知っているのか
彼女が放った言葉の真意を深く探ろうとしているのだろう。
固まり続ける4人だったが、冷静に戻ったエゴンは静かに訊ねた。
「……あんた、たしかこの近くにある"白羊の泉亭"の一人娘、だったか?」
「……はい」
「……この男を知っているのか?」
彼の質問に顔を青ざめながらも、彼女はゆっくりと首を縦に動かした。
……なるほど。
これでおおよそは理解できた。
飲食店の真裏にある井戸に毒を投げ込んだ馬鹿な男の動機も。
思わずため息が出てしまう俺の耳に、彼女の言葉が届いた。
「……先々週、ゲラルトさんに、その……告白をされまして、お断りさせていただいたんですが……でも、まさか、そんな…………こんな、こんなことを…………」
ピシリと空気に亀裂が入るような鋭い気配があふれるも、彼女は話を続けた。
この男は、一方的な価値観で彼女を手に入れようと躍起になったそうだ。
そのあまりにも他者を見下し、彼女すらも下に見た扱いに大人の対応で断ったのだが、かなり強烈な悪態をついて脅迫としか取れない言葉を言い放って立ち去ったと、クリスタは体の震えを必死に抑えながら真っ青な顔で答えた。
どうやらこの男は、本当に頭がおかしい類のようだ。
まぁ、周辺住民が日常生活で使ってる井戸に毒をためらいなく放り込んだんだから、まともな神経を持ち合わせていないと思ってたが、まさかこれほどのやつだとはさすがに俺も想定外だった。
まるで世界が自分中心に回り、そのすべてを自由にできると勘違いでもしているんじゃないかと思えるような理不尽さを振りまきながら生きているみたいだな。
あまりのことに呆れ果て、言葉がまったく出てこない。
そんな俺の思考を代弁するようにカサンドルは口を開く。
その姿は普段の彼女からは想像もつかないほど激怒していた。
「好きな女にフラれた腹いせに毒を井戸へ投げ込んだってのかッ!?
どんだけの人間が恐怖と痛みに苦しんだと思ってんだッ!!」
「…………あなたのような下衆は、生まれて初めて見ますね…………」
感情むき出しのカサンドルとは対照的に、静かな言葉で返すシャンタル。
しかしその視線は、まるでゴミを見るような冷徹さがあった。
残念ながら男にはまったく通じていないどころか逆に悪態をつく姿は、かえって彼女達の怒りに火をつける結果となる。
それは聞くに堪えない、女性への暴言。
セクハラですらないおぞましい言葉を男は言い放つ。
あまりにも汚く醜い言い草に、俺は子供たちの耳を塞ぎたくなった。




