話のひとつ
頭を上げたローランは話を続ける。
お礼を伝えるためだけに呼び寄せたわけではないことくらいは理解できるが、まさかあれから進展があったのか?
「もうひとつの本題に入る。
確かに礼を伝えたかったのは本心からだが、あくまでも話のひとつに過ぎない。
トーヤ殿が所持している指輪の持ち主の家と繋がりのある男を先日捕縛した。
男の名はマルクリー。
バルヒェットを拠点に置く豪商で、表向きは良心的な対応と商品を売るも、裏では大規模な麻薬の売人をしていた男だ」
「日々お客様の笑顔のために商売していた男が、裏では麻薬を密売していたのか」
「概ねその通りだ。
こいつの悪党なところは、笑顔でまともな商売をし続けていたってことだな。
憲兵が押しかけた時も顔色ひとつ変えずに対応した姿に、俺は怖気立ったよ」
「前々から黒い噂は絶えなかったのだけれど、尻尾を一切見せずに困っていたの。
先日、私の優秀な部下を派遣し、証拠を掴んだことで一気に形勢が変わったわ」
俺の知らないところで色々と動いていたようだ。
しかし、指輪の持ち主との繋がりがまだよくわからない。
麻薬の販売ともなれば確かに大きな事件になるが、ここはあくまでも他国だ。
それほど警戒すべきことにも思えない俺がいるな。
「……いや、そうか。
帳簿に名前が出たとか、そんなところか」
「察しがいいな。
イニシャルのみだがそれを匂わせるどころか確証を掴めるだけの情報があった。
当然このまま済ますつもりはないが、先ほどフィリーナが言葉にしたようにマルティカイネン家の者と思われる人物がこの町に来た形跡が見つからなかった。
これは由々しき事態となるかもしれない」
「どうして?
バルヒェットにいないのなら、別の町に向かったってことよね?」
首を傾げながらエルルは言葉にするが、実際には別の意味を持つと俺は考えた。
そしてこの場にいる2つのギルドの長達もまた、ことを重く考えているようだ。
「いいやお嬢ちゃん、むしろ危険なことだと俺達は考えてるんだ。
理由はふたつ。
お嬢ちゃんが言うように、単純にこの町を通過せず素通りした可能性もあるが、恐らくこれはあまり現実的ではないほどの遠回りをせざるをえない。
トーヤ殿が保護した男達の情報から馬車の大きさ、形などは報告を受けている。
そこから推察しても長距離を補給なしで移動できるとは思えないんだ。
それこそ希少なマジックバッグを大量に持ち歩かなければならないほどに」
「考えられるもうひとつの可能性が、とても危険なの。
そう簡単には納得できないほどの、ね。
つまり――」
「誰にも気付かれることなく、町に入り込んだ可能性……」
青ざめながら小さく声に出すエルルは、そのまま言葉を失う。
もしそれが本当なら、大変な事態になりかねない。
だがそんなこと、現実的に可能なのか?
未だに俺は"馬鹿息子説"も捨てきれない。
指輪を持つ理由も、当主の物を勝手に持ち出したからだと。
「我々や憲兵も完璧ではない。
本来出ちゃ困るが、穴はどこにでもある。
しかし護衛を乗せた他国の要人を見過ごしているとなれば話は別だ」
「内通者の可能性は?」
「すでに捕縛済みだが、憲兵にはいなかった。
だがもうひとつ、困ったことになっていてな……」
言葉を濁しながらお茶をすするローランに、俺は冷や汗が止まらなかった。
「……まさか、逮捕者はすべて……」
「……あぁ、死んだよ」
……そこまでする……連中だってのか……。




