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2.獣人の疑問

「それで、ユリってなんなの?」


 フェネと一緒に街を歩いてると尋ねてくる。これは難問です。いえ、私の中にはいくつもの答えがある。けれどフェネが聞きたいのはもっと奥底の感情。百合という感情そのものでしょう。


 これは口で説明するより、見てもらった方がいいかもしれない。百合センサーをピコンと立てる。魔力で察する……あっちだ。


 パン屋の前に幼き可憐な少女が2人……。この時点で既に尊いけれど、それだけじゃない。なんと一つのパンを千切って分け合っている。


「あれが、てぇてぇです」


「え? なんで祈るの?」


 尊いを前にして祈りを捧げるのはマナーです。祈りましょう。


「女の子同士で分け合うのが、尊いのです」


「はぁ。でもその理屈ならあれも、テテってやつ?」


 テテではなく、てぇてぇです。ともあれ、目を送ると、同じくパン屋の前で若いカップルが楽しそうに談笑しながらパンを食べています。


「あれはてぇてぇではありません。ノーマルです」


「よく分からない」


 初めはみなそうです。私もこの道に進みまだ齢10数年。今もなお、百合道には多くの学びと気付きがあります。信仰とはそういうものです。


「そういえば私に付き合ってくれていますが、フェネは今日用事などないのですか?」


「あーうん。まぁね」


「この街に居て長いです?」


「まぁそこそこ」


 曖昧な返事ですが私には分かります。乙女とは得てして秘密が多いもの。それを語るにはお互い信頼が必要なのです。それは百合の根源でもあります。

 なので、深く問わない。





 街にはやはり教会がありました。中に大聖堂となっていて、天使の偶像がいくつも置かれている。そして敬虔深い信徒も来ていて、長椅子に座って祈りを捧げていました。椅子には座らず奥まで進んで、天使が描かれたステンドグラスの前まで来る。


「やっぱり天使だから教会によく来るの?」


「もちろんです。私は朝昼夕、就寝前と必ず祈ります。今日も乙女が幸せでありますように、と」


「ん?」


「さぁ、フェネも一緒にしましょう。尊いを知るには祈りからです」


「私は遠慮しておく。うん。外で待ってる」


 そう言って出て行ってしまいました。どうやら彼女に尊いを説くにはまだまだ時間がかかりそうです。祈りを捧げましょう。





 外に出たらフェネが街を眺めて黄昏ています。風に揺られて短い髪と耳が静かに揺れている。それを嫌うみたいに手で抑えてる仕草がなんとも愛しい。


「祈り、終わった?」


 こちらに気付いたみたいです。


「はい。お手数かけましたね」


「いいよ。でも今のところヴィヴィの言うテテってのはあんまり理解できないかな」


 率直すぎる感想です。私も一朝一夕で理解してくれるとは思っていない。

 けれど、心が揺れた時、真実を知るのです。


 街を適当にぶらぶらと。そしたら目の前になんと、手を繋いで歩いてる女子2人がいます! これは……尊い……。尊死……。


「見てください、フェネ。あれもまた、尊いです」


「手を繋いで歩いてるだけじゃ?」


「その心の中にあるドラマを想像してください。こんな街中で、昼間から、女の子2人で、デート。これはもう、決まりです」


「共通言語で話して欲しい」


 あれを見てもまだ感じないとは。恋に無頓着そうに見えたけど、これはいよいよ大変そうです。


「よー、姉ちゃん。俺たちと遊ばねー?」


「美味しい飯でも食べに行こうぜ」


 思わずため息がこぼれた。目の前のてぇてぇに対して何とも浅ましい輩たちが声をかけたのだ。乙女たちが困惑している。まずい、手を離してしまう。断固阻止せねば!


 銃よ、具現化せよ。やつのコメカミを狙い撃て。


 目標に銃弾命中。輩B吹っ飛ぶ。OK!


「な、なんだ!?」


「百合妨害罪により貴様らを排除する。懺悔は地獄で言え」


 輩Aにも銃弾ヒット。吹っ飛ぶ。どちらもダウンして気絶。


「え、えっと?」


「処理はこちらにお任せを」


 乙女たちは頭を下げて去っていく。手は繋いだまま。ミッションコンプリート。お幸せに。


「ふぅ、危なかった。てぇてぇを失うのは世界の損失」


「いやいや、今のなに? 魔法、だよね?」


 私の早撃ちは神をも凌ぐ……のはちょっと言い過ぎだけれど百合の為ならこれくらいできないとダメ。


「それ、具現化魔法で造った銃? すごい巧妙だね」


 銃はいい。脅しに使えて……ではなく、遠くから攻撃できるから尊いを守るのにぴったり。殺傷能力はあったりなかったり。天界だとうるさいから一応は気を付けてる。まぁ撃っても大体気絶で済む。


「今日初めてヴィヴィに興味を持ったかもしれない」


 百合はスルーなんて悲しい……。


「具現化魔法は魔力消費激しくて誰も使わないって聞くけど、ヴィヴィは魔力がある感じ?」


「私には百合の魔力があります。私の中の尊いこそが魔力です」


「全く意味が分からない……けど、もしそれが本当なら少し興味はある」


「フェネもようやく尊いを感じてくれたようで」


「いや、魔法の方だけ。でも、この人たちどうするの?」


 気絶してる野郎AとBを指さしてる。


「なにか問題でも?」


「問題しかないと思うけど。街中で魔法使って人に危害加えるのはギルド法令に違反してる」


「こいつらはてぇてぇを犯した。正当防衛です」


「過剰防衛の間違いでは?」


 呑気に談笑してると遠くから何やらピコピコと音が鳴ってる気がします。


「……逃げた方がいいんじゃない?」


「仕方ないです。私は次の尊いを守るために街を出て行きます」


 本当は色々教えたかったけど、こればっかりは巻き込めないからね。

 飛んでいこうとしたら、フェネが私の手を握ってくる。はえ……!?


「だったら私も連れていって。あなたのその自由さの根源を少しでも知りたい」


 そんな真顔でしかも顔がお近い……ふわふわ……!


「わ、わわたしでよければ」


「決まりだね。これからよろしく」


「こ、こここちらこそぉ!」


 百合布教の旅に思わぬ仲間が増えちゃいましたぁ。しかもこれってもしかして脈あり!?

 私の旅、どうなっちゃうの!?

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