第卅四話〜青天の霹靂〜
……聖神皇帝視点
「皇帝陛下、一大事に御座います!」
「……何事か。朕は起き掛け故、手短に申せ」
「はっ、敵勢力の侵攻です! 春明門並びに明徳門が突破され、里坊の内東部並びに中央を喪失! 南衙禁軍並びに北衙禁軍は何れも壊滅状態にあります!」
「何だと! この皇宮は無事だろうな」
「皇宮に続く門は幸い破られておりませんが……」
「何か。早う申せ」
「……完全に包囲されております。救援要請、脱出は何れも絶望的です……」
「この……この馬鹿者! 禁軍は何をしていた!」
「ひぃっ!お、恐らく敵が、侵攻に先駆けて破壊工作を……」
「何故先に気付かん! この大うつけが!」
あまりにも酷い朝を迎えてしまった。
その精強さを誇っていた禁軍は、敵の卑怯な破壊工作に遭って潰走。剰え皇宮は包囲される。生前でさえこんな珍事、もとい失敗は起きなかった。
「兎に角、敵を皇宮に入れてはならん! 命に代えてもこれを守れ!」
「は、はっ!」
近衛として入れていたあの兵は、全くの新人であろう。心許ないとしか言いようが無い。
「陛下、先ずは落ち着いて下さい」
「む、仁傑か。朕が落ち着いていないとでも言うのか」
「ええ、よくお考え下さい。我等の誇る門と精鋭を破った敵が、どうして皇宮に侵入できないか。それは則ち、皇宮の守りが硬き故に御座います。幸い、皇宮内には租が幾らか蓄えられております故、ある程度の粗食に我慢出来れば籠城は可能でしょう。さすれば、敵の兵糧が先に尽きるはずです」
「……ふむ、そうか、それもそうだ。よし、敵の疲労を待つから、その用意をせよ。成る可く敵の情報も欲しい」
「承りました。直ぐにでも」
そうだ、奴等は攻めあぐねているのだ。でなければ朕は既に死んでいるはずだ。
攻めてきた者共が何者かは気になるところではあるが、そのうち分かるだろう。
…………
結局、膠着状態のまま日没を迎えた。
報告に従えば、この皇宮の守りは万全と言っていいだろう。
「……で、敵は何か」
「陛下、その、大変申し上げにくいのですが……」
「よもや、「分かりませんでした」とは言うまいな。早う申せ」
「……敵は、恐らく、征討予定の東国かと」
そうか、今日は疲れているんだ。それもそうだろう、なにせ正体不明の敵によって包囲されているのだから。何か聞き間違いがあっても不思議ではないだろう。
「そんな筈無かろう。彼奴等は今頃三万の軍勢に押しつぶされている筈だ」
「し、しかし、彼等の防具を宰相殿にお見せした所、その様に答えられました」
「……仁傑を呼べ」
「はっ、直ちに」
新米兵は、彼を呼ぶ為に去って行った。
昼間に比べれば、ある程度は落ち着いてきただろうか。いざという時に案山子にならねば良いが。
「陛下。狄仁傑、参りまして御座います」
「うむ、卿に質したい事がある」
「敵の正体について、でしょうか」
「正に。何故蛮族だと分かったか」
「彼等の武具で御座います。昼間の交戦の後、敵方の兵が数人ほど門前に屯して居た故、人目に付かぬ場所で確保致しました。彼等の身に付けていた鎧や剣は、明らかに生前の倭が用いていた物であります」
「では、朕の送った三万の軍勢に八百の軍船はどうなった」
「残念ながら報告が御座いません故、確かな事は言えませぬ。然し乍ら、彼奴等が此処を包囲している時点で結論は明らかでしょう」
「……もう良い。食事を持って参れ」
「説明した通り、粗食となってしまいますが……」
「食わぬよりましよ。食うたら休む」
「では、直ぐに持って来させましょう。万一の為、臣も共に食事をします」
「構わぬ。早うせい」
外は既に暗い。流石に夜襲をかけるような事も無いだろうし、有っても中には入れまい。此処からは完全な我慢比べだ。
……京職視点
「諸君、用意は良いか」
「ええ。必要なものは全て手元に御座います」
「では、出陣。目標は太極宮である」
完全な深夜を見計らい、行動を開始する。
恐らく敵は守りを固めている筈だ。それは此方側の糧食事情を予測しての事だろうし、実際長くは保たない。
なので、向こうから降伏してもらう。
蟻の子一匹這い出る隙無きこの包囲、援軍の密使も出せなかろうから、籠城は愚策と言える。抑も、あれは外部からの援軍ありきで選択する戦法である。
だが、恐らく敵はその事に気付かずに終わるだろう。
作戦、開始。
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