可哀想だろ
少女の瞳は開かれているが、ここではないどこか遠くを見ているようだ。
まだ寝ぼけ眼なのは見て取れる。
だが、どこか一般人とは違った気品を感じた。
さらりと流れるように真っ直ぐ伸びた薄い金色の髪。
南国の海を連想する透き通ったアクアマリンの瞳。
子供とは思えないほど美しい大人びた顔立ち。
そのどれもが、そこいらにいる子供とは少々異なることを物語る。
詳細を訊ねようとするも、どうやらこの子はそれどころではないようだ。
可愛らしくお腹を鳴らして、何とも言えない表情になる少女。
あれは出た音が恥ずかしいんじゃなくて、腹が減りすぎて辛いって顔か。
まぁ、話はいつでも聞けるからな。
それに憲兵に預けることになるだろうし、そこまで深入りするべきじゃないか。
「まだハンバーグがあるから、まずは食べてからだな」
「……はんばーぐ?」
食器を片し、俺の座っていた席に首をかしげた少女を座らせる。
皿に料理を盛った瞬間、この子の気配が驚きと喜びに変化したのを感じた。
しかし、この子は料理に手を伸ばさなかった。
ナイフとフォークの使い方が分からないんだろうか。
そんなことを考えてしまうが、どうやらそうではないようだ。
「……いいの?」
「あぁ。
むしろ食べてあげないと料理が可哀想だろ?」
申し訳なさそうに訊ねる少女におれは即答する。
この子は随分と教育されているのか、空腹でも料理に飛びつかないようだ。
年齢相応にがっついても文句を言うやつはいないんだがな。
「……そっか。
……あの、ありがと。
いただきます!」
「どうぞ召し上がれ」
少女の礼儀正しさに思わず笑みがこぼれる。
口に運んだ瞬間、花が咲き乱れたような幸せな気配を出しながら食べ続けた。
とはいえ、こういった作法は訓練でどうにかできても、強い空腹感と美味しそうな料理が目の前にあれば飛びつくのが普通なんじゃないだろうか。
どうやらこの子は、相当いいところの出のようだな。
考えうる可能性が高いものとしては、貴族令嬢の可能性か。
まさかどこぞの国の王族、なんてことはないだろうが……。
いや、見た目から皇女殿下だと言われても納得してしまう。
頼むから、必要以上の問題事にならないでくれよ。
食べる様子や反応から、やはり料理をがっつくことはなかった。
とても綺麗に食器を使って食べている姿から美しさを感じるほどだ。
……貴族令嬢が修道院に預けられる途中で襲われたのか?
連中の言葉が正しければ馬車には乗っていなかったらしいが、信憑性にかける情報だけに鵜呑みにはできない。
* *
「ごちそうさまでした!
とっても美味しかった!
こんなに美味しいの、食べたことない!」
「お粗末様」
終始笑顔で綺麗に完食したことに、嬉しさを感じる。
やはり料理は誰かに美味しく食べてもらう方がいいな。
自分で作って食べるだけだったら趣味にはなってなかったのか。
今更ながらそれを知った気がする。
「それで?
どうしてあんな場所にいたんだ?」
「そうだった! あたし――」
途中で凍りつくように言葉を詰まらせる少女。
何かを思い出したのかと考えるも、この気配は違う。
これは、戸惑いと焦りか。
大切なことを忘れていたんだろうか。
大して考えもせずにそう思っていたが、どうやら事態はそれほど単純じゃなかったみたいだ。
「……あ……あた、し……どうして……ここに……。
確か…………あれ?……なんで……」
焦りから恐怖に近い感情が奥底から滲み出てきた。
そんな少女に、出していなかった食後のデザートとスプーンを目の前に置いた。
「"桃のジュレ、コンポート乗せ"だ。
話はまずデザートを食べてからだな」
この時の俺を見続ける少女の瞳はとても印象的で、目を丸くしたままこちらに向けた視線がどこかでこの子と逢っていたようにも思える不思議な既視感があった。




