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22.魔人の微笑み

 深い森の中、空は暗くこれは今日中に抜けるのは難しそう。モノコをちらりと見る。息を切らしててお疲れの様子。フェネ曰く、この森を抜けたら街があるそうで、本当はそこまで行くつもりだった。軽量化魔法を使えば今からでも間に合うかもしれないけど、それだと何かあったら毎回私を頼るようになるかもしれない。それは尊いではなく依存。百合団長として心を鬼にする……! いや、本当に大変だったら使うけど!


「今日はここで夜を明かしましょう」


 雑草は生えてるけど、苔とかは少ないしそこまでは汚くはなさそう。何より耳を澄ませても動物の音が聞こえないので周囲に魔物もいないだろうから、多分安全。


「わっ、わたくしなら大丈夫で……ごふ」


 無理して喋ったせいで倒れたー! 衛生兵ー!


「その様子だとこれ以上は無理そうだね」


「わたくしは嫌です! こんな虫が蠢くような場所で一夜を過ごすなど……」


「まさか冒険者がいつも宿の中で眠れているとでも? 冒険小説でもそんなのありえない。ああ、お嬢様は庶民の娯楽なんて触れないか」


 またフェネの発作が始まってしまったー。でも珍しくモノコはしおらしかった。


「知っています。ずっとわたくしの憧れでした。物語の主役のように、ただ自由を……」


 モノコは屋敷から抜け出したって言った。今までの会話からして相当地位の高いところだと思う。ずっと窮屈な思いをしていたんだって。フェネも察してるみたいでそれ以上言わなかった。


 そんな横で何やらガサゴソと音がする。と思ったらラプちゃんがパンドラボックスを展開して何やら出してます? これはテント?


「……野営の準備する。寝袋もあるよ」


 救世主ここに爆誕! ここまで準備しているなんてやはり幼女が全てを解決する。百合信仰ばんざーい!


「さすがラプちゃんです。信じていました」


「……こういうのってリーダーが用意するものじゃないの?」


 幼女の正論パンチに思わず吹き飛んだ。 今日は飛べそうにない。






 テントを張ったり焚火を点けたりとパパッと準備をして、何ともそれっぽい感じになりました。


「私は翼があるのでどこでも眠れるのでテントは皆さんで使ってください」


「見張りが必要だし私もいい。元々そっちの方が慣れてる」


 むむ、格好つけて言ったけどフェネもですか。


「ラプスさん。これで問題ありません?」


 モノコが皮の財布を出して金貨一枚を渡そうとしてる。ラプちゃんはというとこっち見たりしておどおどして戸惑ってる。


「……えっと。別にお金はいい、よ? それに気を使って、くれなくても」


 パチパチと焚火の音が鳴りながら、全員の視線を浴びてラプちゃんが顔を赤くしてる。


「そうもいきません。準備して頂き、それを利用する。そこには対価が発生します」


「……わたしはお金が欲しくて提案したんじゃない」


 ここは百合信者として間に入ります。


「ラプちゃん。善意というのは、清く尊いのです。けれどその善意を当たり前にしてしまったら尊いからかけ離れてしまうのです」


「人界だとその善意を搾取する輩もいる。或いは善意を盾にして法の目を掻い潜るやつも。優しさとは使い方を見誤れば毒にしかならない」


 珍しくフェネがフォローしてくれる? ラプちゃんは分からないみたいでキョトンとしてる。


「フェネの言うように悪い人もいますけど、だからこそ善意には善意で返したいのです。そうすることでお互いの尊いが保たれます。モノコがお金を出したのもラプちゃんの善意へのお返しなのです」


 きっとこれから一緒に旅する仲になると思う。でもそんな時にこういう時に毎回ラプちゃんが全部用意してくれるから、それに寄りかかっていてはいつか負担になって壊れる。そんなのてぇてぇじゃない。


「……分かった。でもわたしは、皆がそんな人だとは思わない。わたしがしたいからそうする。これじゃ、だめ?」


 照れくさそうに手を擦り続けてなんて健気……。尊い……。


「私は常に乙女の意志を尊重します。ラプちゃんの意志も、モノコの意志も、もちろんフェネの意志も。なのでここは折半案として野営代金は私のラプちゃんの借金に加算してください。金額はラプちゃんにお任せします。これなら双方文句はありませんね?」


 どうせ借金だらけなので少し増えた程度は気にしない。どっちも少し不服そうにしてたけど納得してくれた。よくやった、私。


「初めてリーダーらしいところを見た」


「フェネ。私はこれでも色々考えているんです」


「百合とテテで染まってると思ってたよ」


 う……その感想は否定できない……。


 そんなわけで初キャンプ。ラプちゃんがパンドラボックスからお鍋やら食材、さらにテーブルや椅子までも出してます。いや本当にすごい。もう野宿って感じじゃなくなってる。

 こんな便利な物を規制するなんて、やはり世界には百合が足りない。


「はいはーい。私、料理手伝います」


「へぇ。ヴィヴィにできるの?」


 ちょっとフェネ、疑ってる? これでも天界で一人暮らしだったんです。


「もちろんです。料理なんて余裕です」


「じゃあまず何が必要?」


「えーと。百合の花……?」


「そこで座ってろ」


 待って待って。百合の香りって調味料に使えたり……しない? 


「えっ、料理は魔法で生み出してるのではなくて?」


「箱入りお嬢様もそこに座ってろ」


 モノコも強制的に座らされてる。仲間だー。


「ラプス。私は近くに川がないか探して水を汲んでくる」


「……よかった。さっきの自分の発言を後悔しそうになってたから」


 なんだかどんどん2人の距離が縮まってる気がします……。






 それからグツグツと鍋から良い匂いがします。ラプスが大きなお椀にお玉で分けています。あのトロトロした感じはシチュー! フェネがテーブルに運んできてくれた。わーい。


 全員分が揃ったところでフェネとラプスも椅子に座った。なんかこういうのいいかも。大自然に囲まれて乙女と共に食事をする。ああ、神様、私は百合信仰をして一切後悔がありません。感謝です。


「天使は食事前に祈るのが作法ですの?」


「はい。乙女と一緒に食事できることに感謝を捧げました」


「黙っていたら清楚なのに」


 私はいつでも純真です。というわけで、いただきます。早速パク。


 こ、これは……!


「ラプちゃん、これすっごく美味しいです。てぇてぇです。最高です」


「……どうも」


 素っ気ない返事されたけど、そんなの気にならないくらい美味しい。


「これお店で出したら売れます。絶対売れます。ラプちゃん、ひと山当てましょう」


「無理」


 即答……! でもそこがいい……。


「魔界育ちだから工夫してるのかしら?」


「……好きだった食べ物屋がすぐ潰れるから、いいと思ったら模倣するようになっただけ」


 な、なんて健気な理由なんですか……。私感動しました。


「ですがヴィヴィさんの言う通りこのレベルなら人界でなら十分通用すると思います」


「……好きに値札が貼られるのは許せない」


 珍しくラプちゃんの語気が強くなったような? 蝙蝠の羽が一瞬ピンと伸びて手が止まった。でもすぐにいつものだるーんって感じになって、黙々と食べてる。


「ここに百合の花を入れたらいいアクセントになるのでは?」


 なんか空気が濁った気がしたので言ってみる。


「論外です」


「ないね」


「……不味そう」


 百合の花、結構おいしいって思うのは私だけ……?






 それから料理が食べ終わってお片付け。結局おかわりをしたのは私だけで貪食の天使と思われてないかが心配。


 森の中はとても静かになった。フェネは見張りで大樹に上っていって、モノコはお疲れで先にテントでお休みのようです。ここには私とラプちゃんしかいない。ラプちゃんは黙々と皿を集めてます。


「洗い物、私も手伝います」


 さすがにそれくらいなら私もできる。川がどこにあるかはフェネの足音を覚えています。

 ラプちゃんは食器類を全部一か所にまとめたら、魔法でヒョイと掲げてそこから水玉で包み込んでしまいました。シャカシャカと泡立てて洗浄されて……なにこれ? 文明魔法?

 そしてそのままパンドラボックスにポーンと投げ込んでしまいました。


「……何か言った?」


「な、なんでもありません……」


 役立たずの天使、ここに降臨。


「そんなに便利な魔法があるなら水を用意する必要なかったのでは?」


「……魔法の水は構成要素が違うから沸騰させたらすぐ蒸発する」


 全く知らない知識です。こんなことならもっと色んな魔法を履修しておくべきでした。


「あの、ラプちゃん。もし何かあったら何でも言ってくださいね。私、こんな性格ですけどちゃんとその辺の分別は弁えていますから」


「……あー、うん。さっきのは、ちょっと、助かったかも」


 やはりあれは触れられたくなかったんでしょう。


「……ヴィはすごいね。わたしだったら誰かのために嫌われ役なんてできない」


「百合に命を賭けてますから」


「……あんなこと言ったけど、わたし、旅に出て後悔してないから」


 それを聞けただけで私の心は浄化されました、なんて言うと笑われるかな。


「本当に何かあったら言ってください。私じゃなくてもフェネやモノコでもいいです。あの2人も本当に尊い人なので」


「……お節介な人。でも、嫌いじゃないよ」


 ラプちゃんが笑った……! ピンク色の花畑が見えてそこから意識が飛んだ。

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