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第五十四話〜敵情〜

 ……陰陽頭視点


「おや、もう帰って来ましたか。存外早い仕事ですねぇ」


 有井王使節の船に式神をこっそり乗せてから一ヶ月。予想より早く、式神は情報を携えて戻って来た。


「必要と思しき情報を持って参りました。詳細はこの文書にて申し奉ります」


 陰陽頭は、差し出された紙を開いた。帰って来てから書き記したのだろうか、若干字が汚い。


 ────


 式神が一、玄武が御報告申し奉ります。


 神州の東は広々と大洋が広がっておりますが、その中に彼の国は島国としてその社稷(しゃしょく)を構えております。伊予洲(いよのしま)の半分ほどの広さしか無い島ではありますが、富士の如き煙吹く山を擁しており、富士をも低く見る高さを誇ります。彼等はこの島を「はわい」則ち母島と呼んでおります。


 この島を我が国における畿内と例えるならば、この大洋に大きく散らばる形で七道が存在すると言えましょう。厳密には、この島より南方に殆どの島が集まっており、これが一つの道を構成しております。実際に上陸したわけでは御座いませんが、唐土に匹敵する程の広さを持つとの事です。彼等はこの島を「もくぷに ぬい」則ち巨島と呼んでいるようです。


 食糧事情ですが、食糧生産と消費は夫々の島やその周辺のみで完結しております。その為、海上封鎖などを敢行したとしても、大きな成果を得るのは難しいでしょう。母島では主に芋が食べられておりますが、巨島は農耕が難しい土地なのか自生する木の実を食するに留まっています。


 為政体制についても御報告申し奉ります。非常に広範なる勢力圏を誇るこの国は、我が国と同じように、一人の王が各地に国司を置いております。国司の事を彼等は「ありい ぬい」と呼び、それらを束ねる王の事を「ありい あい あうぷに」と呼ばれています。「お け ありい」則ち母国の王と呼ばれる事もあり、呼称は一定では無いようです。国司の下にも責任者が置かれており、総称して「ありい」首長と呼ばれているようです。


 現在の彼の国の王の名前は不明ですが、彼には軍師とも呼べる人物が常に仕えております。彼の国の軍事行動は殆どこの人物の助言に依るところが大きく、この人物さえ攻略出来れば容易に脅威を取り除けるでしょう。


 以上、玄武が申し奉りました。


 ────


「……ふむ。下がって宜しいですよ」


 陰陽頭が許可を出すと、式神はその姿を消した。目には見えないが、恐らくその辺にいるだろう。


「どう攻略しましょうか。王の側近とやらを直接誅するのは……まずいですよねぇ」


 一番簡単なのは間諜に直接殺させる方法である。しかし、もしこの手法を採用した事が向こうに知られれば、必ずや日本憎しで民を纏め上げ抵抗するだろう。勝てたとしても、利が少なくなる。


「……そう言えば唐土の逸話に丁度いいのがありましたね。太政大臣殿に聞いてみましょう」


 陰陽頭は自身の知識から、似た状況の話を思い出した。曖昧なので、作戦の協議がてら太政大臣に尋ねる事にしたのである。彼は牛車に乗り込み、太政大臣がいるだろう場所へ向かった。


 ……首長視点


「クイカクイは今何処にいるか」


 あの国は予想以上に粘っている。此方も何か別の一手を打たねばならぬと、補佐用の部下として召喚したクイカクイを呼び出す。


「此方におります、我が王。それと、私の名はトゥイタトゥイと申します」


 この男は一々細かい事を気にする。何れもさして違わないだろうに。


「何方も変わらん。というか分からん。それより貴様の知恵を貸せ。あの国、他にどうして落とすか」


「所詮は島国でありますから、当初の方針で宜しいでしょう。もう一度使者を送り、序でに情勢も確かめましょうか」


「……それが良い手ならばそうしよう」


「相変わらず猜疑心のお強いお方です。私は使者の手配をして参ります故、これにて」


 一礼し、クイカクイが去って行く。有能なので側に置いているが、いつ裏切られるか分かったものではない。生前はそれで命を落としたのだから、今度こそ気を付けねば。

 そう言えば、巨島に首長として派遣したアホエイクも分からない。目が届かない事を良い事に謀反を考えているかも知れない。部下に調べさせよう。

 彼等の処罰は、あの国を落とした後にしよう。

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