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第五十八話 エリオットの家族

次回は四月二十六日に投稿します。ドタバタを入れると長くなりすぎるな…。


 ドワーフ。


 エルフ、巨人と並んで眷属種の最古種族の一つに数えられるナインスリーブスにおいて二番目に数が多いと言われている種族である。

 ちなみに一番は巨人族、次点でノーム。


 ドワーフたちの本拠地は第十六都市から見て東側にあるダナン帝国である。

 

 歴代のダナン皇帝には権限は存在せずに五太公家と呼ばれる大貴族が実験を握っている。

 ドワーフと同じく古代ドワーフことドヴェルクの後裔を称する角小人レプラコーンのルギオン家即ちダグザの実家も元はといえば五太公家の一つだったらしい。

 何かにつけて武力で大陸を制覇しようする同じ五太公家のナル家と争ったことが原因でルギオン家は帝国と袂を分けたらしい。


 速人がダグザから直接教えてもらった範囲では帝位に就くわけでもなく、他国との戦に興じるナル家の傲慢さに愛想をつかしたとのことだ。


 そのドワーフ族引いてはダナン帝国も前回の戦争で痛手を被ってしまった。

 現代のダナン帝室に忠誠を誓っていたはずのオークとドワーフの領邦国家群が揃ってダナン帝国に反旗を翻してしまったのだ。

 これが全て火炎巨神同盟ムスペルヘイムの盟主グリンフレイムの謀略によるものだというのだから、かの英傑の力は侮るなかれということのなのだろう。


 速人は横目でテレジアの肩と左腕の傷跡を盗み見た。


 痛々しい火傷と刀傷痕。

 以前、ダグザから見せてもらった魔獣”大喰い”の手足に彫られていた入れ墨と部分部分が酷似している刺青の跡が見られた。


 テレジアは速人の視線に気がつきながらもあえて隠そうともせずに「どうぞご自由に?」ち言わんばかりに鼻を鳴らした。


 そして話は戻るがグリンフレイムの敗死、火炎巨神同盟の崩壊によって形成は一挙に逆転した。


 オーク、ドワーフ、エルフとその他の諸々の融合種リンクスたちの軍勢は瓦解した後に自滅してしまったのだ。


 憐れという他はない。

 だが悲劇はそこから始まったのだ。


 戦時中、ダナン帝国に与しなかった中立的な立場を取っていた者たちに疑惑の視線が向けられることになってしまったのだ。

 まず反乱に与した者、何もしなかった者は封土と身分を取り上げられる。

 さらに謀反人たちは帝都に連行されて裁判にかけられて大半の人間は弁明する間も与えられずに監獄に送られた、と速人はダグザやスタンから聞いている。


 謀反人に関わった者たちは一族はもちろんのこと従者とその家族に至るまで問答無用で追放されることになった。

 縁者を頼って第十六都市までやって来た”外”で暮らす者たちの素性とは大方こういうものである。


 (おそらくはサンライズヒルの町に現れたドワーフたちも似たような境遇なのだろう。どこの世界でも同じようなものだな)


 速人は一度、思索を中断して嘆息をする。


 「待つんだ、ダイアナ。それでは昔と何も変わらない。まずは私がカッツさんのところに行って事情を聞いてくる。それまではここで待っていてはくれないか?」


 マッチョな町長が赤ドレッドの女戦士たちの前に出て行った。


 女戦士たちの側にいたモヒカンの筋肉野郎たちが一斉にマティス町長の周囲を取り囲む。

 速人は町長の身の危険を案じてすぐにヌンチャクを持って駆けつける。


 「そうだぜ!!町長さんの言う通りだぜ!!お母ちゃん、姉ちゃんたち!!そんなんだからいつまで立っても俺たちはどこ行っても乱暴者だって言われるんだ!!まずは相手の言い分を聞いてそれから決めればいいじゃねえか!!」


 速人の予想を大きく超えた事態に発展していた。


 よく見るとモヒカンのマッチョたちの背中と胸には赤ん坊がおんぶ紐で括りつけられていたのだ。

 前にも赤ん坊を装備した強者もいる。


 今、モヒカンは今にもぐずり出してきそうな赤ん坊のご機嫌取りをしている。

 モヒカンの彼の姉ダイアナは赤ん坊が落ち着くまで弟を殴るのを我慢していた。

 

 そしてモヒカンが前後に抱えた赤ん坊を一先ずテーブルの上に置くと会話が再開する、…よりも先にダイアナのスィングブローがモヒカンの顔面に入った。

 一発入った後にモヒカンは膝をついてしまうが、さらに追い打ちのストンピングが入る。


 彼らの間では「反逆者には死を」というのが絶対的なルールらしい。


 モヒカンの男は蹴られる度に悲鳴をあげる。

 ダイアナは弟の情けない叫び声を聞いてさらにヒートアップする(※↑↑↑攻撃力上昇)。

 

 その後、モヒカンの大男の存在証明レーゾンテートルたるワイルドモヒカンヘアーが折れるまでストンピングを食らい続けた。


 数分後、血まみれになった大男が床に敷かれた絨毯のようになって倒れていた。


 「糞がッッ!!マイケル(※モヒカンの名前)の分際で私に楯突くとはいい度胸だッ!!やっぱイライザ(マイケルの嫁。ダイアナの義妹)にはお前なんかもったいねえ!!もう子供も三人いるし、ここで金玉潰してやんよ!!」


 ダイアナは右足を後方に下げてサッカーボールキックの構えをとった。


 (いや違う。あのつま先の形はトーキックだ!!)


 キラーン。


 ダイアナの金属板で補強された靴のつま先が武器な光を放った。


 速人はマイケルのタマタマを助ける為に地面を蹴って突き進む。


 ドッ!!


 ダイアナの大木に穴を開けるほどの威力を持ったつま先を速人は止めた。

 自身の重心を低く設定した後に両腕を盾に見立て踏ん張る。

 速人は腕の筋肉を限界まで締め上げ、真正面から達人の槍の一突きに匹敵するダイアナの蹴りを見事に押さえ込んだ。


 (こんなわけのわからない生き物に私の蹴りが受け止められただと!?)


 速人はクロスガードの状態を維持しながら前に出る。

 結果、ダイアナは速人のガードの衝撃を完全に殺しきれずバックステップで距離を取った。

 セオドアがモヒカンたちに速人の背後に来るように誘導する。

 

 ざざざざざっ!(※ドラクエの逃げる時の効果音)


 ごついモヒカンたちは冷や汗を流しながら、速人の背後にまで走って来た。


 (どんだけ深い闇があるんだよ…。この一族)


 速人は別の意味で戦慄を覚える。


 「おい。このわけのわかんない生き物は何だ。マグレとはいえ私のキックを防ぎやがって」


 ダイアナは地団太踏みながらモヒカンたちに向かって喚き散らした。


 「待ってください、お義姉さん。彼は速人と言って僕の親友です。決して人に悪さをする魔物ではありません!」


 エリオットは堂々とした態度で怒れるダイアナの前に立った。

 速人の背後からモヒカンたちの歓声が上がる。

 しかし、速人はエリオットの腰から下がガクガク震えていることを見逃さなかった。

 彼の精神状態もかなりギリギリだったのだ。


 「叔父様すごい!猪豚の子供を捕まえてくるなんて!これいつ食べるの?もう少し大きくなってから?それとももう一匹捕まえて増やすの?」


 (やはり”恐るべき子供たち”だったか)


 子供たちが次々と速人の近くにやって来る。

 かつてないほどの身の危険を感じた速人は咄嗟に身構えた。


 しかし、その時ズキッ!!と速人の胸に激しい痛みを覚える。


 ダイアナの蹴りは速人のガードを貫通して肉体にまで届いていたのだ。

 速人が胸の痛みに気を取られていると子供たちが次々と飛びかかってくる。


 どし!どし!どし!


 逃げる間も無く速人は子供たちによって上からのされてしまった。

 子供のうち一人が腰に下げた鞘からナイフを取り出して速人のブタ鼻に当てる。


 「この大きな鼻を切って父様(※マイケルのこと)にお守りを作ってもらうんだ!」


 少女はニッコリと笑ってナイフの刃を速人の鼻の下に当てる。


 (まずい。幼さゆえの残虐性…ッッ!!この目は真剣ガチだ!!)


 速人は己のチャームポイント(※少なくとも本人はそう思っている)を守る為に奥の手を使うことにした。

 速人は意を決して口から空気大量の空気を肺に送り込んだ。


 「けいいいいぃぃぃぃぃぃッッ!!!」


 速人の命をかけた大絶叫はマティスの屋敷全体を揺るがした。

 あまりの声を大きさに子供たちは耳を塞いでしまう。


 (ありがとう、ノムラ。ありがとう、ガイアさん…)


 速人は心の中で日本最強の衛生兵ノムラこと超軍人ガイアに礼を言う。


 「李君。打撃対策がイマイチだったな~」


 「あれは伝説の散眼か…!?」


 しかし速人の妄想に現れたのはプロレスの花田と柔術の本部だった。

 速人は誤ったイメージを振り払おうと何度も首を横に振る。

 そして、速人は子供たちの拘束を解き、地面を蹴って全身を滑らせる。


 わずか三手(※絶叫 → 拘束解除 → 脱出)で子供たちの襲撃から離脱した。


 「ぷぎいいいいいいいい!!!」


 速人はテリトリーを侵された猫のように子供たちを威嚇する。

 子供たちは怒った速人の唸り声に驚いて逃げてしまった。

 しかし、生意気そうな態度が目立つ子供たちは怯みながらもその場に踏み止まった。

 

 命と意地をかけら両者のにらみ合いが続く。


 「俺の鼻が欲しければ自分の力で何とかしてみな!」


 速人は鼻の穴に指を突っ込んでおどけてみせる。


 「この、…猪豚の子供のくせに!!馬鹿にするな!!」


 速人の挑発に引っかかってしまった子供は拳を握って殴ろうとする。

 しかし、いつの間にか背後から現れたエリオットの娘ペトラによって袖の無いジャケットの後襟を掴まれてしまった。


 ずしゃっ!がつっっ!!


 ペトラは少年をそのまま地面に叩きつけると頭の上に拳骨を落とした。

 子供は殴られた頭の天辺を抑えながら、ペトラに文句を言った。


 「待て。それは父様の捕まえた猪豚の子供だ。リック、お前にどうこうする資格はない。もしもこれ以上騒ぐというなら私と殴りっこすることになるがそれでもいいのか?」


 ペトラはそう言ってから眉間に深い皺を作り、ガキ大将のリックを睨んだ。


 (凄まじい圧迫感プレッシャーだ。これではさしもの悪童リックも…)


 リックは実姉ペトラの眼光オプティックブラストを受けて、かなりのショックを受けていた。

 かつて小麦色だった肌は青白く、ワンパク坊主の見本市のようであった元気さはすっかり消えてしまっている。

 速人はこれと同じ光景をソリトンやエイリークの家で見たことがある。


 ちなみにこの場合の”殴りっこ”とは単純に相手の一発顔を殴ったら、お返しに相手がやった場所と同じ部分を殴るという原始的なケンカの方法である。

 このペトラは十歳にして驚異的な勝率を誇る、テレジアの孫たちの中でも特に優秀なハードパンチャーだった。


 リックの頭の中には、この前の”殴りっこ”(※公開処刑とも呼ばれる)でペトラに一方的に殴られていた従兄(※一応バーナードという名前がある)を助ける為に仲裁に入ったセオドアが顔面を四発殴られて鼻血を出したまま気絶してしまったという苦い記憶がある。


 あの時、セオドアはしきりに父エリオットに「わざと殴られてやった」みたいなことを言っていたが出血の量からしてもそうは思えなかった。


 リックはついに顔面蒼白となり、涙を流しながら姉に許しを請うた。

 ペトラはリックの黒いおかっぱ頭を乱暴に撫でる。

 その時のペトラの表情と言えば、笑顔には違いなかったのだが目は笑っていなかった。


 「いい子だ、リック。お前はな、一生そうやって私のおとなしく言うことを聞いていればいいんだ」


 エリオットは頷きながら、姉弟の仲睦まじい姿を満足そうに見ている。


 ペトラは速人の方にやって来て頭を軽く叩いた。


 「私が身体の大きな立派な雄の猪豚を連れて来てやるからな。たくさん子供を産むんだぞ?」


 ペトラは速人の喉を優しく撫でる。


 速人は男なので何も答えることが出来なかった。


 ペトラと速人の前にペトラと良く似た顔立ちの女性が現れる。

 おそらくはペトラの母親、即ちエリオットの妻だろうか。

 ペトラは母親らしき女性の顔を見るとぱっと花が咲いたかのような笑顔に変わる。


 「流石は私のダーリン(※おそらくエリオットのこと)だ。外に出て回れば必ず益をもたらす。良き夫の鑑だな。それに比べてセオドアときたら全く情けない。少しはうちのダーリンを見習ったらどうなんだ」


 エリオットの妻はペトラとリックの頭を撫でた後、乱暴に速人の頭を叩いた。


 バシッ!バシッ!


 速人は平手打ちをくらう度に頭蓋骨の皿が割れてしまうのではないかと心配してしまう。


 やがてグロッキー状態になった速人をエリオットが自分の袂に引き寄せる。


 「速人。ジェナは僕の奥さんなんだよ?僕の目の前でジェナと仲良くするのは止めてくれないか。失礼じゃないか」


 (この馬鹿力夫婦めが…)


 速人はにじり寄るエリオットを両手で突き飛ばして距離を取った。


 「ところでエリオ。ずいぶん客人を連れて来たみたいだが、何かあったのかい?」


 むしゃむしゃむしゃ。


 いつの間にかテレジアは暖炉で炙ったやたらと角が立派な鹿の頭を齧っていた。

 よく見ると部屋の隅の方には首の無い鹿の死体が転がっている。

 果たしてテレジアたちがいつ首を切断したのか等については誰も考えたくはなかった。


 「義母上。彼の名前は速人君といいまして実は魔物ではありません。良い魔物(※あくまで魔物あつかい)ですよ。彼らが町の近くの森で雨宿りをしていた時に私とテオが同じ場所で雨宿りをしようと思ったところ襲撃に遭いまして実際に殺されそうになったのですが運良く和解することができました。そこで彼らの事情を聞いたところ第十六都市の入り口近くを目指していたことが知って、それならば外地区の名士であるマティス先生に会った方がいいという話をしまして町に案内したというわけです」


 テレジアはこれといって興味が無さそうな顔でエリオットの顔を見ていた。

 そして鹿の頬の部分をがぶりと食いちぎった。

 くちゃくちゃと噛んだ後に目玉の芯を吐き出す。

 

 「うひゃああっ!!!」

 

 その姿を見ていた雪近とディーとセオドアが小さな悲鳴をあげた。


 「ふうん。お前ら、都市まちの外で暮らしていたにしちゃあ随分と上等な服を着てるじゃないか。もしかしてお前らはドワーフの手先かい?」


 バキンッ!


 テレジアは一瞬で鹿の角を折った。

 そして、絨毯の上に投げ捨てる。


 (ここはマティス町長の家だというのに…)


 テレジアの無法ぶりには速人さえ声をかける機会をつかめない。


 どんっ!


 テレジアは角を失った鹿の首をテーブルの上に置いた。

 そしてソファに掛けてあった手斧ハチェットを握りしめ、一気に振り下ろす。


 どかんっ!


 鹿の頭蓋骨の皿の部分が綺麗に切断される。

 テレジアは皿を暖炉の中に投げ捨て、中身を啜った。


 ずじゅるずじゅるずじゅる。


 テレジアが脳みそを飲んでいると彼女の孫たちが物欲しそうな顔をして祖母の姿を見ていた。


 「本当はアンタらにはまだ早い食べ物なんだけどね。今日は十頭仕留めたから特別さ。仲良く飲むんだよ」


 それは慈しみの込められた母のそのまた母の声だった。

 いくつもの傷痕と部族特有の化粧によって彩られた大戦士の顔がほんの一瞬だけ緩む。

 ペトラとリックを含めたテレジアの孫たちが一斉に鹿の頭に殺到する。

 そして賑やかに騒ぎながらアマゾン川流域に生息する圧倒的強者軍隊蟻よろしく鹿の頭部を骨だけにしてしまった。

 テレジアの子供たちは母親と子供たちの姿を見て大粒の涙を流している。

 エリオットとマティスとセオドアの妻はあれのどこに感動したのかはわからないが泣いていた。


 「マダム・テレジア。生憎だが俺たちはドワーフとは関係無い。どちらかといえば同盟の領土の近くだったから味方というよりも敵だと思うぜ。食べ物や木材だって二倍は多く払わされていたって大人たちから聞かされてたし」


 速人の話は全て嘘なのだが、街道から外れた辺境の村などが帝国ドワーフ同盟エルフから二重に年貢を搾取されている例は珍しくない。

 実際に速人の話を聞いた時点でセオドアたちの顔も暗いものになっている。


 しかし、テレジアは外連味たっぷりに言い返してきた。


 「まあ、そういう風に言われればこっちも納得するしかないわけだけどさ。生憎この町にはセオドアのような無駄飯食らいを生かしておくような余裕はないんだよ。アンタら三人、一体何が出来るんだい?」


 (だから俺はこの町から一刻も早く出て行きたいんだよぉぉ!!)


 速人の言葉にすることが出来ない魂の叫びが胸に木霊する。

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