風のように
心なしか、足取りから音符が出ているようにも思えるブランシェ。
その楽しそうな横顔から、よほどチョーカーがお気に入りなんだろうことは想像にかたくないが、安価な商品なので若干の申し訳なさも感じてしまう。
何か他にも買ってあげたいと思う一方で、それほど商品が充実していない以上、この町では諦めてもらうしかないんだろうか。
そのぶん何か美味しいものをあげた方がこの子は喜びそうだが、町の中では俺が作った食事を用意する場所も限られる。
宿屋の部屋で食べてもいいか聞いてみるか?
いや、さすがにそれは非常識だと思われるか。
いざとなれば食事だけ町の外にでも向かうか?
ブランシェが喜びそうなことを考えながら歩き、俺はある店の前で足を止めた。
「何かのお店?」
「ここは魔導具を専門に扱ってる店だ。
フラヴィは一度来ているが、憶えてるか?」
「うんっ、ふらびい、だっこしてもらった」
どうやらいい思い出として残っているようで安心した。
まぁ、色々と説明をしなきゃいけないんだが、きっと大丈夫だろう。
扉に手をかけ、少しだけ開いた瞬間に違和感を覚えた。
ドアベルの音がしない?
アラーム効果もあるって言ってたのに外したのか?
さすがに無用心だぞ。
一抹の不安を感じつつも俺は扉を開けた。
そのまま店内に入ることもできずに呆然と立ち尽くしていると、横から覗いたエルルが言葉にした。
「……お店?」
「……の、はずなんだが……」
がらんとした間取りだけの空間。
人の気配すら感じられない店内に、思考が凍りつく。
「……カウンターも商品も、すべてなくなってるな……」
「誰もいないみたいね」
狐につままれるとは、こういう時に使う言葉だろうか。
ダイニングやキッチンを覗いてみたが、何も置かれていなかった。
……何かのトラブルか?
いや、あの人に限って……。
……否定しきれない俺がいるな……。
数日借りていた部屋に入ると、部屋の真ん中に何か置かれていた。
「……手紙、かしら?」
「どうやらそのようだな」
白い封筒に入れられた手紙と思われるものを確認する。
一枚の大きな紙が4つ折りになって入っていた。
「うわっ! すごい太い字!
……なになに……『迷宮都市で待つ』
…………トーヤ、いったい何したの?」
「……いや、何もしてないぞ……」
「……でもこれ、"果たし状"ってやつじゃない?」
そうじゃないと思いたい。
そんな言葉すら自信を持って外に出ることはなかった。
…………なんだ?
俺は迷宮都市で、ラーラさんに襲われるのか?
店の隣に住んでいる女性に詳細を訊ねると、少し前に魔導具店を閉めたらしい。
詳細は聞いてないが満面の笑みで『お世話になりました! お引越しします!』と告げた彼女は、馬車いっぱいに荷物を積んで風のように去っていったそうだ。
あまりにも突然なことに目を丸くしたまま固まって、詳細を訊ねる前に去ってしまったと女性は教えてくれた。
時期を考えると、どうやら俺がブランディーヌと逢っていたころのようだ。
まぁ、あの人のことだ。
気まぐれで店を移転しただけかもしれないな。
当てが外れた俺は、子供達を連れて防具屋へ足を進める。
とはいえ、その足取りは重いと言わざるをえない。
子供用の防具が売っているとは、とても思えないからだ。
せめて革鎧や胸当てくらいはあるといいんだが……。




