失わないために
氷漬けから解凍されたのは、座り込むブランシェのあくびが聞こえてからだ。
直前にエルルが言葉にしたものを考えるも、そう時間をかけずして答えが出た。
「それじゃあ町に向かうぞ、家出少女」
「な!? だからあたしは!」
「そういった話は家族にしてくれ。
まずは町まで歩いてもらうぞ。
それはあんたらも同じだが」
「……ぅえ? あ、あぁ、わかった」
ぽかんと口を開けて呆ける男達3人。
いや、それは俺も同じか。
あまりにも突飛な話をしているが、まぁ深く考えることもないな。
エルルに視線を向けるもかなりふくれている様子だが、あえて話に乗ってあげる必要もないし、町まではおよそ4時間はかかるだろう。
早めに出発しないと夜になる。
そうなれば、狼などの夜行性動物が広範囲に歩き出す。
あれらはうちの"はらぺこわんこ"と違って集団で襲いかかる獰猛さを持つ。
フラヴィとブランシェなら大丈夫だろうが、エルルはかなり危ない。
男達を護衛する必要もあるし、そろそろ出発した方がいい。
「それじゃ準備はいいか、ふたりとも」
「うんっ」
「わぅっ」
「こっちも行けるぞ」
「俺も問題ない」
「……ふん」
さて、ここからまずは街道に出た方がいいな。
周囲の魔物や危険動物の気配も感じない。
街道まで出ればあとは道なりに進むだけだ。
「それじゃ、行こうか」
「こらー! あたしの話を無視するなー!」
急にやかましくなった家出少女と大人しくなった無法者を3人連れて、俺達は再び町を目指す。
ブランシェにはフラヴィを乗せてもらって移動する。
いざという時の体力を温存するため、この子には控えとして進んでもらう。
ぞろぞろと林を歩くんだ。
戦力は多い方がいいだろう。
フラヴィには扱いやすいショートソードを渡している。
剣帯がないので手持ちだが、それでも戦闘の直前に渡すよりもいい。
幸運なことに、この地域は弱い魔物がとても多い。
熊や狼が出るのも極稀だと聞いているし、厄介な狼の群れは北西に出るらしい。
それも夜から明け方にかけて目撃されているそうだから、問題はないだろう。
なにやらぶつぶつと呟きながらついてくるエルルは不機嫌そうな顔だった。
無法者たちはすっかり大人しくなり、敵意が完全になくなっていた。
トシュテンも少しは憎悪が落ち着いた表情を見せているが、そう簡単には拭い去れないものを抱え込んでいる。
これについて、俺からはもう何もしてやれない。
あとはすべて本人の気持ち次第になるだろう。
憎悪に身を焼かれるも、復讐を遂げるも好きにすればいいさ。
すべてを忘れて生きることなんて、そう簡単にできるとは思えない。
そんなすぐに収められる想いを持つ人間の方が遙かに少ないだろうな。
そこに"どれだけ大切だったのか"を含めれば、怒りが消えるはずもない。
だからといって復讐が正しいとも俺には思えない。
でも、どうすればいいのかですら、俺にはわからない。
何が正しくて、何が間違っているのか。
答えの出ない問答の中でも、これは相当厄介なものだと思える。
もしも、同じ状況になったとしたら。
俺はどんな答えを導き出すんだろうか……。
何度考えても答えが出ない。
そう簡単に出せるとも思えないが、それでも"その時"は唐突に、何の前触れもなくやってくるものなのかもしれない。
ある日突然、異世界に飛ばされたんだ。
何が起こるかなんて、誰にもわからない。
それでも、俺はもうひとりじゃない。
フラヴィがいる。
ブランシェがいる。
託された想いもある。
再会を誓った約束もある。
元の世界に帰還すると強く決意もしている。
俺にはもう、失いたくないものがたくさんできた。
簡単に投げ出せるほど、自分の命は軽くない。
……そうだな。
俺にできることはひとつだ。
強くなろう。
誰よりも、何よりも強く。
大切な子達を決して失わないために――




