それが人間
自身が死に直面すれば、必ず霊薬を欲する。
いや、単純に私欲のために手を伸ばすだろう。
それが人間というものなのではないのだろうか?
もしかして彼には生きようとする意志すらも持ち合わせていないのだろうか?
そう思えてしまう男性に私は訊ねる。
彼は問いのすべてを丁寧に返した。
「そんなことはないよ。
僕だって生きたいと思う気持ちは強い」
「……なら、どうして?
私からなら、あなたを治す霊薬が手に入るはずでしょう?」
「そんなことはできないよ。
それじゃあ君の命を奪って生き長らえることになる。
誰かを犠牲にして自分が生きるなんて、そんなこと良くないに決まってる」
……わからない。
彼が何を言っているのか、私には、よく……。
「それに僕はこんな格好をしてるけど、冒険者じゃないんだ。
ここから5日ほど北東に歩けば、とても大きな湖に辿り着くらしいね。
それは世界でもいちばん広く、なによりも美しい湖だって聞いてる。
最近体の調子が悪くて、そろそろ動けなくなりそうな予感があったんだよ。
なら動けるうちに、子供の頃から憧れていた景色を見てみたいと思えたんだ」
それはつまり、自分が眠る場所を探している、という意味だろうか。
その考えも、私には理解しがたいことだ。
余計なことを考えている間に狩られる日々を生きる私には。
自分の居場所を捜し歩けるくらい、時間のある人間の考えることはわからない。
「不可解かな?
でもね、僕は死に場所を探しているわけじゃないんだ。
けど、美しいと言われる湖を、一度はこの目で見ておきたかったんだ。
……本当に綺麗な場所らしくてね、どこまでも澄み渡る空みたいだって聞いた」
「…………私は、魔物と呼ばれる存在で……。
あなたからすれば敵……なんでしょう?
どうして私を……狩ら、ないの?」
「君は魔物じゃないよ。
魔物ってのは言葉を介さず、ただ一方的に襲いかかる存在のことだ。
会話をしないで君達を手にかける人間の方がよっぽど魔物だと、僕は思う」
「……本当に魔物かもしれないわ。
今ここであなたに襲いかかって、その少ない命を奪うかもしれない」
そんなことをするつもりはない。
けど、敵意を向けて彼がどう思うのか、少しだけ興味が湧いた。
「いいよ、それでも」
「……何を……言ってるの……」
「僕の命が君に受け継がれるのなら、それでもいいと思うんだ。
それは言い換えるなら、命を託すことにもなると思えたんだよ。
ひとりで死んでしまうくらいなら、君の糧になれた方がずっといい」
「……どう……して……」
どうして、そんなことを言うのだろうか。
目の前に霊薬があれば、手を伸ばすのが人間なんでしょう?
この人の考えていることが、私には理解できない……。
でも、彼の言葉は、私の理解を遙かに超えるものだった。
「はじめて見た時、綺麗だなって思ったんだ。
世界にはこんなにも美しい女性がいるのかって本気で思えた。
だから、そんなあなたのために命を使えるのなら、心から嬉しいよ」
「…………何を…………言うのよ…………」
彼の言葉に、心がひどくざわついた。




