生涯わからないこと
苛立ちを抑えきれない俺をよそに、男は気色悪い笑みを浮かべながら答える。
その姿に、こいつは俺を本気で怒らせたいのかと考えるも、こういった性格の人間は幼い頃から歪んだ心を持っているんだろうと納得させ、心を落ち着かせた。
ここで俺が怒りを見せても意味のないことだ。
本音を言えば、こんなやつと関わるのも遠慮したい。
しかし、そんな気持ちを踏み躙るように、男は悪意を振りまいた。
「……ク、クフックフフッ。
俺の家族にき、危害を加えた?
な、何を言ってるのか、わからないな。
俺はそんなこと、していない。
間接的に関わったことまで知るかよ。
い、言いがかり、つけてんじゃねーよ」
急激に周囲の温度が下がり、4人の大人達が強烈な悪感情を向けた。
対照的に、俺は今の発言でどこか冷静になれた気がする。
あまりにもアホすぎて、しらけたのかもしれない。
その言葉が持つ意味を、こいつはまったく分かっていないんだろうな。
何がそんなに楽しいんだか、今も嘲るように笑う姿を見て冷静でいられなかったエゴンは激しく吼えた。
「間接的!? 知るか!? 言いがかり!?
これだけのことをしておいてふざけんなよこの野郎ッ!!
お前は大罪を犯しているのがまだ分からないのか!!
住民が多く利用している井戸に毒を投げ込んだ器物損壊罪!!
状況によっては建造物等損壊罪も適応されるだろう!!
井戸を使えなくした場合は破壊活動防止法違反にも該当する!!
無差別的に人命を失わせようとする罪に加えトーヤをナイフで襲った殺人未遂罪と、逃げ出そうとした逃亡罪、ならびに憲兵の公務を妨害した公務執行妨害!!
まだある!! 周辺住民へ毒による傷害と殺人未遂、毒物及び劇物取締法違反、生活用水汚染罪!! 料理店への著しい営業妨害と威力業務妨害に信用毀損罪!!
お前が仕出かした事態は、ざっと言葉にするだけでもこれだけ多くのことをしている大犯罪だ!!」
感情に任せて言葉にするが、それはこの場にいる大人の誰もがしたいことだ。
それだけの事態を招いた行動だったことすら気づかず、今もアホ面をし続けている男には生涯わからないことなのかもしれない。
だが、それでも言わなければ気が済まなかったんだろう。
エゴンは冷静に戻りながらも、憲兵としての職務を全うした。
「……以上の容疑でお前を逮捕する。
どんな理由があろうと、お前のしたことを赦すわけにはいかない。
詳細は憲兵詰所に連行し、みっちり聞かせてもらう」
「…………ゲラルトさん?」
若い女性の声が背後から聞こえ、一同はそちらに視線を向ける。
そこに立っていたのは、とても複雑な表情をしているクリスタだった。




