもんじゃないが、面倒な能力を持つ盗賊にも使えるだろうから、ダークやバインドよりも優先して鍛えた方がいいだろうな。
次、遭遇した魔物を足で押さえつけながら、MPの続く限り使い続けてみるか。
そんな考えを読み取られたんだろう。
エルルは白い目で見つめながら言葉にした。
「……えぐい魔法……」
「否定しないし、その認識は正しい。
対象を弱体化させる魔法は、この世界でも唯一無二かもしれないな。
でもな、相手に情けをかけた瞬間、エルルだけじゃなく大切な人に牙が剥くことも、しっかりと覚えておいてほしい。
相手はエルルみたいに優しい心を持っているとは限らないんだ。
それどころか、命を摘み取ることになんらためらいを見せないだろう。
敵に情けをかけるなとは言わないが、ほんの少しの油断やためらいが大きな悲しみに繋がることも起こりうる世界なんだ。
それを忘れてはいけないと、俺は思うよ」
俺は静かに、何よりも諭すようにエルルに話す。
その気持ちがしっかりと伝わったのだろう。
彼女は頷きながら答えた。
「…………そっか。
……ううん、そうだよね。
非情になる必要はないけど、迷いは大切な家族を危険にしちゃうんだね」
「あぁ、そうだよ」
ぽんとエルルの頭に手を乗せて優しくなでると、どこかくすぐったそうに瞳を閉じて微笑んだ。
行動を制限し、視界を遮り、能力値すら強制的に押さえ込む。
どれをとってもチート級と言えるほどの凄まじい効果を持つ魔法だ。
だがそれでいい。
大切な人を護るために、可能な限り勝率を上げるのは悪いことじゃない。
問題はそれを誰に、そしてどういった時に使うかで意味が大きく変わるんだ。
俺は英雄になるつもりも、ましてや正義のヒーローになりたいわけでもない。
家族を護るために必要な力であるなら、どんな凶悪なスキルだろうと使うことをためらったりはしない。




