お金を出してまで
馬車の予約を済ませた俺達は、教えてもらった女性服専門店へ足を進めていた。
出発は翌朝、御者に運賃を支払ってデルプフェルトを離れることになる。
乗り遅れた場合は明日の便になってしまうので、気をつけなければならない。
とはいえ、町と町を往復する馬車が毎日出ているのはとても便利だ。
これが1日1本しか動いていない電車のダイヤだと考えれば話はまったく変わってくるが、この世界には無法者だけじゃなく魔物が出現する。
これらと遭遇しても安全に対処ができる移動手段は、戦えない一般人にとっては助かるものだと言えるだろう。
商業ギルドからは他に数本馬車が出ているみたいだが、残念ながらこれを利用できる部外者は護衛依頼を受けた、ある程度経験を積んできている冒険者だけだ。
若手冒険者の、それも子連れが利用することはできない。
バルヒェットまでの料金は、片道ひとり4800ベルツ。
天候や魔物に影響されることなく順調にいけば3日の旅になるが、1日1600ベルツという格安料金で馬車を利用できるのも乗合馬車の魅力のひとつだ。
もちろん馬車の大きさ、目的地までの距離やその周囲の危険度、無法者や魔物の情報なんかでも色々と価格が変動するらしく、短い距離に安全な経路なのに高額の場合はしばらく誰も利用することはない。
それだけ危険が伴う道を無視して進みたい、なんてわがままを言う者はあまりいないし、いたとしてもまずは冒険者ギルドに護衛依頼をするのが一般的らしい。
乗合馬車と一口に言っても、中には移動中の食事を保証してくれる馬車もある。
当然だがその分料金も増すので、そこは利用者の財布と相談といったところか。
基本的に自分の食事と水は、各自用意するのがいいと言われる。
何かあった時に人頼みでは逆に印象が良くないから、その点も理解できるが。
「でもさ、お料理ならトーヤの作ったものより美味しいのなんてまず出ないと思うし、お金を出してまで出されたものを食べたいとは思わないんじゃないかなぁ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいが、馬車で移動中は目立つ行動を取れないぞ?」
インベントリを人に連想されることは避けるべきだし、俺の作るものはこの世界には存在しない、いわゆる"異世界料理"になる。
そんなものをぽんぽんと人前で出すわけにもいかない。
移動中は保存が利く料理か、この世界でも定番のものしか出せないだろうな。
ここまで話すと、周囲からどんよりとした気配を出していることに気がついた。
「気持ちはわかるし、俺の料理が気に入ってもらえてることは嬉しいが、何もそこまで落ち込まなくてもいいんじゃないか?」
「……トーヤの……美味しいお料理が……食べられない……」
「……ぱーぱのおりょうり……とってもおいしいの……」
「いや、保存に適したものは作るぞ?」
「……わぅ……」
ブランシェは地面に鼻がつきそうなくらい愕然としているな。
その気持ちもわからなくはないし、そうさせているのも俺が原因なんだが、今後の話のついでにその件もしっかりと話しておく必要が出てきたな。




