悪手
こう着状態が続いていたが、なおも警戒を続ける白銀の大狼に少しだけ近づいて話しかける。
「……言葉はわかるか?
なぜあんたがこんな場所に来たのか、教えてもらえないか?」
俺の問いに大狼は強烈な威嚇で応えた。
言葉は通じない。
そう思うのが一般的なんだろうな。
……けど、今のは確実に俺の言葉を理解して応えているな。
これほど立派な白銀の大狼が、言葉を介せないほど知能が低いわけがない。
今のは俺に対して"応える気はない、去れ"とでも意味を込めているんだろう。
だが、そいつは悪手だ。
その行動がもたらすのは、弱気の姿勢。
俺が最初から狩るつもりで来ていれば、形勢が逆転するほどの悪手になる。
そうするつもりがない俺にとっても、今の反応で話し合う気になった。
どんな問題を抱えているか、なんてのは、この状況を見ていればわかることだ。
おおよそは把握したが、あんたにとって今の行動は自身の首を絞めることになっているぞ。
……まぁ、俺は人間だからな。
警戒を強めるのも当然か。
さて、どうすればこいつを納得されられるのか。
可能なら話し合いたいが、相手はそれを望んでいない。
それでも話し合いに応じなければ、そこで終わるんだぞ。
こいつは今の行動が正しいと本当に思っているんだろうか。
いっそこちらも威圧を放つか?
相手を屈服させるだけのものを向ければ、こういった存在にはかなり効果的かもしれない。
……敵対する覚悟も必要になるが、そうなったらなったで対応すればいい。
そこまでする義理なんて俺にはないからな。
「……人間を信じていないのはわかるつもりだ。
だが、現状のままでいいわけがないことも理解しているだろ?」
さらに強く威嚇して返された。
やはり俺の言葉を理解しているな。
ならわかるはずだ。
このままじゃ八方塞がりだってことも。
長めに威嚇し続ける大狼にやはり無理かとあきらめかけた頃、左腕に乗って胸に抱きついていたフラヴィが勢いよく言葉にした。
「きゅ、きゅぅう! きゅうぅきゅう!」
「ふ、フラヴィ? どうしたんだ、急に」
「グルルル」
なんだ?
大狼もそれに応えてるようにも思える。
フラヴィと話をしているのか?
「きゅうう。きゅうきゅ、きゅうう」
「ガアアアアッ!!」
「きゅッ!?」
びくんと腕の中で飛び跳ね、俺の胸に逃げ込むフラヴィ。
会話は失敗したんだろうか。
それとも何かあいつを怒らせたのか?
いや、フラヴィが誰かを怒らせるとは正直思えない。
だとすれば、答えはひとつしか出てこないな。




