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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第九章 空に掲げた手
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清流のように

 それでも納得ができないエルルに話を続ける。


「エルルは少し活発すぎるんだ」

「……それって、落ち着きがないってこと?」

「そうじゃない。

 言葉にするのは難しいが、元気すぎると言った方が合ってるだろうか。

 いわゆる力ってのは、プラスかマイナスに分類されるんだ。

 それを温度で表現するなら熱と氷だな。

 水を中心としてプラスなら熱湯に、マイナスなら氷結する。

 人が力の流れをどう扱うかで、水はどっちにも向かうんだよ」


 エルルはプラスの方向に寄っている。

 それはポジティブとも言い換えられなくはないが、力を発揮するなら冷静に心を落ち着かせた方がいい結果を出す場合が多い。

 だからこそ、冷静に行動できる技術を体得させたいんだ。


「冷静と情熱。

 どちらが良くてどちらが悪いという意味じゃないが、時に情熱は判断を曇らせるってことは確実だと俺は思っている」


 情熱はいきすぎると激しい怒りにまで高まる可能性がある。

 それは冷静とはほど遠い、危険な兆候とも言えなくはない状況になるだろう。

 憤怒を力に変えることができれば極端に強くなれるが、それを使いこなすためには何年も研鑽を積まなければ体得できないと教わった。


 まだまだ未熟な俺は怒りを抑えきれないこともあるだろうし、これまで何度かそれが出そうになったことも自覚している。

 激しい怒りにまで高まった力をコントロールするのは非常に難しい。

 それも人の性格や本質によっても変わってくるらしいが、まずは冷静さを手にすることを優先するのがいいと俺は思っている。


「常に冷静な対応をすれば、回避できる厄介事も多くなる。

 エルルはプラスの力が少し強いんだ」

「……あたしは、冷静さを手にすれば強くなれるの?」

「現段階ではそれでいいが、将来の理想は少し違う。

 確かに冷静さは安全の確保に必須と言えるほど重要だ。

 だが俺は、時に情熱も必要になることがあると思うんだ。

 要するにそのどちらも使いこなせるのが理想系なんだよ」


 エルルの頭から煙が出ているが、幼い子がすべてを理解するのは難しい。

 今はただ、将来手に入れる理想系のひとつとして話を聞いてくれるだけでいい。

 俺だってそれを使いこなしているわけじゃないし、それこそ達人の領域になる。


 だからまずは、基本的なことを話した。

 ほんの少しでも強くなれる切欠を受け取ってくれたら、それで十分だ。


「風のように速く、火のように強く、土のように構え、水のように流す。

 全部の属性を使うなんてことは、この世界の理ではできない。

 でも、そのすべての特性を巧く扱うことは可能なんだ」


 何も魔法を使えという意味じゃない。

 現実的に別の属性魔法をこの世界の住民は誰もが使えないんだ。


「"静"と"動"。

 これが俺の学んでいる流派が教える基礎技術のひとつだ。

 そしてこれらは奥義足りうる最高の技術にまで昇華できるんだ。

 そのどちらでも使えるように、中心にいることが俺は理想だと思ってる。

 炎でもなく氷でもない、静寂の中に流れる清流のように。

 いついかなる時も、そのどちらにでも動けるように」


 今のエルルには難しい話だが、それもいつかは学ぶことができるだろう。

 そうなれば安心して戦闘を任せられる強さを手に入れられるはずだ。

 急にできるようになるのは無理だが、それもいずれは手に入れられる。


 今はただ、話を聞くだけで十分だ。

 この時の俺はそう思っていただけだった。


「……すごく難しいお話だけど、なんとなくわかった。

 燃え盛る火炎は強烈だけど、周りにまで影響が出ちゃう。

 でも、マナを下げずに威力を抑えることができれば"静"になるってことだね。

 それなら、これを、こうして…………こう…………からの…………こう!」

「……いや、急にはできないから、じっくり数年かけて学んでいけばいいん――」

「――"炎の衝撃(フレイム・インパクト)"!!」


 縦長で長方形の赤みがかった透明の壁が前方へ勢いよく飛び出た。

 あまりのことに目で追いながら、俺はその場で呆けることしかできなかった。

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