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第106話 トルトゥガ魔導魔術学園




SIDE:ノエル



 離島生活二日目の朝。


 エストランド領にいたころと同じようにリドリーちゃんに起こされて起床した私は、リビングでアイリスがクラーケンの触手ステーキを焼いてくれるのを待ちながら、食卓に座るリドリーちゃんへと本日の予定を伝えた。



「今日は【トルトゥガ魔導魔術学園】に行くから! 他の予定はぜんぶ後回しね!」



 この島に来てから私の愛車を見つけたり、地球の研究者を紹介してもらったりと行きたい場所が山のようにできたけれど、昨日の夜にピザを摘みながら観光案内を読んでいた私とアイリスは、そこに私たちが入学した学園の名前を見つけてしまったのだ。



「……なんですか? その変テコな名前の学園は?」



 ちなみに昨夜のリドリーちゃんは、絶妙なバランスで陶磁器を頭に乗せて、嫌がっていたくせに本当に立ったまま熟睡していた。


 もともとセレスさんから似たような修行を受けていたとはいえ、器用なメイドさんである。


 果実ジュースを飲みながら疑いの目を向けてくるメイドさんに、私はその学園について解説する。



「僕たちが入学した学園だよ。なんか【中層】にその総合受付があるらしくてさ」


「……そういえば私たちよくわからないうちに、よくわからない学園へと入学させられてたんでしたね……」



 リドリーちゃんの困惑に私も頷く。



「普通の教育機関だとちゃんとした入学案内とかがあると思うんだけど……なんかこの学園、本当に管理が杜撰みたいでさ……どうやら『生徒の自主性を重んじる』という名目で、管理者や教師陣は好き勝手な授業しかしてくれないみたいなんだ」


「恐るべき駄学園ですね」


「うん。でも逆にどんな学園なのか気になるでしょ?」


 

 不味いと言われた料理を食べてみたくなるのと一緒で。


 しかもこの学園は放任主義ということだから、マイペースな私たちには合ってるかもしれないし。



「……まあ、わからなくもないです」



 そうして私が昨夜に解読した観光案内の内容をメイドさんへと説明したところで、台所の扉を開いて、両手に美味しそうに焼けたクラーケンステーキのお皿を持ったアイリスが入ってくる。



「もぐっ……ごめんなさい! これすごく美味しくて……乾燥させた物を食べながらじゃないと運べそうにないの!」



 そう言って乾燥イカの切れ端をモグモグするアイリスの頬は赤く染まっていて、エプロン姿の美少女が手料理を作ってくれる幸せを噛み締めながら、さっそく私はテーブルに置かれたステーキへとフォークを伸ばした。



「…………あれ?」



 いつの間にか私のお皿からクラーケンステーキがなくなっているんだけど……もしかしてリドリーちゃんが食べた?


 しかしそう思って顔を上げた先ではリドリーちゃんが口元を肉汁でベトベトにした状態で私に似たような視線を向けていて……自分の口元もベトベトしていることに気がついた私は愕然とした。


 お腹が膨れている……だと!?


 同時に驚愕する私たちへと、アイリスの肩で乾燥イカを食べながら、シャルさんが忠告してくれる。



「クラーケンは普通に食うと知覚できんぞ? 美味すぎて」



 ……なにそれ新手の魔法?


 脅威の旨味成分に困惑しながら、私もリドリーちゃんが生で出したイカに【乾燥】の魔法をかけて実食してみた。


 リドリーちゃんもメアリーに同じ魔法をかけてもらって実食をはじめる。



「「んん~~~っ!!!」」



 それを口に入れた途端に思わず唸る私とリドリーちゃん。


 乾燥させたゲソは長く噛まなければいけないぶん、しっかりクラーケンの旨味を味わうことができて、その天上の美味に私たちはしばらく夢中でモグモグした。


 ゴクンッ、と同時に飲み込んだあと、リドリーちゃんと私は乾燥イカの評価を口にする。



「とても美味しいけど……」


「これはあまり朝食には向いていませんね……」



 リドリーちゃんが言う通り、クラーケンの干物は普通のゲソと同じように、酒飲みのツマミだった。






     ◆◆◆






 イカ臭い口のまま出かけるわけにはいかないので、私たちは念入りに歯磨きをしたあとアイリスから口の中に浄化魔法をかけてもらって出かける準備をした。


 今日も私は吸血鬼らしく仮面と外套を纏い、アイリスは黒髪全身包帯スタイルで変装して、リドリーちゃんは頭の陶磁器を綺麗な向きに整える。


 そうして各々の準備が整ったところで私がシャルさんを抱えて、我々一行は謎多き学園を見学するために家を出た。


 外階段を下りて、途中で二階のドアをドンドンして、隙間から現れたスティングさんへとイカの干物をお裾分けする。



「……いや、食料くらいは自分で調達できるのだが…………」


「高級品ですから!」



 吸血鬼ハンターとはいえ、彼は新天地で出会った故郷を知る者なので、私は全力で世話を焼いていくつもりでいた。


 いや、ほら、遠方の大学で出会った同じ地方出身の人とか放っておけないだろう?


 その人の口から知った名前が出てくるだけで、親近感がプラスされるような。


 今の私の心境はだいたいそんな感じである。


 まあ、前世の私は東京出身で東京の大学に通っていたから、今になってようやく当時の同級生たちの心境がわかったのだが……。


 本当は師匠から彼の仇の場所を聞き出せればいいのだけれど、しかし私の課題になっている以上は簡単に教えてくれないだろうから、その罪滅ぼしという側面もあった。



「……まあ、礼くらいは言ってやる…………」



 それがお礼のつもりなのか仏頂面で呟くスティングさん。



「うへへっ」



 ノエル知ってる……こういうのをツンデレって言うんだ。



「……なにを笑ってやがる…………」



 意外とチョロそうなスティングさんと別れ、【学食通り】に出た私たちは坂道を上へ。


 昨日ルガットさんに案内された道を逆に進み、そして島の天辺にある古城の内部に入って、私たちは昇降機に乗って【中層】へと下りる。


 昇降機から見下ろせる【学術都市】の真ん中では、相変わらず漆黒に輝くトラペゾヘドロンが浮かんでいて、それをあまり見ないようにしながら地面に着いたところで、私たちは昇降機から下りてトラペゾヘドロンの下に並ぶ漆黒の塔へと向かった。


 観光案内によればあの黒塔の中に【トルトゥガ魔導魔術学園・総合受付】があるらしい。


 七本ある漆黒の塔へと近づくと、観音開きの扉が開け放たれた塔の入口からは多くの学生らしき人々が出入りしていて、私たちもその流れに乗じて黒塔の内部へと入る。


 扉をくぐると黒塔の中央には円形の受付があり、周囲の壁にはビッシリと用紙が張られていて、学生たちはそれを壁から剥がして受付へと持って行っていた。



「なんでしょうか、あれ? 冒険者ギルドの依頼ボードに似ていますが?」



 リドリーちゃんの疑問を確かめるべく、私たちが壁際へと近寄って行くと、あからさまに怪しい集団の登場に、そこにいた人々がどいてくれる。



「――うおっ!? こいつらか! 昨日から噂になってるヤバい連中って!」


「――ちょっ!? 下がれ下がれっ! 相手はカプランの私兵を返り討ちにするようなやつらだぞ!」


「――ほらっ! 前にいるやつらも道をあけなさいっ! 『髑髏生首(ドクロなまくび)』が通るわよっ!」



 なにやら私の仮面とシャルさんの姿が合体して酷い渾名を付けられているが、流石はセレスさんに勧められたスタイルだけあって、私たちの前には一瞬で道ができた。



「…………」



 ここには人間の生徒が多いため、人混みを嫌って完全に生首のフリをはじめるシャルさん。



「……思いっきり悪目立ちしてますね…………」



 遠くから見たら一番目立ちそうな格好をしたリドリーちゃんがボヤき、アイリスは気にせず堂々と開いた道を歩いて行く。



「王国では潜んでいるのが正解だったけれど、ここでは目立ったほうが安全ということでしょう?」


「……いえ、王国でも坊ちゃまは十分に目立っていましたけれど……」


「……アーサーは隠れ蓑だからノーカンじゃないかな?」



 ちょっと恥ずかしい思いをしながら私とリドリーちゃんは壁際まで到着し、そこで壁に張られた用紙の正体を確かめた。




『講義内容:美味しいクラーケンの干物作り講座(味見あり)』

『講師:モンフォール』

『日時:二日後』

『受講料:時価(味見分のクラーケンの費用は受講者が負担することとする)』

『講義場所:蓋門島下・深海』

『参加条件:講義場所となる深海まで生徒だけで到達すること』

『受講者数:12/12』

『備考:こちらの講義はすでに人数上限まで達しています。予約は三六年待ちです』




「ああ、これ……学園で受けられる授業内容を書いて張り出しているのですか……」


「さっそく有用な講義を見つけたと思ったけれど……これを受けるのは難しいわね……」


「ああ……師匠が言っていた『モルちゃん』って、この先生のことかな? どうりで深海に潜っていたわけだ……」



 他にもいくつか用紙を見てみたが、どうやら【トルトゥガ魔導魔術学園】には校舎がなく、この島全体とその周辺で好き勝手に授業が行われているらしい。


 杜撰な管理と観光案内に書かれていただけあって、この受講スタイルはめちゃくちゃ受けたい授業が探しにくそうだった。


 せめて冊子にでもして纏めてくれればいいのに……。



「……どうする、他の講義も受けてみる?」



 アイリスからの質問に、私は少し考える。


 すでに私たちは一ヶ月後に師匠の授業を受けることになっているし、私に関しては六日後からルガットさんの授業もはじまるけれど、しかし強さを求める今の私はハングリー精神が旺盛なため、ここは張り切って自分の糧になりそうな授業を探してみることにした。



「ちょっと待ってね?」



 こういう時こそ人海戦術の出番だろう。


 私はコソッと自分の影へと話しかける。



「……メアリー、イビルアイと協力して、影から良さそうな講義を一枚見繕ってくれる?」


 ぷる!



 これだけ人がいれば目立たず用紙を見ることもできるだろう。


 影の中には他の吸血鬼の眷属もいるらしいけれど、眷属たちは仲良く過ごすのが決まりなのか、メアリーによれば絡まれることはまったく無いらしいから問題はなさそうだった。


 そうして盛大に影の中へと解き放った眷属たちによって、ものの数分で私の手元へと一枚の用紙が届けられる。


 なにやら塔の中にいた数人の吸血鬼たちが慌てて出口へと向かっているけれど、きっと急な用事でも思い出したのだろう。


 メアリーもすぐに戻ってきたし、たぶんきっと大丈夫である。



「よしよし、流石はメアリー、仕事が早いね!」


 ぷるっ!



 そうして小さい頃に父様に言われた通り、メアリーの存在を秘匿しながら、私は手にした用紙へと目を通す。




『講義内容:死霊魔術概論』

『講師:七賢者ホルミスダス・ゴドウィン』

『受講料:無料』

『日時:本日、正午から』

『講義場所:廃船市場・最深部』

『参加条件:死んだことのある者』

『受講者数0/30』

『備考:やる気のある若者の参加者を求む!』




 その講師の名前を目にした私は驚いた。



「あっ! この人、あの『死霊魔術入門』を書いた著者だ! しかも七賢者!」



 禁書ではあるらしいが、その内容が有用であることはすでに知っているため、私は素早くその用紙を受付へと持って行く。


 どうやら受付嬢はレイラさんと同じ【死霊系】の娘さんたちが担当しているらしく、私は正面にいたゾンビ娘さんへとその用紙を差し出した。



「この講義の受講手続きをお願いします!」



 チラリと用紙に視線を落とした受付嬢は、しかしダルそうな声で用紙を机の中へとしまう。



「あー……またスケルトンどもが張ってましたかー……ごめんなさーい、この講義は受理できないことになっているんですー……」


「!? どうして!?」



 自分の中で有名人だと思っていた人と会えると思っていたのに、まさかのストップをかけられた私が受付テーブルに乗り出すと、彼女はダルそうな声で淡々と理由を説明してくれた。



「こいつ……一年のうち三〇〇日くらいは行方不明になっていますからー……今も絶賛捜索願いが出されているんですー……」



 …………それなら仕方ない。







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― 新着の感想 ―
唐突にバケモノと遭遇した眷属たち(とその主)ナムナム。 逃げられるだけの正気は保ててるみたいで良かった。 …ドリルちゃんは眷属から警鐘出してもらえなかったのかな。
クラーケンなんで絶滅してないんだろう... そして受付にこいつ呼ばわりされる講師w
講師は巨大マグロのお腹で優雅な海中旅行ですかね? てかこの方1年のほとんどこんな感じで、どうやって研究してるんだろ?
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