表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/27

6.目には目を百合には華を

 ようやく渓流を越えて、その先にレンガでできた街を発見。今回は通行料を徴収されることもなく、簡単に入れた。賑やかな街で大通りを歩いていると、制服姿の人をよく見かける気がする。


「フェネ、ここはどこです?」


「学術都市だね。学びをモットーとして、日夜勉学に励む人が多いって聞く。王立図書館には各国の論文も集まって、研究者も多い都市らしいよ」


 知識人がそばにいるだけで大変助かります。


「なるほど……だったらあれがありますね?」


「あれ、とは?」


「女子校です」


「んん?」


 女子校。それは百合の楽園であり、百合を育む教育機関。未発達の少女が、恋も知らずウブな心で、だけどどこか気持ちが昂り、それでいて気持ちを伝えられない。つまり、尊いが集まる場所。


「フェネ、学びの時間です。今からてぇてぇ観測に行きます」


「先に釘を刺すけど銃は出さないで。お願いだから」


 てぇてぇを見るだけなのに、どうして銃が出てくるんだろう。うーん、まいっか。






 大きな校舎を発見! 校門の向こうには木がいくつも並び、ピンク色の花吹雪が舞っています。そんな中を無垢な少女が何人もが時には談笑しながら、時には物思いにふけながら歩いていきます。まさに百合のバージンロード。


 桃色の世界に踏み出そうとしたら、目の前に黒い制服と帽子を被った人に阻止された。


「恐れ入りますが身分証の提示をお願いします」


 やんわりそう言われる。もしかして警備の人?


 フェネをチラッと見た。反応なし。なんでー。


「ええっと、私は決して怪しい者ではありません」


「関係者以外の立ち入りは禁止しています。お引き取りお願いします」


「お願いします! 少しだけ、少しだけでいいんです!」


 警備の人が眉をひそめてる。わーどうしよー。


 そしたら後ろからケープを引っ張られた。ぐえー。


「お騒がせしてすみません。時々頭に花が咲くものですから。失礼しました」


 フェネー、言い方。もう少し言い方加減して。


 そんなこんなで女子校は断念せざるを得なくなった。悲しすぎる。部活で青春を謳歌する子も、休憩時間に知らない子とお喋りする子も、放課後に一緒に帰ろうって言って寄り道する子も観測できない……。尊いの損失です……。


 ああ、せめて遠くからグラウンドを眺めていよう。校舎の三階の窓で授業してるようです。もう少し、高さが、あれば……てぇてぇを……。


「通報しますよ?」


「誰を?」


「不審者は自分が不審者だと自覚がないそうですね」


 へー。そうなんだー。怖いね。



 ピンポンパンポーン



 なんか校舎の方からサイレンが聞こえた。


『全校生徒に連絡いたします。只今より緊急集会を実施いたしますので、全校生徒はグラウンドに集まってください。繰り返します……』


 音が大きいから内容丸聞こえ。でもこれはラッキー! この学校の尊い全てを拝めるチャンスです。やはり日頃の行いが良い人は報われるのです。百合信仰万歳。


「ヴィヴィ、もう行こう。本当に通報されるよ」


「あと少し。あと少しだけ。てぇてぇを拝まずにして何が百合でしょうか」


 フェネはため息を吐きながらも付き合ってくれました。そういうとこが彼女の尊いなのです。


 数分もしたらグラウンドには沢山の……ああ……直視できない……幸せ……尊死……。


「ん? ヴィヴィ、あれ見て」


 フェネに肩を揺すられます。おお、ついにフェネも百合の尊さに気付いたのかな?

 指差す方に目を向けたら……。


 見間違いかな。あれは一体? 一番前の台に立ってる人……いいや、天使。立派な白い翼がある。白い制服に胸にはバッジ。汚れ一つもなく、いかにも規律を守ってますみたいな雰囲気。うげ、嫌なもの見た。てぇてぇ摂取しよ……。


「先日、緊急法案で百合禁止令が発令された。よって本校もそれを適用する。今後、女性同士で不用意に接触、会話を禁ずる。さらに常に一人分の距離を保つように命ずる」


 ……うーん。私の耳がおかしくなったのか。


 急なふざけた発言に乙女たちはざわざわしてる。


「静粛にしろ。そこはもう少し距離をおけ。それ以上近付くの禁止だ」


「……え? さすがにそれは」


「それが規律だ。秩序を守れ。万が一この規律を破った者は罰則も適用される」


 厳しい天使の口調に女子生徒からは不穏の声が漏れている。はぁ、本当にあいつらはこれを実行しようとしているのか。呆れるにもほどがある。


 翼を広げたら、フェネに手を掴まれた。


「何をする気、ヴィヴィ?」


「いつもの善行です」


「正気? あのバッジ、四界連盟(しかいれんめい)の人だと思うよ。そんな人に逆らったらそれこそ世界を敵に……」


 私を気遣ってくれるその気持ち、大変尊い。でもね、フェネ。私はここで立ち止まれない。目の前で泣いている乙女を見捨てるくらいなら自害する。フェネの手をゆっくり離す。


「大丈夫です。実は私、もう天界を敵に回しているので」


「ヴィヴィ!」


 飛んでフェンスを越えてグラウンドに下りて、やつの前に立った。


「これはこれは裏切り者のヴィヴィエルじゃないですか」


 キザったい天使が口を開く。言葉は不要。銃を向けた。


「おやおや。そんな乱暴な手段に出るとは、あの議会と同じですね。自分の思い通りにならないと暴力に頼る。まるで駄々をこねる赤子だ」


 それはお前達天界の連中だろうが。勝手に議決を押し通し、挙句地上の人の意思も確認せずこんな横暴なルールを押し通す。


 ここにいる女子生徒が各々不安そうな顔をしているのが分からないのか。中には崩れて泣き出している子だっている。お前には、それが分からないのか。


 ……分からないから、こんなことしてるんだろうね。別にいいよ、こいつらに期待なんてしてないし。ここで消す。銃を強く握った。


「ヴィヴィ、やめて!」


 一瞬誰の声か分からないくらい大きな声。フェネ……?


 振り返ったら軽い足取りで駆けつけてきていた。


「その人の言う通り暴力に頼るべきじゃない」


 その言葉に少し悲しくなる。事実、目の前の天使もにやりと笑ってる。


「どうやら話が通じる人もいたようです。お嬢さん、この者は天界を追放された異端の天使。この者の言葉に惑わされてはいけません」


「惑わされてないよ。もちろん、あなたの言葉にも。私はこう見えて世事には聞き耳を立ててる。あなたが言った新たな規律の法令なんて聞いたことがない」


 ケモ耳だけに立ってる、なんて言ったら怒られそうだからやめておこう。キザ天使は怪訝になってる。


「それもそのはずです。これは緊急法案で可決されたものですから、まだ各地にその情報が広まってません。とはいえ決定事項ですからあなた方はそれに従う義務がある」


「へぇ。法案は本来国民の意志も反映した上で決定するものだけど、随分急な話だね」


「今更何を言ったところで遅い。不服ならば四界連盟に確認すればいい」


 ぐぬぬ。本当に強情なやつだ。やっぱりここは実力で黙らせた方が……。

 動こうとしたらフェネに手で静止させられた。


「分かった。じゃあこっちも相応の処置を取る。緊急法案に対して異議申し立てと、正式な裁判の手続きをギルド協会へ申請する。ここの全校生徒の署名も一緒にね」


 なんかよく分からないけどフェネが反抗してくれてる。さっきまで余裕の顔だった天使の顔が歪んだ! いいぞ、もっと言ってやれー。


「ふざけるな! これはすでに決定している! 私は四界連盟の関係者だ。このバッジが分からないのか!」


「あなたの地位なんて関係ないよ。不満があれば抗議する。それが法。それと、裁判になったら緊急で可決した法案は一時的に無効扱いにもなる。せっかく必死になって可決したのに残念だね。もしかして知らなかった?」


 キザ天使の顔が真っ赤になってて笑いが出そう。それで手を突き出して魔法を唱えている。


「私を侮辱した罪は重い。貴様を排除する!」


「だったらお前は百合侮辱罪だ」


 ようやく本性見せたね。でも魔法勝負だったら私の方が得意だけど?

 魔法の銃弾はすでに天使の腕に命中してる。魔法は暴発。ざまーみろ。


「くっ、ヴィヴィエル。このことは報告しておく。忘れるな!」


 そう言ってキザ天使は手を抑えて飛んで逃げて行った。結局権威に頼らないと何もできないのが情けない。


 今はそんなことよりも。


「あれ……? どうなったの?」

「天使と天使が言い争って?」

「何だったの?」


 乙女たちはポカンとしてる様子。ここは一つ弁明しておこう。


「皆さん、ご安心ください。あのような横暴な規律は撤廃されました。仮に今後あの者が現れても言う事を聞く必要はありません。あなたたちの意志こそが今この世界に必要なのです。その尊い気持ちを大切にしてください」


 するとパチパチと拍手が起きた。混乱を収めるのもまた百合の守護者の役目。未来のてぇてぇの不安はここで摘みます。そしてあなたたちに祈りを。


「はぁ。心臓に悪い……今度ばかりは本気で終わったと思ったよ」


「フェネ。あなたには助けられました。ありがとうございます」


「別に礼なんていい。ただ私も少しムカついただけ」


 つまりフェネはまた一つ尊いを知ったということかな?


「それに、私は最初から諦めてたし。相手の身分や立場を見て、ああ、これは勝てないなって思った。でもヴィヴィが迷いなく飛んだのが少しすごいなって、そう思っただけ」


「でもフェネの強さで勝ったんですよ? さっきのすごかったです」


「こんな知識でも、誰かの役に立てるなら、それもいいのかもね」


 フェネは照れくさそうに視線を外していました。きっとその顔は……尊い、と思ったのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ