1.天界追放
「本日をもって、百合禁止令を発令する」
今なんて言った? 私の聞き間違い? いつも退屈な天界議会だったけど睡魔が吹き飛んだ。
「日に日にこの星の人口は減り続けている。このままでは人類は衰退どころか絶滅しかねない。早く手を打つべきだ」
衰退? 絶滅? この大天使様は一体何千年先の話をしているの?
「我々の目的は人類の発展と繁栄。ゆえに今後は百合を禁じ、守護天使には規律と秩序をもって計画に当たってもらいたい」
議会は静かなものだった。こんな頭が朦朧としてるやつの話を誰も疑ってないらしい。机を思い切り叩いて立ち上がると、視線がこちらに向いた。
「僭越ですが仰る意味が分かりかねます」
そもそも人類の繁栄には百合は必須。てぇてぇ失くして発展なんてありえない。今の人類があるのも百合のおかげなのです。それを処するのはそれこそ衰退の一途を辿るだけ。
「ヴィヴィエルか。君には酷であろうがこれは決定事項だ」
大天使の発言に私以外異議を唱えるものはいないようだった。なんて悲しい。ここには尊いを理解できる者がいないらしい。天界がここまで腐敗していたなんて。
「別に問題ないだろ。女同士の恋愛に価値なんてな……」
カッと頭に血が上る。思わず魔法でショットガンを造って天井にぶっ放していた。
「おい。今発言したお前、席を立て。百合を侮辱した罪は重い」
「ひえっ……!」
てぇてぇを理解できぬなら滅するのみ。ショットガンを構えたら、目の前に青い結界が張られていた。
「ヴィヴィエル。落ち着け」
「落ち着くのはあなた達です。百合を断罪するなど言語道断」
「我ら天使の使命は人類の発展だ。それを忘れているまい?」
「忘れていません。人類の発展にこそ百合は必要です」
すると大天使が大袈裟にため息を吐く。あなたもそっち側か。
「お前の行いには目を瞑ってきたが、もはやこれ以上は限界だ。ヴィヴィエル、お前は天界から追放する。異端者は天界に必要ない。地上で勉強し直してきなさい」
不意に足元の床に穴が空いた。雲の中に落ちて天空の島がどんどん離れていく。
こんな場所こっちから願い下げだ。もう二度と戻ってくることもないでしょう。だったら、私は自分の理想郷を守るために動くだけ。この世界の、この星の百合を、乙女を救済する。
地上に近付くに連れて真っ白な翼が黒く染まっていく。ああ……これが堕天ですか。でも構わない。たとえ天使じゃなくても、異端だろうと、私は私の使命を全うする。
ピンク色の長い髪がバサバサと流され続けてる。白いリボンで後ろ髪を結ぶ。
大自然の緑や大海原の蒼、荒廃した大地。そして塀で囲われた大きな街。まだ飛ぶ必要はない。このまま落ち続けよう。
数分もしたらいよいよ街が大きくなってきた。そろそろ翼を動かした方がいいかな。背中に力を込める。
……。
……?
あれ、なんか翼が思うように動かない。黒くなった影響? いや違う。そういえば最近あんまり飛んでなかったかも。ずっと地上の百合を観察してて、それで……。
まずいまずい。このままだと地上と衝突する。とにかく防護魔法を……!
ズドーン!!!
轟音が耳に響いて砂埃が舞い上がる。いったー、くはないけど、派手にやらかした気がする。この程度、問題はない。立ち上がってケープとスカートの埃を払う。うん、破れてなさそうで安心。頼るべきは己の魔法。
周囲を確認。街の広場に落ちたみたいで、周囲がざわざわしてる。誰とも衝突はしなかったのが不幸中の幸い。
「大丈夫?」
耳がピクリと反応した。視線を送ったらライトベージュの髪のショートボブのお姉さん。ふっくらとしたロングスカートにポンチョを羽織って、赤い瞳がとっても綺麗。尊い。
「問題ないです。地上に来たのは初めてだったので、ちょっとした墜落事故です」
「自分で言うんだ」
改めてお姉さんに向き直る。うん、やっぱり綺麗だ。それにさっきは気付かなかったけど、髪の毛が少しふわっとしてる? 耳が垂れてる?
「私は天界から舞い降りた天使、ヴィヴィエルと申します」
「天使って翼が白いって聞いたけど」
「最近だと黒くするのが天界のトレンドです」
「へー」
なんとも興味なさそうな返事。それがまたいい。
「私は百合の尊さに従い地上で布教するつもりです」
「百合? 尊い?」
これはまずい。悪い兆候です。こういうタイプは相手に尽くして、悪い人に捕まりがち。ここは天使として道を正さねば。
「あなたが信ずるべきは百合です。乙女の道を進むのです」
「生憎無宗教だけど」
ならば入信のチャンス!
「名前を伺っても?」
「フェネ」
「いい名前です。すてきな耳ですね」
「……どうも」
もしかして触れられたくなかったのかもしれない。これは気を付けよう。
「それで、さっきのユリだっけ? それがなんだって?」
「はい。ズバリ、あなたには百合信仰が足りてません」
「まるで聞いたことない」
「だったら私から学ぶといいかもしれません。後学にも必要な知識です」
フェネは迷っている様子。けれど二つ返事で頷いてくれました。
「実は私、愛や恋が分からないんだよね。この機会にヴィヴィエルから学んでみる」
「すばらしいです! フェネは今、百合のてぇてぇに一歩近づきました! それと、私のことはヴィヴィで結構です」
「ん。よろしく」
地上に落ちて早速女の子を捕まえ……ではなく、救済をしました。このまま百合化計画であの穢れた天界の者たちを必ずや浄化してみせます。
ふふふ……ふふふふふふふ。




