とても優しい顔に
男性を地面に寝かせ、優しく頬をひとなでした彼女の表情は、どこか母性を感じさせる不思議な雰囲気があった。
母親のいない俺にとって、それがそう呼ばれるものなのか正確にはわからない。
それはまったく違うものなのかもしれない。
それでも、母親ってのはきっとこんな感じなんじゃないだろうか。
そう素直に思えるような、とても優しい顔に俺には見えた。
地に両膝をつき、両手のひらを胸の中央に当てる。
瞬間、俺の魔力が彼女に向かって流れていくのを感じた。
優しいオレンジ色の光に包まれながら、彼女は訊ねる。
「もしよければ、あなたの名前を教えていただけますか?」
「……そうか、俺はまだ、名乗ってすらもいなかったんだな。
俺は――」
瞳を閉じて俺の言葉に耳を傾けている彼女を、純粋に救ってあげたいと思った。
このまま彼女が辿る結末は、あまりにも悲しすぎると思えたからだ。
俺にそんなことができるかは分からない。
もしかしたらっていう気持ちも、ないわけじゃない。
だがそれは、誰だってきっと同じなんだろう。
同じ状況なら、誰もが似たような不安を抱え込むはずだ。
でも……。
俺はただ現状を見てるだけの、薄っぺらいやつにはなりたくない。
できないかもしれないと足を踏み出せずにいるやつよりも、できるかもしれないと思える道に少しでも進みたいんだよ。
このまま何もしないで傍観するよりはずっといいはずだ。
少しでも"いい未来"をたぐり寄せたいと思えたんだよ。
"人の可能性は無限大"
そんな言葉もあるくらいだ。
何かしらの方法があったって不思議じゃない。
だから大丈夫だ。
確証なんてこれっぽっちもないが、俺には確かにそう思えるんだ。
そう思えるのは、いつも前向きな家族を知っているからなのかもしれないな。
それにしても。
こんなにも優しく微笑むことができるんだな。
そんな顔を向けられたら、何が何でも助けたくなるじゃないか。
それがたとえできないことだったとしても、それがたとえこの世界の法則を強引に捻じ曲げる方法だったとしても、救ってあげたくなるじゃないか。
「……そう。
ありがとう、トーヤ。
……おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ。
……いい夢を」
「はい」
満面の笑みで、彼女は力を発現させた。
眩いばかりの光が収まる頃、彼女は物言わぬ小さな姿をしていた。
俺にはそれがとても物悲しく思えて、胸が強く締めつけられた。
傍らには、彼女の残した薬が転がる。
透明度が非常に高い、光輝く小さな球体。
優しいオレンジ色を放つ姿は、まるで彼女自身のようだと苦笑いが出た。
無造作に置かれたマンドレイクを丁寧に持ちながら、俺は彼女に話しかける。
決して返されることのない言葉を、とても小さく口にした。
「……あんたは心が綺麗すぎるよ。
そんな女性が、魔物なわけ……ないだろうが……」




