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9.百合定食と尻尾

 村に帰って、フェネが協会へ行って戻ってくると革袋を持っていました。ふんわり膨らむそれを見て思わずガッツポーズしてしまう。


「ソードペンドラーに結構困ってたらしくて、手際の早さもあって少しだけ上乗せしてくれたよ。はい」


 フェネが私に渡そうとしてますが、どうして?


「早く受け取ってくれない?」


「なんで?」


「倒したのはヴィヴィでしょ。私は証拠残して後始末しただけだし」


 確かに先手必勝に銃弾打ち込んで気絶にはさせました。でもそれだけです。


「フェネがいなかったらそもそも受注すらできなかったんですよ? 私が頼んだら簡単な仕事か、そもそも追い出されるだけです」


 あんな大変な仕事をお願いされたのもフェネがギルドランクAになるまで日頃から努力していたおかげ。


「私が納得できない」


「それにフェネには食べ物恵んでくれたり、香水かけてくれたりしたのでそのお礼もあります」


 それでもフェネは不服そうに睨んで来ます。真面目というか律儀というか。


「じゃあこうしましょう。旅はまだまだ長いですし、お金はフェネが管理してください。私が持っていると落とすかもしれないので」


 普段から荷物なんて持たない主義なので、野郎共の相手してる時に落としたら困る。それが原因でフェネと貧しい暮らしになったら一生立ち直れない。


「私が盗んで逃げるかもしれないよ」


「盗んで逃げざる得ない状況、ですか。別にいいですよ。フェネがするとは思えませんけど」


 法令が~って口癖のように語るフェネが窃盗行為を進んでするとも思えない。


「はぁ。ヴィヴィ、いつか可愛い子に騙されても知らないよ?」


「乙女に騙されるなら寧ろ本望」


「ダメだこりゃ。……分かった。お金は私が管理する」


「お願いします。そうです、せっかくですしご飯でも食べません? 戦い続きでお腹空きました」


「お好きにどうぞ」


 納得してくれたようで安心。





 それで村を歩いてレストランへとやってきました。レストラン、というにはお店らしいものは看板くらいで建物はなく、お庭の中にテーブルがいくつもある。外で食べるお店かな。いいと思います。店員さんに案内されて、小さな湖が見えるところの席にきた。


「ご注文がお決まりでしたらお呼びください」


「注文先にします。私は日替わり定食をお願いします」


 フェネ頼むの早くない? まだ座って数秒なんだけど。メニューすら見てない。店員さんがこっち見る。フリフリのある可愛いエプロン……じゃなくて、私も頼もう。


「百合定食をお願いします」


「……? 肉か魚どちらですか?」


「女の子2人で作ったもので」


 店員さんが頭に疑問符を浮かべたみたいに首を傾げていて尊い……。働く乙女もまたよき……。


「彼女も私と同じもので」


「畏まりました。少々おまちください」


 ああ、店員さんが行ってしまわれた……。見えなくなるまで拝んでいよう……。


「フェネ、さっき彼女って言いましたね?」


「三人称単数形の彼女。特定の人物を指す時に使う言葉」


「そうやって否定するところもまた尊いです。お揃いの料理まで頼むんですから」


「別々のを頼んだら料理が届く時間がズレると思った」


 そういうことにしておきましょう。深く問い詰めるのは私の流儀に反します。


 少ししたら真っ黒なプレートに大きなお肉が乗せられた料理がきた。今もじゅ~って香ばしい匂いがして思わずよだれが……。


 フェネのいる手前、はしたない真似は慎まないと。


「頂きます」


「いただきまーす」


 早速、ナイフで切り分けて一口。


 ……うまい。


 これ以上の感想が出てこない。いや、本当。なにこれ、すごく美味しい。天界だと殺生禁止のせいで魚や肉なんてほぼ食べれないから、これは本当……うまい。


「ご馳走様」


 ん? もぐもぐと味わってる手前でフェネはもう手を合わせて目の前のお肉様が消失している。なにが起きた? あれ、さっき頂きますって言ったばかりだよね? 私なんてまだ一口食べたばかりなんだけど。


 一日一食生活にも慣れてるって言ってたけど、本当はやせ我慢だったんじゃ。

 実はずっと顔に出してないだけどお腹空かせてたとか? あり得る。フェネはこっちに気を使わせないプロ。しかも顔に出さない。これは私以上の空腹だったに違いない。


 ……私は、なんて愚かなことを。こんな食べ盛りな乙女に満足に食べ物を与えられず、おまけに非常食を勝手にもらって。肉を切り分けよう。そしてフェネの口の前にまで運ぶ。


「あの、なにを」


「気付いてあげられず、すみません。そんなにお腹を空かせていたとは思っていなかったんです。許してください」


「あー、別にこれは……むぐ……」


 口が開いたので問答無用でお肉様を入れます。フェネの性格なら「はい、お腹空いてました」なんて言うはずがない。なので強硬手段に出るしかない。それに、あーんというのをしてみたかった。うん、ちょっとだけ。フェネは混乱しながらお肉食べてます。いい……。


 次のお肉を切り分けよう。


「ヴィヴィ、私はいいから自分で食べて。本当にお腹空いてたわけじゃないから。仕事柄早く食べる習慣あっただけで……いや本当。……むぐ」


 ああ、なんて可哀想なフェネ。そんな言い訳まで考えてあるなんて良い子がすぎます。


 するとフェネが急に席から立ち上がります。あり?


 それで無言で金貨を置いて行ってしまいました。そこまで気を遣わなくてもいいのに。でもケモ耳がぴくぴく動いてるのが……尊い……。





 食べ終わってお店を出たら、フェネが腕を組んでそっぽを向いています。まだお腹空いてるのかな。


 日も沈んで来て、森の中は茜色に染まっていました。


「フェネ、見てください。温泉です」


 村を歩いていると秘湯と描かれた看板が立っていた。ずっと体を洗い流したいって思っていたのでこれは助かります。


「あーそう。じゃあ私はここで待ってるよ」


「何言ってるんですか。フェネも一緒です」


「えぇ……」


 すごい嫌そうな顔をしているのが、何か想像と違った。


「フェネなら温泉が好きだと思いましたが」


 前に獣人だから匂いに気を付けてるって言っていたので、温泉も好きなのかなって。


「もしかして熱いのが苦手とか?」


「別にそういうわけじゃ……」


「では行きましょう」


 フェネは不服そうだったので、無理矢理手を引っ張っていきます。こうでもしないとまた遠慮すると思うので。


 丸太小屋の中に入って、ロビーみたいなところに来た。小さな村なせいか人は少ない。カウンターへと進むとおばあちゃんが椅子に座っていました。乙女が経営する温泉なら安心です。


「女2名で」


 フェネが代わりに金貨を置いてくれます。


「ありがとう。こちらがバスセットだよ」


 桶の中には透明の液体が入った瓶がいくつかとバスタオルが入っていた。それを受け取って女の湯の暖簾をくぐる。脱衣所に客は……いない。いや、まだ中に人がいる可能性がある。せっかく乙女の秘境にきて、百合を拝められないなんてあってはならない。決して見たいとかそういうやましい心はなく、純粋な気持ちです。私は天使です。


「ヴィヴィ、先に行ってて」


 テンション上がってる私とは裏腹にフェネの声はどんよりしています。

 あれ、もしかして本当に温泉嫌いだったのかな。


「あ、えっと。嫌、でしたか?」


「嫌、じゃない、けど。その……」


 フェネは何が言いたいんだろう? なんかもじもじしてる。


「もしかして裸見られたくない感じです? 安心してください、私は気にしません」


「そうじゃなくて、いやそうなんだけど、そうじゃないっていうか……」


 フェネがさっきから曖昧です。百合探偵としてこれは解明しなくてはなりません。が、すぐに答えが分かった。


「理解しました。先に行ってますね」


「うん……」


 というわけでパパッと服を脱ぐ捨てて、バスタオルに身を包みます。フェネは終始気まずい様子。きっと気にしてるのは尻尾。耳があるなら当然尻尾もある。あんな長いスカートを履いて隠してるくらいなので見せたくないのかもしれない。


 さぁ、温泉へ!


 人がいない!? 嘘でしょ!?


 たしかに小さな村だとは思ったけど日暮れでいいころ合いなのに、まさか貸し切りなんて……。いや、嬉しいけど、嬉しいけど……やっぱり悲しい……。てぇてぇが足りない……。


 気分が沈んでると後ろから足音が。乙女キタ!


 バッと振り返ると、そこには何とも美しい真っ白な肌を持つケモ耳と……そして、バスタオルに隠しきれない丸くて大きな白い尻尾。ぐは……尊い……。尊すぎて直視できない……。


「貸し切りか。よかった」


「私は尊爆しました」


「あーうん。残念だったね」


 意味を分かってなさそうですが、それもよき。


 温泉に浸かる前に体を清めないと。別のところに小さな水を溜めてる場所があります。近くに椅子も容易されているのできっとそう。


 「フェネの体を洗いましょう」


 桶の中に小瓶が入ってたのできっとこれがそうでしょう。どれがどれなのかイマイチ分かりませんが。


「体くらい自分で洗える」


「どうせ貸し切りですし、いいじゃないですか」


「そういう問題じゃない」


「私は気にしないです。白くてモフモフしててとっても尊いです」


「見ないで……お願いだから……」


 珍しくフェネが顔を赤くしてます。あぁ、なんだかクラクラしてきます。湯気の熱気にあてられたのかな……。


「分かりました。じゃあ私から先に洗ってください」


 フェネの前に座る。これなら何も見えない。


 後ろからため息が聞こえるけど気にしない。それで頭に水をぶっかけられる。冷たー!


「いきなり冷や水かけるのは酷いです」


「髪洗えって言ったじゃん」


 言ったけどそこはもう少し丁重にしてくれると期待した……!


 それでフェネは私の長い髪の先まで丁寧に洗ってくれた。鼻にツンとするような、ちょっと刺激のある香りがなんか癖になる。フェネの手つきは優しい。毛先からも感じるくらい、こっちに気遣ってるのが伝わる。


 と思った矢先に冷や水を頭にかけられる。本当冷たいんだけど。もしかしてさっきから怒ってたり?


「フェネ、ごめんなさい。許してください。悪気はなかったんです」


「だろうね。もし確信犯だったら今すぐ協会に突き出してる」


 えっ、そこまで……? 私、嫌われてる……?


「この翼も洗ってるの?」


「はい。お願いします」


「めんどくさ……やっぱり自分でやってくれない?」


 ガチトーンで言うのやめて。


「私もフェネの尻尾と耳を誠心誠意込めて洗うのでそれでフェアです」


「自分で洗う」


 フェネが立って離れてしまった……。ああ、モフモフに触れると思ったのに。やはり年頃の乙女は難しい。


 体と翼も洗い終わって、ようやく温泉です。片足をチャプっとつけると、とっても熱い。この熱さはまるで、百合の熱の温度です。つまりいい湯加減。


 翼まで浸かるとしおしおになっちゃいそうなので、湯舟から出しておこう。


 あー、本当気持ちい~。やっぱり体を清めるっていいです。生き甲斐です。


「フェネフェネ。気持ちいいですよ」


 フェネは私からかなり離れたところで浸かってます。遠すぎて心の距離を感じる。これが野生の警戒心というものでしょうか。


「これからどうするかは決めてるの?」


「フェネ、話すならもっと近くに来てください」


「あっそう。じゃあいい」


 フェネが冷たい……。湯舟の熱さと相殺して温まる……。


「今晩はこの村に泊まりましょう」


 空を見上げたらもう真っ暗で小さな星が見える。天界に時はあんなに大きく見えたのに、地上に来たらこんなにも小さいなんて。でも遠く離れたおかげで小さな点々がいくつも見える。


「ふーん。テテの救済はいいんだ?」


 あんまり野宿が続くとフェネが無理をしそうなので。結局前回もフェネが寝ずの番をしていた。だから休む時間は必要。


「私がそうしたいからです。フェネが悲しむのは望みません」


「はぁ。私も、ヴィヴィみたいな強さがあったらな……」


「フェネ?」


「なんでもない。先に出る」


 はやっ。まだ浸かって少しですよ。せめて100数えて。あー出ちゃったー。フェネはなんというか生き急いでる感じがして仕方ない。


 背中を見たら大きな尻尾が揺れていた。やっぱりモフモフしてて可愛い。

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