こうする他に
ようやく重い腰を上げた堅物へ、呆れた様子で俺は訊ねた。
「なんだ?」
「……我が娘を、護ってはくれまいか」
「……やっと話す気になったか。
もう少しで帰るところだったぞ」
深くため息をついた俺に、驚きながら大狼は話した。
「……娘に気づいて……いたのか……?」
「娘かどうかはわからんが、もうひとつ命を抱えていることは察していた。
さっきの様子から、恐らくフラヴィも気がついてたんだろうな」
「きゅうっきゅうっ」
とても嬉しそうに応えるフラヴィ。
どうやらもう震えは起きていない様子だ。
怖さを凌駕して、嬉しさが勝ったのか?
嬉しさと小さな命を護ろうとした優しさに俺は感謝を込めて頭をなでると、とても嬉しそうに目を細めながらくるくると音を鳴らした。
そんなことをしていると、大狼は腹に寝かせていたとても小さな子を咥えて渡そうとした。
さすがにこのまま受け取るわけにもいかない俺は、疑問を投げかけた。
「……まだ、どうするかは言ってないが?
それに、人間を信じられないから今まで黙っていたんだろう?」
そんな気はないが、信用のできない者に託せるわけもない。
渡そうとしているものは大切な命、何よりも大事に想える子供のはずだ。
心変わりが何なのか気になるところだが、脳内に声が響いてきた。
……こんなこともできたのかよと、かなり呆れてしまった。
≪我にはもう選べるほどの時間はない。
こうする他に術がないのだ≫
「そんな状態なんだ、さすがにわかってたよ。
……俺が約束できるのは、この子がひとりでも生きていくのに必要となる知識と、自分を護れるだけの強さを与えることくらいしかできない。
この子自身が俺達から離れる可能性も捨てきれない以上、フラヴィのようにずっと面倒を見ることはできないかもしれないぞ?」
≪構わぬ。
この子自身がそれを選ぶのなら、それはもうそなたの責任ではない≫
「……そうか……わかった。
俺なりに最善を尽くすことくらいは約束できる」
瞳を閉じて、何かを考えているのだろうか。
もしかしたら、こんなにも小さな子を手放した上にこの世界から去らなければならないことを、深く考え込んでいるのかもしれない。
しばらく悩んでいたようにも見える大狼は、小さくもはっきりとした口調で言葉を伝えた。
≪……感謝する。
どうか、最愛の娘を……≫
「あぁ、わかってる。
……この子の名前は?」
そう訊ねながら小さな子を抱いた俺に、彼女は最愛の娘の名を言葉にした。
……どうやらこの子はかなりの大物らしい。
あれだけの騒ぎでも静かな寝息を立てていた。




