試したいことがあるんだ
平原にいる単独のボアがその視界にはっきりと映し出された頃、3人はいつものように戦闘に備えた気配をまとう。
そんな子供たちへ声をかけた。
「今回は俺に戦わせてほしい。
少し試したいことがあるんだ」
「試したいこと?
さっきトーヤが黒い影をくにゃくにゃさせてたことと関係するの?」
「そうなんだが、そんなにくにゃくにゃしてるつもりはなかったな」
「ぱーぱ、くろいの、くにゃくにゃしてたの。
なんだかとっても、たのしそうなおかおだった」
「そ、そうなのか……」
笑顔のフラヴィから発せられた言葉に軽いショックを受ける。
まぁ、確かに面白い修練だったが、顔に出ていたのか。
……もしかして、これなのか?
俺の考えていることが相手に伝わっていた理由は。
いや、そんな顔はしていない……と、思いたい……。
「それでそれで?
どんなことをするつもりなの?」
「まだ発動させたことはないが、闇属性魔法を試したいんだ」
「わぅぅわぅわぅわぅぅ?」
「そうだ、闇属性魔法だ。
スキルとして入手はしてるから使えるが、その効果をこの目で見たいんだよ」
「ぱーぱ、ぶらんしぇのことば、わかるの?」
「いや、正確な言葉としては理解できてないよ。
でも最近はだんだんブランシェの気持ちが伝わってくるような気がするんだ」
「そっか。
よかったね、ぶらんしぇ。
ぱーぱにきもち、つたわったね」
「わぅ!」
とても嬉しそうなフラヴィとブランシェ。
そんなふたりの姿を笑顔で見つめるエルルだった。
さて、眼前に見えるボアに集中する。
大きさは中型くらいだろうか。
曲線を描いた牙が2本生えているが、それほど脅威にはならない。
そもそも攻撃が単調すぎて、まず当たることもないと思えた。
所詮はイノシシに攻撃力と耐久性を若干増やした程度の強さだからな。
問題は倒すことではなく、闇魔法が巧く作用するか、だな。
3人から少し先行し、ボアに気づかれる位置まで移動する。
といっても、やはり獣に多少毛が生えたような弱さだ。
20メートルまで近づいて、ようやくこちらに気がついたのか。
前足で土をかき出すような仕草はイノシシそのものに思えるが、その大きさは2メートル近くあるみたいだな。
一直線にこちらへ疾走するボアに向けて、俺は魔法を放った。
「"バインド"」
両前足を絡め取るように黒い闇が急速に巻きつき、行動を制限させた。
勢いを失くせないボアは地面を転がり続け、前方へ回転しながら動きを止めた。
闇属性魔法"シャドウバインド"。
対象を10秒間拘束する闇魔法だ。
たった10秒ではなく、10秒も拘束してしまう。
一瞬で切り伏せられる俺には、1秒でも相手の行動を封じられるこの魔法の効果は凄まじく、どんな強敵でも安全に倒すことができるだろう。
当然、スキルの効果を受ける対象にのみ、という限定条件はあるが。
頭の中で秒読みをしながら、俺は効果が消える寸前に別の魔法を発動した。
「"ダーク"」
ボアの眼周辺に漆黒の闇が覆う。
拘束から開放されたボアは立ち上がるも、こちらの姿を見失っているようだ。
"シャドウダーク"
相手の視界を一時的に奪い、行動に制限をかける魔法だ。
効果は10秒で切れるが、それでも十分すぎる効果を見せた。
もっとも、この魔法は俺たちが受けたとしても気配で敵の位置を察知できる。
恐らくはディートリヒ達でも問題なく対処ができるようになっているだろうな。
「……うわぁ……」
エルルの引いてる声が耳に届く。
気持ちは分かるが、気にすることなく次の魔法をかけた。
「"ステータスダウン"」
視界が正常に戻ったボアは怒りにも似た感情をこちらにぶつけようと迫る。
強烈な突進にも思えるそれを、俺は微動だにせず左手のみで軽々と受け止めた。
完全に動きを停止させたボアへ、強烈な後ろ回し蹴りを右足で叩き込む。
直撃したボアはものすごい勢いで15メートル後方まで吹き飛んだ。
重々しい岩がぶつかったような音が何度も耳に届くが、涼しい顔でそれを見つめていた俺は光の粒子になって消えていくボアを確認して、今回手にした経験を冷静に思い起こしながら次に繋げるべく思案を始めた。
「……えぇぇ……」
「ぱーぱすごーいっ!」
「わぅぅ! わぅ! わぅ!」
なんとも言えない表情をしている子は置いておき、純粋に尊敬の眼差しを向けるふたりに若干の気恥ずかしさを感じながら、俺は3人の近くへと戻った。




