よくがんばった
扉を小さくノックするクラリッサ。
中から声が聞こえ、一声かけて入室する。
一連の動作によどみはなく、流れるように移動する彼女の後ろを追った。
執務机で業務をこなすローベルトは、少々やつれたようにも見えた。
もしかしたら以前の件が未だに長引いているのかもしれないな。
あまりいい兆候ではないが、これに関して俺がどうこう言うことではない。
ギルドマスターってのは本当に大変な仕事なんだと俺には思えた。
「ホッホ。
これは珍しいの。
エトヴィンが来るだけでなく、トーヤ殿も一緒とは。
なにやらただ事ではない空気を感じるのぅ」
「お久しぶりです、ローベルトさん」
「うむ、久しぶりじゃの、トーヤ殿。
息災で何よりじゃよ……っと。
これでお昼のお仕事は終わりかの」
ゆっくりと立ち上がり、こちらへ向かうローベルト。
俺達をソファーに座らせてから腰を沈めた。
「はぁ、ふわふわで気持ちいいのぅ……。
やっぱりこのソファー」
「職務怠慢で訴えて、入り口に正座させますよ?」
「……ワシ、まだ最後まで言ってないんじゃが……。
それに、"このソファーでお仕事したいのぅ"って言いかけたんじゃが……」
「マスターはこの町にとって必要なんですから、頑張ってください」
「く、くーちゃん!? ワシ、感動のあまり震えが止まらんわい!」
「まだまだ山のように仕事が残っているんですから、それを放棄するように引退はしないでくださいね」
「……これはあれじゃの。
泣いていいはずじゃの?
ワシ、よくがんばったよの?」
「……いや、俺らに同意を求められても困るぞ……」
「それでは失礼致します、エトヴィン様、トーヤ様」
「いつもありがとう、クラリッサさん」
「お仕事ですので、どうぞお気になさらず」
「……ワシには何も言ってくれんのかの?」
美しい笑顔で静かに一礼して、クラリッサは退室した。
「……ワシ、涙で大河ができそうじゃ……。
小船でも買って、ど真ん中に浮かべてのんびりしようかの……」
「相変わらず仲が良さそうで安心ですよ」
「ホッホ。
くーちゃんはあれでしっかりと心配してくれる子じゃからの。
あの子以外のギルドマスター候補など、あと二十年は出るまいて」
楽しそうにクラリッサの話をするローベルトだった。
「……して、娘っ子ふたりも気になるところじゃが、例の卵から産まれた子がそこに寝とる子かの?」
「いえ、そうじゃないんですよ。
……正直なところ、説明しても信じてもらえるか分からないんですが……。
まずはフラヴィ、魔物の姿になってもらえるか?」
「うんっ」
膝の上にちょこんと乗っていたフラヴィは、笑顔でピングイーンになった。
ぽんと軽やかな音を出したことにもそうだが、ローブからのそりと抜け出てきた姿に驚愕するふたりは、目を大きく見開きながら話した。
「こ、これは……こんなことが……」
「この子はあの時のフィヨ種か……。
名前も同じだったし、まさかとは思ったが……」
「恐らく俺の持つユニークスキル"特殊成長"の影響でしょうね。
スキル効果で通常の魔物とは大きく違った進化をするらしいです。
正確なことは俺にも分かりませんが、この姿も人の姿もこの子にとってはどっちも本物なんだと俺は思ってます。
話ができる点を考慮すれば人の姿の方が便利ですし、食事もしっかりと食べられるので普段は人の姿のまま行動してもらっています」
「きゅっきゅっ」
久しぶりに魔物の姿になったことで、頬をすりすりと俺の胸にすり寄せる。
そんなこの子のペンギン姿も可愛いなと思いながら優しく頭をなでた。
ソファーの横に座って大あくびをしているブランシェの横で詳細を話をしていると、フラヴィは俺の胸に寄りかかり、脚を伸ばしてまったりとくつろいでいた。
何とも懐かしい姿に思えるのも、あの日からほとんど人の姿を取っていたからなのかもしれないな。




