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空人は気ままに世界を歩む  作者: しんた
第八章 オ・ブ・デュ・デジール
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意気がるんじゃねぇよ

 腹を押さえながら苦悶の表情を浮かべる目付きの悪い男に苛立ちが募る。

 まさかとは思うが、この程度で音をあげるとか言わないよな?


「ごはッ――げふッげふッかはッ!」

「黙れ。

 耳障りだ。

 さっさと起きろ」

「――グッ!

 こ、こっちはナイフ、も、持ってんだぞ!」

「だからなんだ、もやし。

 使い方も知らないおもちゃを手にしただけで意気がるんじゃねぇよ」


 ……一言一言イラつくやつだ。

 いっそ意識がなくなるまでぼこぼこにしてやるか。

 そうすりゃ今より少しはまともな面構えになるだろ。


 町中でナイフを持って襲いかかった時点で罪になるし、このまま殴って気絶させても正当防衛になるだろうな。

 それもこれだけ大勢の前で攻撃してくれば、もう確定だ。


 だがそれだけじゃ俺の気が収まらない。

 最低でもあと2、3発は殴らせろ。


 女性の悲鳴がこだまするように周囲へ響き渡るが、体を鍛えてないやつがナイフを持っていても意味などない。

 最初の奇襲が失敗した時点で実力差に気づいて諦めるかもと思ったが、どうやらこいつはよほどの馬鹿らしいな。

 未だに隙を見つけて攻撃する気でいる、おめでたいやつのようだ。


 俺にそんなものはない。

 少なくとも、お前如きに当てられるほど軟弱な鍛え方はしていない。


 それこそ恥だ。

 こんなクズに傷ひとつでも負わされたら、師範代を返上しなきゃならない。

 これまで教えてくれた父だけでなく、歴代の流派継承者に申し訳が立たない。


「ガァァッ!!」

「まるで野獣だな」


 目の色を変えて本気で襲いかかってくる男。

 確実な殺気を持って俺に迫るが、そよ風にも思えないほどのものだった。

 ナイフ1本持った程度でどこからくる自信なのか、俺にはまったく分からない。


 握り込む右指へ払うように拳を当て、武器を落とさせた。

 同時に伸びきった腕ごとひねり込みながら軸足を払い、力の流れを誘導する。

 男の体を大きく一回転させて地面へ叩きつけた。


 見た目は豪快な技に見えるがその実、いたってシンプルなものだ。

 華々しく思えても使った力は相手のがほとんどで、俺はあまり力を込めてない。

 武術を学ばせる場所ならいずれは教えてくれるだろう程度の技術だが、この世界じゃそれも一般的に知られていないんだろうな。

 格闘漫画じゃよくある技術なんだが、そんなものはないだろうしそれも当然か。



 どうでもいいことを考えている間に男は立ち上がろうとしていた。

 まるで歯軋りが聞こえそうなほどイラついてるな。


 まだ刃向かうつもりならちょうどいい。

 その意識を、腐った根性ごと潰してやる――


 ナイフも拾わず殴りかかってきた男の腕をよけ、背後に回って肩を強めに掴む。

 そのまま振り回してきた右手首の速度を追加させながらひねり込み、今度は強めに地面へ叩きつける。

 周囲から見ると大の男が宙を斜めに高速回転する姿は中々衝撃的だろうが、先ほどのものとは違い、今回は相当痛かったはずだ。


 呼吸すらままならない状態のようだが、知ったことではない。

 地面に転がる男をかなり強引に取り押さえた。

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