10.天使、令嬢に尊敬される
チュンチュンという鳥の鳴き声で目が覚めた。久しぶりに布団でぐっすり眠れたかも。
となりのベッドを見ると、もう空。宿に泊まることになって私がダブルがいいと提案したけど、フェネは絶対ツインって譲らなかった。おかげで尻尾モフれず。でも絶対あの尻尾に顔を埋めてみせる! って、違う違う。私の目的は百合の守護。朝のお祈りです。今日も乙女が幸せでありますように……。
宿を出ると木にもたれてフェネが待ってくれていました。
「もしかして待たせてしまいました?」
「別に待ってない。さっき起きた」
視線を外すあたり、待っていてくれたのかも。それとも誰かと一緒に寝るのに慣れてなかったのかな。少しずつ仲良くなれたらいいなって思う。
朝食に野菜サンドのパンを買って、いざ出発。
相変わらず森の中だけど村が近いおかげか道は整ってて歩きやすい。これなら魔法を使わずに済みそう。普通に飛び回れそうなくらい広々としてる。
さっき買ったパンを食べる。黄色い果実みたいなのを噛んだら果汁が口の中に広がる。甘くておいし~。お肉もいいけど、やはり食べ慣れてる物もいい。
フェネはというと相変わらず数口でペロリと食べてしまってる。
「フェネ、早食いは消化に悪いです」
「知ってる」
そう言われたらこれ以上何も反論できない……。
ピコーン!
はっ、乙女センサー感知。これは、嘆き。乙女が泣いている。行かなくては!
「フェネ、善行の時間です」
「いつも唐突すぎる」
翼を羽ばたいて一直線。森を抜けたら広大な草原と、それを突き刺す一直線の白い街道。地平線の向こうまで続いてそう。
そんな街道の中でポツンと蹲るお姉さんを発見。ダークブラウンのミディアムヘアがとっても素敵。オフショルダーで肩を露出してて、これまた尊死。ショートパンツのおかげでスラッと見える生足がなんとも……よき。はっ、観察してる場合ではない。
「お困りのようですね」
するとお姉さんが顔をあげます。オレンジ色の瞳は街の灯のようで、私の心に光を差し込む。つまり、すばらしい。
「貴方は……?」
「私は通りすがりの百合信仰の天使です。乙女の悲鳴を察知して飛んで参りました」
「天使……?」
状況がまるで分かってなさそうです。どうしたものか。そうだ、まだ手に野菜サンドが残っていました。
「これを食べて落ち着いてください。食べかけですが、とっても美味しいですよ」
「そんなはしたない真似わたくしには……」
すると乙女のお腹から天使のハーモニーが奏でられます。黙って手渡します。
顔を赤くしながら一口食べると、そのまま食べきってくれました。
「ヴィヴィ。こっちは翼がないからもう少し加減して」
「百合救済は一秒を争います」
「はぁ。一年後にはチーターになってる」
獣人は種族変更も可能らしい。ていうか、私に1年も付き合ってくれるってそれはつまり……。はっ、また私はなにを。
座り込んでいたお姉さんは立ち上がって、髪を整えてから、ペコリとお辞儀をします。やはり改めてみるとなんとも麗しいお方。それに腰にあるのは剣? 戦う乙女とは尊い……。
「天使様の施し、確かに頂戴しました。感謝致します。それで失礼を承知で申しますが、少し相談に乗って頂けないでしょうか?」
「伺いましょう」
「即答すぎる」
フェネ、乙女の頼みを断るなど言語道断。反応速度1秒未満で切り返します。
「実は……少しお金に困っていまして、少しだけでいいのでお恵みして頂けないでしょうか」
「フェネ」
お金は全てフェネが持っているのでこれには即渡しできませんでした。
でも、フェネは微動だにせず腕を組んでいます。なにゆえ迷う?
「ヴィヴィ、前に私が言ったの覚えてる?」
「前どころか全部覚えてます」
「えっ、こわ……」
フェネのドン引きはともかく、言いたいのは分かる。おそらく私が騙されるのを懸念しているのでしょう。確かに初対面の人にお金を求めるのはおかしいかもしれない。
「私がしたいからそうしたいんです」
「でもねぇ。そもそも金銭に困ったらギルド協会で相談するのが普通だし、こんな街道でいるのはどうにも胡散臭い」
ちょ、ちょっとフェネ。目の前にいるのにそんな堂々と発言するのはデリカシーがないです。あーほら、お姉さんがため息を。
「貴方の言い分はごもっともです」
「僭越ながら、ギルドカードを拝見しても?」
「構いません」
「では、私からも」
そう言ってカードを渡し合ってる。えっ、なにこれ、いいな。
「私もギルドカードを作れば公的に女の子と接触する理由ができると……」
「数日後にはカード停止されるか、治安ギルドに追いかけられるのがオチ」
「そんな問題は女の子とのお喋りの前では些細な問題です」
「なぜルールが必要なのか歴史から学んできて」
歴史……? 乙女の楽園の話?
「モノコ・ノワール……。ノワール……。まさか、あのノワール?」
ほほう。いい名前ですね。名は体を表す。まさにぴったりです。
「ご存知ですの?」
「人界にいてその名を知らないなら、とんだ愚か者でしょう」
ちょっとー、私は全然知りませんー。愚か者になりたくないので説明をー。
「フェネ、私にも分かるように話してください」
「貴族」
説明すくなっ。いや、分かってきた……。このお洒落な恰好からして何か有名な組織の関係者。貴族というからには大手。
「あーはい。分かったです。あれですね。服などを作ってる、あの有名なブランドのノワールですね?」
「え……? ヴィヴィ知ってたんだ」
適当に言ったら的中。ふっふ、私は百合探偵です。でも名家のお嬢様ってもっとドレスとか着てるイメージがあったけど、今はこんなラフな感じで出回るのかな。
「……そうです。わたくしはノワール商会のモノコ・ノワールですの」
さっきまでより声量が変わった? なんか整ったような、綺麗な声になった。
「ノワール商会ならお金に苦労していないのでは? それにどうして令嬢のあなたがこんな街道で護衛もつけずにいるのですか」
フェネー、深い事情があるかもしれないのにそれは問い詰めすぎー。
実際、相手も困ってる。
「色々と事情がありますの」
「ギルドランクE。最近発行した感じに見える。屋敷で何かあったとか」
「そういうこと聞かないでくださる? 貴方、失礼でしてよ?」
そう言ってフェネからギルドカードを奪って、投げ返してます。あちゃー、怒らせてしまった。
「フェネ。初対面の乙女にそれはないです」
「私からしたら初対面の相手に金銭を要求する方がないと思うけど? それにヴィヴィ言ったよね。お金の管理は私に任せるって。だったらその支出に私が納得できないなら、それに反抗する権利がある」
うっ……これはフェネ検事です。フェネの前でうっかり口を滑らせたら今後も大変になりそう。
「もう結構です。失礼いたしました」
ああ……お辞儀して去ってしまった……。
「フェネのせいで怒らせたのです。今のはてぇてぇポイントマイナスです」
「ヴィヴィは感情で動きすぎる。もう少し理性を持って」
仕方ないので旅を続けます。街道をまっすぐ歩くだけ。
「……どうしてわたくしに付いて来られるのですか」
「道がこっちしかないのです」
一本道なので行先が偶然にも同じになる。神とは時に悪戯が好きなのです。
大きなため息を吐かれて、フェネに至っては遥か後方で見守りムーヴ。ここは百合信者として何としても空気を百合色に変えなくては……!
と、そんな時に近くの草原が揺れている。咄嗟にモノコの手を引っ張る。
「え……?」
直後に草原から緑色の小さな鬼、いわゆるゴブリンが飛び出してきた。でも私が反応したおかげでモノコは無傷。それに周囲からもガサゴソ揺れているのでまだ数多くいる。緑の雑草なので擬態して襲ってる感じかな。乙女を襲うとは無粋。
「魔物……!」
モノコは剣を抜いて構えています。丸く尖ったあの形状はレイピア? 片手で構えるその姿は私でも分かるくらいあまりに貧弱な立ち姿……なんて絶対に言わないけどね!?
「モノコは下がっていてください。あなたには指一本触れさせません」
銃を具現化させて目の前のゴブリンに放ってまずはダウン。そして周囲の雑草の音が静まる。でも舐めないでもらいたい。こちとら乙女の吐息すら見逃さないほど訓練してる。様子を伺ってる気配がばればれ。パパパと連射したら草むらに隠れてるやつが次々とダウン。グッバイー。
終いにはビビって逃げ出してる。雑魚が。一昨日来やがれ。
「えっ、強い……」
「百合を守るために世界を旅する天使。ヴィヴィエルとは私のことです」
「ヴィヴィエルさん、わたくし、今とても感銘を受けましてよ。わたくしは貴方のような強き方に尊敬を抱いております」
「いえいえ。乙女を守るため日夜祈ってるだけです。それと私はヴィヴィで結構です。モノコ、で、いいです?」
何となくノワールと呼ばない方がいいと乙女センサーが言う。
「あの、不躾で申し訳ありませんが……わたくしをヴィヴィさんの弟子にしてくださいませ!」
その提案は想定外!? でも90度ピッタリのお辞儀だからこれは本心に違いない……。
チラッとフェネを見ると大きくため息を吐いてます。
空気を変えるという目的は達成された……よね?




