3.花食う天使
ひょんなことから街を飛び出して、獣人のフェネと旅をすることになった。2人きりで森の中を歩いている。そう、2人で。これってもしかしてデート!? まさか私にこんな百合的シチュエーションがやってくるなんて……ああ、百合信仰しててよかった……。
「次の目的地は決まっているの?」
「尊いは場所を選ばず」
「つまり当てがない、と」
正論やめて~。実際森の中に入ってかれこれ数時間は経ってる。なんか遠くでギャーギャーと魔物が喚く声がしてうるさい。デートの邪魔しないで。
「フェネは私に付いて来てよかったのです?」
「よくなかったら来ないと思うけど」
それはその通りなんだけど、なんかこう、あっさり決めた感じがしたから、どうにも腑に落ちないというか。
「元々あの街には長く滞在する気はなかったし、丁度よかった」
滞在……。つまりフェネはあの街の人じゃない。ケモ耳もあるし、なんとなくそんな気はしたけど。それを聞いてもきっと答えてくれないんだろうなぁ。ここは尊いを見守ってきた者としてじっくり親睦を深めるとしよう。
時間だけが過ぎる……。というかお腹空いた……。そういえば天界追い出されてから何も食べてない……。魔法も結構使ったし……。
お腹が鳴りそうなのをなんとかぐっと我慢。フェネを見たら全然空腹そうじゃない。もしかして旅とかそういうのに慣れてるのかな。
うぅ、ダメだ。お腹が……。はっ、目の前に、これは……百合の花が……。
なんて香ばしい匂い。私を誘惑する甘い香り。ああ、なんて美味しそう。
気付いたらお花を摘んで食べてる私がいる。もぐもぐ、うん、甘くて……美味しい……えへ、えへへ。
「天使の主食って花なんだ。初めて知った」
「殺生に厳しいから基本は果実や山菜が多いかな」
「それほど過酷な環境だと」
なにか勘違いしてそう。まぁでも、お花食べてる人は見たことない。もぐもぐ
不意に周囲の枝に止まっていた野鳥が一斉に羽ばたいた。これは……。
百合食べてる場合じゃない!
「フェネ。尊いが助けを求めている!」
「えぇ……?」
急いで羽ばたいた先には、冒険者っぽい見た目の女性2人が醜い緑の怪物、オークの群れに囲まれている。乙女のピンチを前にして空腹など無力。魔力よ、具現化して剣となれ。
オークの一匹がこっちに気付いたけど、その頃には懐。尊いを邪魔するやつは何でも許さん。
シュババっと切り刻んであげたら、そのままダウン。その調子でオーク全滅。ふぅ、百合を守れた。女冒険者さんたちはポカンとして、私を見ている。
「お怪我はないですか?」
「は、はい。おかげで助かりました、天使様」
天使様なんてそんなそんな。私はただの通りすがりの百合信者です。
「ヴィヴィ。うわ、もう終わったの?」
遅れてやってきたフェネが惨状を見てあんぐり。
「尊いがあればこれくらい朝飯前です」
「あの。何かお礼を……」
「もう頂きました。ご馳走様です」
「えっ?」
これ以上私が介入するのは野暮。部外者は大人しく去る。それこそが信仰であり、尊いである。女冒険者さんたちを置いて何もなかったように旅を続けます。
「ヴィヴィは本当に強いね」
「尊いのために命を賭けてますから」
これだけは胸を張って言えます。ふっふ。
うっ。胸を張ったら急にお腹が……。ぐー、と情けない音が鳴ってしまいます。
百合の花……どこ……私のお花……。
「……そんなに空腹なら食料を分けてもらえばよかったのでは?」
「フェネ、分かってないです。食料を分けてもらう→あの子たちの食料が減る→またピンチに陥る→百合の危機。私はここまで考えているのです」
「いつもそんな妄想を?」
妄想じゃない! いや、少しだけ、ほんのすこーしだけしてるけど!
「フェネはお腹空いてないのですか?」
「普段からあまり食べないから慣れてるだけ」
こういうのって慣れるのかな。
「私の話はいいでしょ。具現化魔法使えるんだし、それで食べ物作って食べたらいいんじゃない?」
「どんなに取り繕っても所詮は魔力の塊です」
「はぁ、仕方ない」
フェネがポンチョの内側から小奇麗な皮の袋を取り出して、丸い干した果実みたいのを串で刺したものを渡してきました。
「私にくれるのです?」
「それ以外にどんな意味が?」
自分の貴重な食料渡してくれる。つまり私を信頼してくれている。結論、尊い!
「あ、ああありがとうございます!」
「そんなに頭下げるほど? まぁなんでもいいけど」
早速頂きます。思ったより歯ごたえがあって、それでいて味は……まぁはい。とても個性的な味だと思います。
「携帯食だから味が微妙なのは許して」
顔に出てしまっていたようです。
「口に合わないなら私が食べるけど」
そ、それはつまり間接キスがしたいと!? はわわわ!
「ん? どうして顔が赤くなるの?」
「急に味が甘くなったのです」
「それ甘かったっけ?」
尊いの前では食べ物の味すら変わるのです。




