できることを
俺がいた世界とは違い、彼らには実行に移せるだけの力がある。
目の前にいる司祭は鑑定とヒール、キュアが使えるとレナーテに聞いた。
そういったスペシャリストだからこそ教会に独り残ったわけだが、それだけでなく彼自身から発せられる言葉の中には温かいものが確かにある。
それは誰にだってできることじゃない、とても特殊な才能だと俺は思う。
司祭の言うように、この国は自由なんだ。
だから、司祭が無力感に苛まれることはない。
これほど町民を想う彼がいれば、あとは時間が解決してくれるはずだ。
10年20年はかかるかもしれないが、きっとその頃には笑って町を歩く人も増えるだろう。
「今日もいつも通りにお話を?」
「ええ、もちろんですよ。
これでも私のお話を楽しみにしてくださる方も多いのです。
よろしければトーヤさん達もご一緒にいかがですか?」
「ありがとうございます。
ですが、ひとり興味の持てない子もいることですし、他にも用事がありますのでまたの機会にさせていただきます」
そう言葉にした俺は床で眠るブランシェに視線を向け、その様子を見た司祭は優しく頬を緩めた。
人の話を大して聞かずに良く寝る子だなと思っていると、扉がノックされた。
「どうぞ、お入りください」
「失礼いたします」
「何かありましたか、レナーテ」
「トーヤさんにお客様がいらしております」
「客? 俺にですか?」
「はい、ギルド職員のようです」
……今度は冒険者ギルドか。
あんまり目立ちたくはなかったが、今回のはしかたないか。
「それではすみませんが、俺達はこれで失礼いたします」
「教会まで足を運んでくださり、ありがとうございました」
「……貴重なMPポーションを使い切ってしまい、申し訳ありません」
俺の言葉に、彼は微笑みながらそれを否定した。
「確かにあの薬はとても高価で、何度も気軽に使えるものではありません。
教会にいらしてくださった方の善意から購入させていただいたもので、もしもの事態に備えて取っておいたものでした。
ですが、人の命は何ものにも換えがたい、尊いものです。
幸い死者はなく、重傷者もあなたのお力添えもあり、救うことができました。
私達教会は、あなたが行った善意の行動を、心の底から感謝申し上げます」
まさか逆に頭を下げられるとは思っていなかった。
神父コルヴィッツやシスター達が言っていた通り、彼は誰かに恨みを買うような人物では決してない人格者だった。
そんな司祭に、俺が言葉にできることはひとつだけだ。
「俺たちにできることをしただけですから」
「そうですか」
顔を上げた司祭の表情はとても嬉しそうなもので、彼は俺がそう答えるのも予想していたのかもしれない。
どこか誇らしげに俺たちを見つめていた。




