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第廿四話〜蝦夷の審判〜

 源闢二年弥生四日、巳一刻(大凡午前九時)頃。征夷将軍率いる東征軍は朱雀大路を通り抜け、遂に壬生門を潜り抜けた。

 満身創痍ながらも使命を果たした彼等をまず先に迎えたのは太政大臣であった。


「両名御苦労、近江守から報告が来ている。そして貴殿が母礼殿かな。よくぞ参られた」

「既に知られているなら紹介不要だな。私が母礼である、以後宜しくお願いしたい」

「此方こそ。さて、陛下は大極殿で貴殿らをお待ちであるから、そのまま進まれよ」

「了解した」


 一行が兵部省を左に、式部省を右に見つつ朝集殿院を通り抜ければ、正面に大極殿の控える朝堂院である。

 とうに式兵は人形へ戻り、代わりに衛士が十人ついていた。宮域で軍兵は不要である。


「報告申し上げます、陛下。臣陰陽頭晴明並びに征夷将軍義経、只今帰りまして御座います」

「うむ。では陰陽頭、仔細を過不足無く報告せよ」

「承りました。では……」


「……以上、本件の報告を申し上げました」

「報告、確かに聞いた。して、母礼よ。あれから暫くであるな。爾は其処で待機していると良い」

「承った。……今から何をされるのか、尋ねてもよろしいか」

「私が代わりに答えましょう、母礼殿。……今から、族長に勅裁を下すのです」

「それは、族長に取り憑いた亡霊討伐に必要なのか」

「ええ、ですからどうか動かずに待機を」


 そう言うと陰陽頭は族長の捕縛を解かずに荷台から降ろし、大極殿の前庭に膝をつく形で前へ向けた。族長の顔は下を向き、表情は判別出来ない。


「……では陛下。尋問を始めても宜しいでしょうか」

「うむ。始めよ」

「承りました。ではまず、貴方の身分証明、つまり肩書きと名前をお教え願いたい」


 長い沈黙の後、族長は口を開いた。


「…………イゾゥ族長である」

「名前をお答え下さい」

「………………………………」

「名前を」

「………………………………」

「貴方に黙秘権は無いのです。名乗りなさい」

「………………………………」

「どうしても名乗らぬと言うなれば私が代弁しましょうか。時間は有限ですからね」

「………………!」

「やっと気付きましたか。貴方の事は全て分かっておりますよ。悪足掻きはお止しなさい!」

「待て、陰陽頭よ。流れについて行けん、説明せよ」

「ああ、これは失礼しました陛下。実はこの者……」


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…………


 聖武天皇は大変に驚いた。征夷将軍も。太政大臣も。母礼も。当事者も。


「どういう事かね」

「一から御説明します。発端は一年以上前、族長が擬似召喚の依代になった事です。この時は成功こそしましたが、暫く後に陛下が此方へやって来られた時、降ろした霊がそれを切っ掛けに活発化して依代を飲み込んだのです」

「つまり、体は族長だが中身は違う……と」

「さすが陛下、御理解が早く助かります。では族長の体を借りた何者かは追い出せるか。残念ながら無策では困難です。体と中身が密接に繋がっている為に、この分離には多大なる苦労を要します」


 これに反応せるは母礼である。族長を救ってもらう約束で協力していたのに、話を聞けば下手をすれば族長は死ぬのだと言う。


「待ってくれ、そうなったら我々はどうすれば良いんだ」

「それは其方でお決めになる事かと私は思いますが……まあ、立場的には貴方が新たな長でしょうな。さて、話を戻しましょう」


 唖然とする母礼を尻目に話を進める陰陽頭。


「おお、そうだ。して、その中身とやらは何者かね」

「そこです。その人物を指摘する事が確実な勅裁に繋がります。私が思うに、彼は日ノ本の歴史の中で比較的重要な位置に居た人物です。そして〈蝦夷〉や〈大墓〉、〈母礼〉と言った単語群に関わりがあり、我等に恨みを持つ人物でしょう。私の知る限り、それは二人いましたが一人は母礼殿なので除外。残る一人が正解のはずです。その人物とは……」


大墓公(タモノキミ)阿弖流為(アテルイ)であります」


 …………


 突如として族長……いや、阿弖流為が暴れ出した。無論首枷足枷でそれが無駄だと分かると、今度は奇妙な言葉を叫び始めた。


Wenpe(愚か者)Etapay(馬鹿者)Ku-kamuy(私は神々が)nomi ray(悪い日本人を) wen-samo(殺すよう呪う)!」

「ああ、どれだけ呪詛を編もうと無駄ですよ。一等丈夫な結界を張ってますからね。まあ呪術的な意味合いは無いのでしょうが……」


 陰陽頭が宥めると、阿弖流為はやっと大人しくなった。


「……陰陽頭よ、少し良いか」

「はい、只今」


 聖武天皇は陰陽頭を側に来させると、小さい声で彼にだけ聞こえるように話しかけた。


「魔道具の影響でな、彼奴の言う事が手に取るように分かるのだが」

「そう言う道具ですからねぇ。私は無くとも分かりましたが」

「そうか。……裁くに値すると思うか」

「それを決めるは陛下ご自身で御座います」

「……分かった。勅裁を下す」


 聖武天皇は決意を固めると、手元の紙に罪状とその理由を記し、陰陽頭に手渡した。


「……御聖断、しかと拝見致しました。伝えてまいります」


 陰陽頭は阿弖流為の跪く場所へ戻って来ると、高らかに宣言した。


「勅裁が下った。大墓公阿弖流為よ、良く耳を傾けよ」


 阿弖流為は俯き、固く唇を噛み締めている。己が最期を予感する様な様相であり、それは正しい物であった。


「──爾の為せる悪行の数々、看過し難し。又官軍に歯向い剰え朕を貶すは言語道断。よって謀叛、大不敬の二つを認め、斬刑とす。獄令(ごくりょう)の決大辟条に基き之を直ちに執行せよ──」

本話もお読み頂き有難う御座います。

評価、御感想、ブックマーク、お気に入り、レビュー、「ここ誤字ですよ」、「こんな単語読めるわけないだろいい加減にしろ!」、「これ時代的に違くない?」等々、いつでもお待ちしています。

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