容赦しないぞ
デザートも食べ終え、落ち着きを取り戻した少女に俺は訊ねる。
ある可能性が頭の中によぎりながら。
「……記憶が、ないのか?」
「…………うん」
申し訳なさそうに少女は答えた。
この子が嘘をついていないのはわかる。
そんな気配を微塵も感じないし、嘘をつく理由もない。
たとえ美味い料理を食べさせたり、助けてもらったからといって嘘をつかないとは言い切れないが、この子に限ってそれはないと確信を持てる。
だとすると、やはり余程のショックがあったことが原因か。
少しだけ睨むように連中へ視線を向けると、若干の苛立ちを覚えた。
「……なんだ、そのよだれは……。
お前ら、自分の立場を理解しているのか――」
少女のものとは明らかに違う音が2箇所から大きく鳴った。
なんとも汚いハーモニーだが、仕方がない。
これも俺が日本人だからなのかもしれないな。
焼きたてパンにレタスを敷き、ハンバーグを乗せてデミグラスソースをかける。
スライスしたトマトとたまねぎを挟んで完成だ。
「……念のために言っておくぞ。
これは、この子達のために、作ろうとしてたもの、だからな?」
ドスを利かせて言葉にするも、連中の視線は食べ物に釘付けだった。
大きくため息をつきながら、よだれを足らしたあほの子達の口に近づける。
まさか特製バーガーを真っ先にこんなやつらにやることになるとは……。
同時にがぶりと一口した男どもは凍りつくように固まり、勢いよくがっついた。
その食べっぷりにブランシェを連想するも、あまり深くは考えない方がいいな。
「少しは落ち着いて食べろよ。
あと、指噛んだら容赦しないぞ」
「「――ムグッ!?」」
「これしかやらないからな?
どうせなら味わえよ」
俺の言葉にこくこくと頷き一口ずつ味わって食べる男達に、素直なことはいいことだがいい年をしたおっさん、それも無法者にそんな反応を見せられてもまったく嬉しくないんだと知った。
俺はこの世界にきて、いったい何をしているんだろうな。
どこか遠くを見つめながら思うのは、これで2度目か。
まぁ、人道的ではあるよな。
いくら犯罪者でも裁くのは俺じゃない。
すでに捕まえている以上、そのくらいは仕方ないか。
おっさんに餌付けしてるみたいで、なんか悲しくなるが……。
ゆっくりと時間をかけて味わい、食べ終えたのを確認して俺は言葉にする。
「これで十分だろ?
後は町まで大人しくしてろよって……なんで泣いてるんだよ」
大の男が2人も滝のような涙を流していたことに、俺は引いていた。
理由もわからず呆けていると、連中は答えた。
「……俺、こんな美味いもん食ったの初めてだッ」
「世の中にはこんなに美味いもんがあるのかッ」
「何言ってんだよ。
ただのお手軽料理だろうが。
5分とかからずに作ったの見てたろ?
……まぁ、肉とソースはそれなりに上等だし、パンも質のいい小麦粉から作ってるから確かに美味いが、野菜は極々一般的に売られているものだぞ?」
当然食材の吟味はしているが、高級料理店で出すほどの最高品質でもない。
涙を流して食べるほどのことじゃないと俺には思えるが、そういえばこいつら、フランツと同じように感動して泣いてるな。
なんだ?
俺の作った料理は人を泣かせる美味さがあるのか?
いや、まさかな。
このくらいの料理なら時間をかければ誰でも作れる。
これはあれか、この世界の料理がひどすぎるのか?
確かに屋台で売られているものの多くは香辛料が鼻につく料理も多かった。
現代の料理はかなり洗練されているだろうし、この世界は中世後期の文明力だ。
その時代の料理がどんなレベルか俺には分からないが、もしかしたら現代で食べられている料理のクオリティーはかなり高いものなのかもしれない。
こんなところでも俺が空人である影響が出てるのかもしれないが、それについて聞いてないし、単純に連中が美味い物を食べてこなかっただけなんだろうな。




