まったく笑えない
執務机で書類整理をしながら、私は先ほどのことを考える。
相当厄介な案件がこの町にやってくるかもしれない。
下手をすれば、この町にも災いが降りかかるほどのものが。
しかし、悪い話だけでもない。
指輪を手にした少年の瞳は、澄み渡る泉のように透き通っていた。
あれほど美しい輝きを持つ人物を、私は見たことがない。
「ロー君もそう書いていたけれど、本当に素敵な子ね。
思わず力になりたくなるほど、とても魅力的だったわ」
主人と出会う前だったら、猛アプローチをかけていたくらいだ。
あの頃の私ならば、彼も一度は真剣に考えてくれる容姿をしていたはず。
そんな仮定の話を考えながらくすりと笑みがこぼれ、私は書類に視線を戻した。
先日、デルプフェルトで起きた凄惨な事件の一報が届いた。
いつの時代も、そんな愚か者はいなくなることはない。
彼のような輝きを持つ人物がいる一方で、無法者は増え続ける。
これのなんと皮肉なことだろうか。
もしかしたら、いなくなることなんてないのかもしれないが、それでも平穏な暮らしを人々は望んでいる。
そんなことを考えている時だった。
がちゃりと扉が開き、右手を上げてひとりの女性が入ってきた。
「うぃーっす!
戻ったっすよー!」
「ルーナ、ノックくらいしなさい」
「したっすよー、心の中で」
「聞こえなければ意味がないって、いつも言ってるでしょう?」
「いやん、怒っちゃいやっすよー」
「……もう」
体をくねくねと動かす彼女にため息しか出ない。
それがこの子の性格だとわかっていても、未だに慣れないわね。
性格を少し直せば、男性なんていくらでも寄ってくる容姿をしているのだが、彼女は人の恋愛事情以外には興味もないようね。
もっとも、言い寄られても笑顔で蹴っ飛ばしながら撃退しそうだけれど。
「それじゃあ、報告を聞くわ」
「はいはいっすー!
やっぱフィリっちが思ってた通りみたいで間違いないっすね。
マルクリーんちには秘密の隠し部屋が地下にあったっす。
そこにはご禁制のお薬から、読むのもためらわれる内容の日記がッ!?」
両手を広げ、驚きながら報告する彼女だった。
とても楽しそうに話をするが、こちらとしてはまったく笑えない。
麻薬の密売人だとは影ながらにささやかれていたが、憲兵が2度も調査したにもかかわらず、その証拠が見つかることはなく野放しにされていた。
だがこれで、長らく放置され続けた懸念のひとつを絶つことができる。
商人である以上、見られたくない裏帳簿も必ず見つかるはずだ。
それだけでなく横の繋がりも発見できるかもしれない。
もしそうなれば、多くの悪党を逮捕できる可能性すら見えてくる。
可能であれば彼に関わるすべての関係者を一網打尽にしたいところだ。
それはつまるところ、静かに暮らす人々の安寧に繋がるのだから。




