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19.壊すべきもの

 フェネに半ば無理矢理ギルド協会に連れられてから、それでようやく蝙蝠ちゃんの店にやってきたー。日も暗くなってるし資金も少なくなってたところだから、これは渡りに船、いえ、渡りに百合。


「どういう心変わりですの?」


 店に来て早々モノコがピシっと言う。せ、せっかく蝙蝠ちゃんが言ってくれたのに機嫌悪くさせないで~。


「……お礼」


「お礼?」


 蝙蝠ちゃんが頷いてくれる。身を挺して業火に飛び込んだ甲斐があった。これはおつりが来る。いやおつりどころか華が咲く。


「てぇてぇです。尊いです。モノコ、フェネ、百合信仰旅団としてしっかり見習ってください。特にフェネ」


「はいはい」


 軽く流して店の物眺めないのー。でもそれが照れ隠しだと勝手に想像します。フェネは素直じゃないので。


 蝙蝠ちゃんに連れられて店の奥へと案内された。その先はキッチンになってて相変わらず古風な造り。これは、あれですね。おばあちゃんの家に行った時のような感じです。どこか懐かしくて、自然な香りが落ち着くあれです。


「……お茶淹れる。適当に」


 蝙蝠ちゃん、それだと適当にお茶淹れるって聞こえちゃいますよー。私は信者なので意味が通じますけど!


 蝙蝠ちゃんが緑茶を淹れてくれました。湯呑みなのが中々味がある。おばあちゃんっ子なのかもしれない。


「ありがとうございます~。いただきます~」


 早速一口。おぉ、これは何とも渋い味。なのに全然苦いって思わないし、飲みにくいって感じもしない。熱々なのがまた良き。あったまる~。なにより幼女が淹れてくれたお茶というだけで私の尊味が爆上げです。


「……わたくし、茶には結構うるさいと自負しておりますが、これは悪くないですの」


 お嬢様だからやっぱり普段から嗜んでいたのかな。飲み方がすっごい静か。私なんてズズーって感じなのに。


「何か特別な方法で淹れてるのかしら?」


「……これは、わたしが……ううん。なんでもない。普通」


 何か言おうとして詰まったような? 魔界だとお茶を嗜むのが普通なのかな。


「気を悪くさせたなら申し訳ありません。別に淹れ方を盗もうなんて思ってませんの」


 モノコがフォローしてる。フェネにもいつもそれくらいだったら嬉しいのに。


「……気にしてない」


 蝙蝠ちゃんも椅子に座って静かに飲んでる。ていうかフェネも音出してない。なんか私だけ行儀悪い気がして気まずい。そうっと、そうっと。う、音が出ちゃう。






 沈黙……! 乙女が四人も集まってテーブルを囲んでるなんて百合シチュの女子会なのに、なんでこんなにしんみりしてるの!? 女子トークは!? 会話ヘルプミー!


 むー、誰も喋らない。そこでピコンと思い出す。


「そう言えば自己紹介してませんね。私は百合信仰信者のヴィヴィエルです。見ての通り天使。雲越え闇越え、百合の花畑に突撃中です」


 シーン……。


 お願いだから誰か反応して……! 私が空気悪くしたみたいに見える!

 助けを求めてフェネとモノコを交互を見た。そしたら2人がギルドカードを取り出してる。コミュ障ー。目の前にいるんだから普通に名乗ってー。ギルドカードを没収してやります。


「百合とは会話から。沈黙の美はてぇてぇを越えてからあります」


 モノコは不服そうな顔して、フェネからはため息。不満があるなら言いたまえ~。私はいつでも聞きます。


「……フェネ」


 すくなっ。その情報だけで何を理解しろと?


「モノコ・ノワールと申します。人界でノワール商会というブランドを立ち上げております。以後お見知りおきを」


 モノコはさすがに丁寧だった。でもそこはもう一つ自分の趣味を語るなどしてくれたら百合アクセントプラスしてました。蝙蝠ちゃんは少し視線を泳がせてる。


「……ラプス。ただの魔人」


 すばらしい。見た目通りの可愛さマックス、いえ尊さ最大の名前です。心の中で全力で拍手します。


「尊いです。可愛いです。抱きしめていいです?」


「ヴィヴィ、初対面相手にそれはわいせつ罪になる」


 むむむ。やはり百合には同意が必要。ラプスがおどおどしてたのでやめておこう。






 ちょっとだけ空気が回復したところで、キッチンの壁にかかってる鈴がリリーンって鳴ってる。綺麗な音。ラプスが立った。


「……客来た。行って来る」


 パタパタと歩いて行きます。小さいのにたくましい。頑張る幼女はすばらしい。祈ろう。


「ヴィヴィ。これからの予定だけど私は魔界から出て行くべきだと思う」


「フェネー。魔界に来てまだ少しですよ~」


「やはり魔人の価値観は独特というか、難しい。今日の依頼でも魔人と口論になったし今後を考えるとやはり滞在するにはリスクがある。それに魔界には魔物も少ないから討伐依頼もあまり出回っていない」


 私がラプスに癒されてる間にフェネは色々考えていてくれたよう。さすがです。


「魔界という名ですから魔物の巣窟ではないですの?」


「一部の名のある魔物は住み着いてるけど、下位の魔物はほとんどいない。魔人自体が戦闘力の高い種族だから勝ち目がないって分かっているんだろう。実際この経済レベルなら魔物掃討もすぐに終わらせてるだろうし」


 ふむふむ。私としても目の保養にもならない野郎の依頼は受けたくない。でも魔人っ子のてぇてぇをもっと拝みたい~。



 ドーン!!!



 悩んでたらすっごい爆音が。何事!? いや、これは乙女のピンチ! 行かなくては!


 店に戻るとそこには派手に転倒してる棚がたくさん……。ラプスが呆然と立ち尽くしている。店の外には……ああ、そう。


 白い翼に白い礼装。守護天使様ですか、そうですか。取り巻きには魔人も沢山。とりあえず友好的ではないのは分かるから武装。


「出て来たか、ヴィヴィエル」


 とりあえず無言で銃口を突き付けると魔人らが結界を展開してる。ふーん?

 フェネが先に前に立った。


「店内の物を壊すのは完全な器物損壊罪だ。いくら四界連盟の権限があろうと言い逃れはできない」


 フェネー、いつもの法令を言ってやれー。


「異端者ヴィヴィエルを匿っているという情報をすでに得ている。捕獲するために多少の損傷も致し方なし。書類手続きも完了している」


 クソ天使が自慢するみたいに紙切れを取り出してヒラヒラさせてる。破り去ってやりたい。フェネもこれにはちょっとだけ苦い顔をしてる。


「あら。彼女は私のご友人です。もしも手荒な真似をするならお父様に報告致します」


「なっ、あなたはノワールのご令嬢!?」


「あなたが四界連盟の者ならお父様をもちろんご存知ですね? 人界国議長ヴァルツを」


 その言葉に天使がとてつもなく言葉を詰まらせてる。ただのお嬢様って思ってたけど、もしかして私が思う以上にモノコって権力者の娘? わおー。


「くっ……ですがいくらあなたでも異端者を庇うのは法に反する!」


「さきほどフェネさんが言いましたけれど、先に法を犯したのはあなた方です。ちなみに会話はすべて録音させて頂いております」


 モノコの黒い笑み。おぉー、さっきまで威勢のあった魔人らが一歩引いてる。これが権威! 言ってやれー。


「ええい! 私も四界連盟の権力がある。その程度もみ消せる! おまえら、やれ!」


 クソ天使が威勢よく叫んでるけど魔人らは誰も動かない。むしろ解散状態。人望なさすぎー。百合を信仰しないからそうなる。


「ど、どこへ行く! 私の命令に従わないならおまえたちも! くそっ!」


 クソ天使だけになったところでショットガン準備完了。必死に結界魔法展開してるけど無駄でーす。これ、そんな簡単に防げると思った? ズドン!

 結界貫通して地面に穴があいた。もちろん外してあげたけど。当てたらフェネがうるさいだろうし。


 クソ天使は尻餅ついて口をパクパクさせてる。


「これ以上てぇてぇの邪魔をするな。それともあの世で祈りを捧げるか?」


 すると尻尾撒いて逃げて行った。本音はぶち当てたいけど、そうしたら本当に面倒になるだろうしね。我ながら理性働いた。


 さてと、現状問題は解決したんだけど……。


 店はご覧の通り酷いありさま。商品棚は倒壊して壊れた物も沢山ありそう。

 ラプスは物を一つずつ拾いあげてる。うん、ダッシュしてとにかく土下座!


「ごめんなさい! 私のせいでラプスの店がこんなになって、何でもするのでどうかてぇてぇだけは忘れないでください!」


 私のせいでこんな幼気な子を巻き込んだ罪悪感がやばいよ~。私はこの罪を一生背負う。毎日の祈りに追加しよう。


 反応がない……。絶対怒ってる。チラッと顔をあげたら、ラプスが屈んで私を見てる。無表情だけどお怒りにしか思えない。はわわ……。


「……わたし、この街が嫌いだった。好きって言ったら馬鹿にされる。お気に入りの店はすぐに閉店する。流行を知らないなら時代遅れ」


 こ、この流れはお前も嫌いだよって言われるやつ……?


「だから好きを語りたくなかった。ううん、語ると変な目で見られるから。……でも、変に思われても熱く語れる人がいるんだね」


 それは一体誰のことで? フェネとモノコを見てもクスッと笑ってるだけ。もしかして、私? 確かに私は百合信者ですけど……。


「だったらどうして出て行こうと思わなかったの? 自分と思想が違うならここに留まる理由がない」


 フェネが尋ねてる。ラプスが俯いてます。


「きっと、怖かったんだと思う。誰も魔界から出ようとしないし、外界に行く魔人は格好悪いって噂になるから。わたしは、壊す勇気がなかったんだと思う」


「だったら人界で始めてはどうでしょう? こう見えてコネには自信がありますの」


「それも、いいかもね。でも……」


 ラプスが私の目を真っすぐ見つめる。光のない瞳が今キラキラ輝いてるように見えて何だかドキドキする。これはまさかの……?


「わたしも連れて行って。その情熱を少しでも知ってみたい」


 あっ、また私は勘違いを……。でも、どうやら怒ってる様子じゃなくて安心……。

 手を差し出してくれたのでその小さな手を取って立ち上がります。


「行きましょう。そして百合の尊いの価値が分かればきっと答えが見つかります」


「ありがとう、ヴィ」


 なっ、名前で呼ばれた~。幼女から名前で呼ばれた。尊死……。


「じゃあ私もラプちゃんって呼びます」


「……ん」


 照れくさそうにちょっとだけ頬を赤くしてて、もう……最高です。


「……あ。でも壊れた物の損害賠償はしっかり払ってもらう」


「え?」


「……店仕舞いしないとだし。あとで換算するから、全部支払ってね」


 えぇ、つまり私借金を!? 助けを求めてフェネとモノコを見てもどちらも弁護してくれない。むしろ当然、みたいな顔してます。また私の貧乏生活が~。

 これはフェネの言う通り魔界から出るべきかも。はい。

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