204、話は思わぬ方向へ
『お前も、別世界の者だな?』
ディアスはハルカに視線を向けると、そう問いかけた。マルティナが通訳すると、ハルカは緊張しながらも頷く。
「は、はい」
『なぜここに来たのだ? 無理やり呼ばれたのか?』
「えっと……最初はそうでしたが、今はこの世界が好きです。マルティナたちはわたしに誠心誠意謝ってくれて、帰還の魔法陣の研究もしてくれていて――」
その言葉に、ディアスは大きく反応した。
『帰還の魔法陣だと!?』
ディアスの大声に周りで息を潜めている騎士たちがビクッとしたのがマルティナには分かったが、今はとにかくディアスとの会話を優先させようと帰還の魔法陣研究について詳細を話す。
するとディアスはニヤッと楽しげな笑みを浮かべ、マルティナの肩に手を置いた。
『よし、その研究を共にすることにしよう。我の知識も合わせれば成功するかもしれんぞ』
その提案はマルティナにとってかなり魅力的なもので、ディアスをどこまで信頼して良いのかとまだ葛藤しつつも、行き詰まってる現状を打破できるならと頷いた。
『よろしく、お願いします』
『よしっ、ではさっそくマルティナの研究所へ行く。どこにあるのだ?』
『え、さっそくって、今からですか?』
『決まってるだろう。もう二千年も眠っていたのだ。これ以上は待てぬ。我の背に乗ればどこへでもすぐに行けるからな』
(いや、それは帰還の魔法陣研究を待ってたわけじゃないんじゃ……それに竜の背に乗って移動って、馬にも碌に乗れない私でも大丈夫なやつかな。落ちたら確実に死んじゃうよね? まだ読んでない本がたくさんあるのに死ぬわけにはいかない)
色々と心配は尽きないが、まだディアスにどこまで気軽に接して良いのか測りかねているマルティナは、今は素直に頷くことにした。
『分かりました。ただ皆さんに説明だけさせてください。私たちの会話は誰も分からないんです』
『まあ、それぐらいは仕方ないな』
『ありがとうございます。ちょっと待っててください』
その言葉に従ってその場に胡座をかく形で座り込んだディアスを確認してから、マルティナはすぐ全員をぐるりと見回した。
「皆さん、その……何から言えばいいのか難しいのですが、まずこの方はディアス様です。私たち人類と仲直りをしてくれます」
最初の説明から、誰もが困惑の面持ちを浮かべていた。マルティナから微かな竜の匂いがするから話し合いをするんだと伝えられ、しばらくして唐突に仲直りをしたと言われても理解不能だろう。
しかし、マルティナもまだ混乱の最中なのだ。
「それは、殺される心配はなくなったということか?」
「はい。もう二千年前のことですし、怒りは収めてくださるそうです」
そこまで言い切ると、騎士たちの間に嬉しさが伝染していく。しかしディアスの前で騒ぐことはできないのか、誰もが口元を緩めている程度だった。
「あと、浄化石は好きにして良いと」
ただマルティナのその言葉には、さすがに小さめな歓声が上がった。
「これで瘴気溜まりの問題は解決に向かうな……!」
「やったぜ」
「目標達成だな!」
騎士たちが喜んでいるところで、マルティナは一番言いたくない子孫関係のことをさらっと伝えてしまうことにした。
言わなくても良いのかもしれないが、マルティナから竜の匂いがするなど断片的なことを伝えてしまっているし、ディアスが好意的になった理由を詳細に説明するにはこの事実を報告しないわけにはいかないのだ。
(確証はないし、そこまで問題にはならないはず。私が子孫なら私の家族や親戚もそうだもんね)
「あと私は竜の子孫かもしれないそうです。だから微かな匂いがするのかもしれないと。ただ確証はありません。それから帰還の魔法陣研究に……」
そこまで告げたところで、さらっと流してくれない人物がいた。
それは――ロランだ。
「ちょっ、ちょっと待て、今衝撃的なことを言わなかったか!?」
「ロランさん、そこはさらっと流してください。私もよく分かってませんし、検証しようがないと思うんです」
「――確かに、それもそうだが」
まだ納得できてない様子のロランに対して、マルティナは少し緊張しながら問いかけた。
「私がディアス様の、竜の血を引いている可能性があったら、ロランさんは嫌ですか……?」
(怖いとか、思われるのかな。それはちょっと悲しいな)
マルティナが眉を下げてロランの答えを待っていると、ロランは慌てたように口を開く。
「いやっ、そういうことじゃないからな。そんなことは絶対ない。マルティナはマルティナだ」
その言葉は自分で思っていたよりもマルティナの心を軽くした。
「ありがとう、ございます」
少し照れながら伝えると、ロランも照れたように頬を掻く。そんな二人の間に割り込むように、ディアスが口を開いた。
『そろそろ終わるか?』
『あっ、もう少し待ってください』
マルティナは慌てて帰還の魔法陣研究をディアスが手伝ってくれること、さらに自分を背中に乗せて研究所――つまりラクサリア王国の王宮に戻るらしいことを伝えた。
情報量の多さに全員が完全に話を飲み込めている様子ではないが、ディアスが立ち上がったことで時間切れである。
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