相手の出方次第で
マルティカイネン家は領地を持つ大貴族だ。
当然、私兵の数千くらいは持っている。
彼女なりの冗談だとふたりは考えるも、いたって真面目な表情を崩さずにルーナは言葉を続ける。
「トーヤっちが本気になったら、数は意味をなさないと思うっすよ。
魔術師だろうと剣士だろうと一瞬で終わらせるだけの強さを感じるっす。
世界中のランクSから同時に襲われても涼しい顔で捌き切った上に、平然と立ってるような圧倒的凄まじさがあるっすね」
「……マジか……」
「マジもマジ、大マジっすよ。
100億ベルツを積まれても彼と敵対するのはごめん被るっす!
そんなことをするくらいなら暗殺ギルドと揉めた方が100倍マシっす!」
とんでもないことを口走るルーナだが、それほどの強者だとはさすがに思いも寄らないふたりだった。
しかし、気になる話を聞いた。
このまま何事もなく済むかも分からない現状で、唯一弱点と思える彼の性格が災いしないとも限らない。
「相手の出方次第で、トラの尾を踏むことになるのか……」
「……トラ? 甘いっす! あまあまっす!
甘すぎてお腹がもたれちゃうっすよおじじ!」
ローランを指さしながらルーナは答える。
その真剣な表情に、思わずごくりと喉を鳴らすふたりだった。
「あれはトラじゃなくドラゴンっす。
それも古の時代を生きる伝説の古龍エンシェントドラゴンっすね。
そんなのと戦いたいと思う人間の方がどうかしてるっす。
対応を誤れば、付近一帯が焦土と化すっす……」
静かに語る彼女の額から雫が静かに流れた。
その様子から本心で語っているのは分かるが、それでもあの大人しそうな彼がそれほど危険な存在には思えないふたりだった。
「さっきも言ったっすけど、これは彼と敵対した場合の想定っす。
ふたりも知ってる通り、根は真面目で家族想いの優しい子っすよ」
「しかし沸点が低いってのは気になるな」
「それも基本的には大丈夫だと思うっす。
問題は家族に何かあった場合っすね」
不吉な言葉を発する彼女だが、それでも彼が爆発させるような怒りを見せるとは思えない。
それほどのことをしたんだろうとも思えるような事態に直面でもしなければ、怒るようなことはないのではないだろうか。
だがルーナは話を続ける。
その沸点の低さの中でも、飛びきり彼を怒らせる要因に繋がる子があの中にいたことを。
「中でも黒髪の子への想い入れは凄まじいものを感じたっす。
あの子にもしも何かが起こったら、どうなるかは見当もつかないっすね……」
「そういえばあの子、トーヤさんに似ていたわね。
黒髪に黒目だったし、年齢的にお子さんかしら?」
「そこまでは分かんないっすけど、少なくとも目に入れても痛くないほど溺愛してるっすね」
「……そんなふうには見えなかったけれど」
「金髪の少女も白いわんこも大切にしてるって意味で差は感じないっす。
けどトーヤっちにとって、黒髪の子だけは本当に特別な子みたいっすよ」
「そんな子に何かが起こった場合、か……」
「……考えるのも恐ろしいっす……」
ルーナは青い顔でぶるぶると身体を震わせた。
憶測だけで物事を判断しない方がいいが、それでも必要以上に彼を怒らせることだけはしない方がいいと彼女は念を押した。




