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第廿三話〜蝦夷戦記〜

 ……征夷将軍視点


 屋敷前の攻防戦はあまりにも呆気なく終わった。

 屋敷を守る護衛は僅かに数百。対する此方は合計で一万を超えるのだ。どうして此処で負けようか。

 騎馬兵の放つ六千の矢の雨に為す術無く斃れた敵を尻目に、屋敷への突入を敢行する。


「一個軍団は騎馬を降り私に続け! 残りは屋敷を包囲!」


 指示を受けた騎馬兵の内、千人が馬を降りて此方へ駆けつける。残りはそのまま、屋敷を取り囲み鉄壁の包囲網を築いた。


「よし、では突入! 母礼殿もご自身で判断されよ!」

「言われなくとも! 皆我に続け!」


 先陣を切る母礼に従い雪崩れ込む戦士八千人。我が方と合わせると実に九千人がたった一人を捕らえるために動くのである。


 双方がその目的の為に手を取った蝦夷攻略戦。

 この戦いは、既に終局を迎えようとしていた。


 …………


 敷地は思ったよりも広いようである。

 面積は目算で一町ほど、いくつもの建物で構成される。中央に母屋と考えられる建物があり、それの脇にあるいくつかの家屋と回廊で接続されている。それとは別にある細長い高床式の建物は倉庫と思われる。


「我々は中央を重点的に探索する故、母礼殿は他の部分をお願いしたい」

「相分かった。皆付いて来い!」


 母礼を別へやった所で母屋の探索を開始する。彼には悪いが、族長を生け捕りで連れ帰らねばならぬ。


「うむ、此処が母屋か。中々に広いな。何処か隠れられそうな場所、例えば床下だとか隠し通路だとか、何とかして見付け出せ」


 式兵が一斉に床板を剥がし始め、壁を片っ端から押し始めた。数があればこそ出来る事である。


「征夷将軍殿、このような場合は大抵既に居ないか別の場所かと相場が決まってます。此処は彼らに任せて他所を当たっても良いかと」

「まあ、それも手かも知れんが。……陰陽頭殿、槍はあるかな」

「槍はありませんが……成る程、長さで言えば貴方の太刀で事足りそうですぞ」

「それもそうだな。……其処っ!」


 刹那、征夷将軍が太刀で天井を突く。すると何者かが激しく走り回る音がするではないか。


「敵は天井!引き摺り落とせ!」


 号令に気付いた式兵がやはり一斉に、今度は天井板を其処彼処(そこかしこ)で壊し始める。

 すると天井が耐え切れなくなり、遂にその正体が天井から落ちて来た。


「遂に出たか! 陰陽頭殿!」

「分かってますよ! 捕縛式『鉄鎖』!」


 落ちて来た何者かに陰陽頭が札を投げつけると、何処からともなく出てきた鎖がその者を束縛し、動きを封じ込めた。


「その鎖は我等陰陽師の特別製。幾ら(もが)いても壊れはしませんよ。さあ、正体を表しなさい!」


 その言葉がはったりでないと分かると、先程まで力一杯抵抗していたそれも大人しくなり、陰陽頭の問いに答えた。


「…………我こそ、イゾゥの長である」

「おお、早くも捕らえたか。陰陽頭殿、護送の用意を」

「……分かりました。捕縛式『木丑(かちゅう)』」


 陰陽頭はやや腑に落ちない様な表情をしたが直ぐに戻し、別の札を投げた。

 今度は鉄鎖の代わりに首枷、足枷が出来た。


「これで後は荷車にでも乗せれば良いでしょう。本来なら()罪相当かも知れませんが、今回は緊急です」

「ああ、そうしよう。此奴を運べ。母礼殿にも伝達せよ」


 式兵の一人が母礼のいる場所へ走って行き、他の内四人で彼を屋敷から運び出した。


 …………


「おや、門はまだ燃えていますね。あの様子ならあと二刻(一時間)は続きそうです。どうしますかねぇ」

「そうだな、確か火箭が此方にも一つ有ったはずだが……ああ、見つかった。これを打ち上げよう」

「では、そうしましょう。ええと、ここに刺して、火を付けて……よし退避!」


 ほんの少し後、火箭は打ち上がり、夜空を照らし出した。

 これに気付いた補充の番兵達は屋敷の陥落を知り、戦闘は一気に沈静化した。


「征夷将軍殿、今のが火箭か。そして……おお、族長様! 苦しい扱いとは思いますが、どうか暫し耐えて下さい……」

「母礼殿も出て来たな。よし、総員前進! 弁慶との合流を目指す!」


 隊列が組むか組まれないかもはっきりしない内に式兵達は進み出し、一万四千の軍集団が今まで栄えていただろう大通りを通過し、門に辿り着いた。


「ふぅむ。門は炎上中だが、幸い門戸は開いているようだ。番兵共も守る気は無いようだし、強行突破しても良いと思うかね」

「ええ、征夷将軍殿のお考え通りで問題無いかと」

「では遠慮なく。総員続け!門を強行突破する!」


 こうして未だに火の(くすぶ)る門から抜け出し、弁慶と合流を果たした一行。

 弁慶の来た道を逆戻りし、道中の村落で絶大な歓待を受けつつ淡海城まで戻って行った。


 …………


 淡海城で休んでいると、近江守がやって来た。


「おお、これは近江守。態々来てくれるとは」

「ああ、そのままで結構。貴殿らが疲れていると思うて、労いに来たのだ。……その分だと、首尾は良い様であるな」

「うむ。我等は暫し休む故、頃合いになったら起こしてくれ…………」


 そう言ったのと粗同時に、征夷将軍は睡魔に敗北を喫した様である。


「全く、寝る時ぐらい鎧を外せばよかろうに……。経験上、これは一日ほど寝て過ごすな。数人付けて見張りと為せ。彼が起きたら報告する様に。都に伝令を一人立て、成功を代わりに報告せよ」

「はっ」


 早速一人が足早に去って行った。


「……しかし陰陽頭殿、あの族長は恐らく……」

「ええ、ええ、分かってますとも。その事は陛下の御前でお伝えするつもりですよ」

「そうか、なら何も言うまい。執務に戻るかな……」

「ええ、ごゆっくり。私ももう暫し休みます故……」


 結局、近江守の予測通り一日明けて彼等は羅城門を通ることになるのである。

 時に源闢二年、弥生二日の事であった。

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