笑顔で世界を歩くために
2匹が走る方向へ剣を構え、攻撃の回避を優先しながらフラヴィに話しかけた。
「わかるか、フラヴィ。
こいつらは動きに無駄が多い。
それが何よりも危ないことを、こいつらは知らないんだ」
大きな隙を狙い、切らないように剣を当て続ける。
まるで子供を相手にしているようだと本気で思えた。
「敵と戦うのは怖いことだ。
一歩間違えば命を失う危険なものだし、相手はそれをためらわない。
怖いと思えるのは、とても当たり前のことなんだよ」
棍棒をよけつつ足で転ばせ、剣で錆びた刃物を弾く。
その隙を狙い、軽く剣を通して2匹目を倒した。
「でも、しっかりと敵を観察すれば、こうして安全に戦えるんだ。
戦いを怖くないと感じることは、逆に良くないと俺は思う。
それは何が危険で、何が安全かを正しく理解していないんだよ。
だから怖いと思う気持ちをなくさなくていいんだ。
それでもこうして戦える気持ちがあれば、それで十分なんだよ」
最後の一人となったゴブリンは強く威嚇し、フラヴィを震わせる。
この子を怖がらせたことに、強い憤りと苛立ちを感じた。
しかし、強く震えながらも視線を逸らさないこの子の姿に平常心を取り戻す。
大丈夫だ、この子は。
きっと戦える。
相手を倒すことじゃなく、誰かを護るための戦いができる子に。
そんなとても優しい子にフラヴィはなれる。
俺はそう確信できた、小さくも大きな勇気を手に入れた子に教える。
「大切なのは、相手をしっかりと正面で見ること。
怖くても相手から視線を逸らさないこと。
自分の心を冷静に保ち続けること。
相手の隙を確実に打ち抜くこと。
攻撃に振り回されないこと。
それだけでいい」
攻撃をさばき、ゴブリンを転ばせ、隙を見つけて柄頭でつつくことを繰り返す。
「わかるか、フラヴィ。
俺はフラヴィを無理に鍛えるつもりはないんだ。
どうしても嫌なら戦わなくたっていい。
それを選ぶのはフラヴィ自身だ。自由に選んでいいんだよ。
でも、自分を護れる強さを持てなければ、きっと大切な人を護れない。
それはとても悲しくてしかたがないことなんだ。
怪我をするよりも痛くて、辛くて、涙が止まらないことなんだよ」
起き上がり、怒りに任せて繰り出す稚拙な攻撃を水のように受け流し続ける。
「相手の見せた隙に攻撃を当てることは難しい。
フラヴィは体が小さいから、力もそれほどないはずだ。
でも、その体の小ささが立派な武器にもなるんだ」
ゴブリンの攻撃を受け流して転ばせ、首の横に剣を突き立てる。
倒れたまま怯えずに威嚇するゴブリンから距離を取り、起き上がるのを待つ。
「だから、少しだけでいい。
湖に戻ったら、俺と一緒に体を鍛えてみような。
怖いやつを倒す力じゃなくて、誰か護る力を手に入れるために。
少しでもフラヴィが幸せに暮らしていけるだけの強さを手に入れるために」
いつの間にか、フラヴィは震えなくなっていた。
ゴブリンを見据えながら、俺の言葉をしっかりと聞いている。
あぁ、この子は強く、何よりも賢い子だ。
きっと俺なんかよりも、ずっと強くなれる。
俺とは違う、優しい強さを手にすることができる。
「誰かを殴り飛ばす力なんていらない。
誰かの命を奪う力なんて必要ない。
大切な人を護れる強さを、フラヴィには手に入れて欲しいんだ」
そう言葉にして、ゴブリンに止めを刺した。
「そうすればきっと、悲しいことをたくさん減らせると思うから。
そうすればきっと、フラヴィが笑顔で世界を歩けると思えるから」
小さな子に対する誇らしさと、とても穏やかな静寂を感じながら話しかける。
フラヴィへ視線を向けると、俺を見上げてじっとしていた。
まるで話を聞いているように、いや、この子はしっかりと聴いているんだ。
なら、俺の想いも必ず届くはずだ。
まだまだ幼い子に俺の言葉のすべてを理解できるとは思えないが、それでも何かほんのひとかけらでも学んでくれるだけで、今はそれだけで十分だ。
「一緒に強くなろう、フラヴィ。
笑顔で世界を歩くために」
この戦いがこの子に何を与えるのかはわからない。
でも、前向きに進むことだけは確かだと思えた。
「きゅう!」
可愛らしくも覇気のある声を出す子をなでながら、心の中で感謝を言葉にする。
人にも動物にも厳しいけど、ここは綺麗な世界だな。
木々の隙間から見える青空を見上げながら、しみじみとそう思えた。




