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第二十八話 料理の行方!? アルノルト・リターンズ!!

次回は1月27日に投稿する予定です。

 

 速人は包丁で肉を切る。

 切り口から見ても肉は変色しているのでおいしそうには見えない。さらにそこから酸っぱい匂いを出しているので味方の雪近とラッキーも思わず目を背けてしまうほどだった。


 「料理を待つまでもない。この勝負、終わったな」


 両腕を組みながら、ポニーテールの男ヘムレンが嫌味な笑い方をしている。

 残りのアントン、フランシスも「見るまでもない」と言わんばかり調理に没頭する速人の姿を見て、呆れていた。


 「あの鮮度の低い牛肉で、庶民の舌を誤魔化すことは出来ても我々舌の肥えた玄人くろうとを満足させることなど到底できまい。おめでたい顔の小僧の仲間よ、謝罪して降伏するなら今のうちだぞ?」


 ダンダンダンダンッ!


 速人は変色した肉を切った後に今度は野菜をみじん切りにしていた。速人の姿を見ていたアントンがやや皮肉めいた感嘆の声をあげる。


「ほう、考えたな。おめでたい顔の小僧め。あの質の悪い材料をカバーする為に煮込み料理にするつもりか。悪足掻きをしてくれる…」


次いで申し合わせたようにフランシスが叫んだ。


(これがドレスデ商会のヒューマンクオリティというものか…)


速人は改めてドレスデ商会の人材の懐の深さを思い知ることになった。


「何っ!?煮込み料理だと!?すると小僧の作る料理は家庭料理の定番、ビーフシチューか!?」


 ビーフシチューという名称を聞いたラッキーが思わず唾を飲み込む。

 ラッキーは速人の料理を何回か食べたことがあるので味に関しては申し分ないことを熟知しているだ。  ラッキーの店で総菜を売る屋台をやろうと言ったのも速人である。屋台の売り物の総菜を考えたのも速人だった。


 一方、ヘムレンとアントンは面白くなさそうな顔つきになっていた。


 「ビーフシチューだと?小癪な小僧め」


 アントンは速人が次々にみじん切りにした香草や香辛料を混ぜ込んだ肉を鍋に入れている姿を見ている。


 (盲点だった。まさか新人ニューマンの小僧ごときがビーフシチューに目をつけるとは)


 アントンは悔しまぎれにきつく奥歯を噛み締める。


 ビーフシチューはブロック肉を芳醇なソースで煮込む高級料理にもなり得る作り方から、今速人がやっているような複数の質の悪い材料をまとめて煮込んでからブラウンルウで最後に味をまろやかに整える大衆料理の決定版ともいえる作り方が存在する。

 

 速人に与えた調理時間は約二時間。調理がギリギリ間に合う時間である。


 すでに鍋の中身は沸騰し、それまで思わず鼻をつまんでしまいそうな悪臭はいつしか香ばしく食欲をそそる良い匂いに変わっていた。

 だがフランシスは不遜な態度と不敵な笑みを崩さない。

 彼はすでにビーフシチューの欠点に気がついていたのだ。


 「はははっ!残念だったな、小僧!お前の仲間のような一般人ならばともかく!そのビーフシチューでは我々プロの下を納得させることは出来んわ!!」


 速人は手を止めすにしたり顔のフランシスを見ている。

 間を置いてから速人はフランシスから視線を外した。


 そして今度は鍋の中に赤ワインを入れて入念に様子を見ている。


 「いいか、小僧。我々プロの作るビーフシチュー(※フランシスさんの仕事は給仕です)とは一口食べれば忘れられなくなる美味の極致であり尚且つ印象的な味つけなのだ!然るに!!今お前の作っているスプーン一杯頬張れば故郷のお母さんを思い出す優しい味つけのビーフシチュー!!悲しいかな、それではお客様は集まらないのだよ!」


 フランシスは大げさに手を広げながら歌劇の歌手のように大声で叫んでいる。かなりの演技派だった。


 「何ッ!!そうなのか!!???」


 いつの間にか集まっていた人々がフランシスの挑発に呼応するかようにざわめいた。

 それでも速人は手を止めない。

 煮立つ鍋の中身を気にしながら、次の段階に進むべく調理器具を準備していた。


 「ねえ、キチカ。速人が作っているシチューってそんなに駄目な食べ物なの?俺は故郷の村の母さんが作ったシチュー、好きだけどなあ…」


 ディーは思ったことをそのまま雪近に聞いてきた。

 しかし雪近は先ほどから「ふんふん」と相槌を打って聞いているはいるものの、事態を正確に把握しているわけではない。


 あくまでふりをしているだけだ。


 雪近が返答に詰まっていると近くで静観していたシャーリーが代わりに答えてくれた。。


 「そうだね、ほそちろい坊や。アンタの言っていることは正しいよ。誰だってお母さんの作ったビーフシチューが一番の好物のはずさ。けどね、逆に聞くけどアンタがわざわざ出かける準備をしてさレストランで財布から金を出してメシ食おうかって時に家で食べてるシチューをわざわざ注文するかって話だよ」


 「まあ、お前のキャンプ料理みたいなビーフシチューをレストランで注文して食べるような物好きはいねえだろうなあ…」


 「えっ、…誰!?」


 突然、声をかけられたディーは思わず身をすくめてしまう。

 雪近は周囲の様子を伺いながら声の聞こえてきた方向を探した。


 「ここだ。ここ」


 声の主は吊るされた男アルフォンスだった。


 「これは難しい勝負だな…。例え素人の俺たちがおいしいと納得しても、プロの向こうさんにとっては物足りない味になっちまう。速人君。どうするつもりなんだ?」


 ラッキーは心配そうな面持ちで速人の姿を見守った。

 いざとなれば自分が土下座して謝罪するつもりだったが、これほどまでに人が集まってしまっては一同が謝罪して取り消しでは済まされないだろう。

 

 (だが自分たちの未来を速人に託したのだから今は見守るしかない)


 ラッキーは拳を震わせながら、精一杯速人を応援する。


 「その勝負、ちょっと待った!」


 天高く、男が立っていた。


 より正確に言えば大市場に設置された仮設テント用の一本柱の上に中年男性が足を揃え、両腕を組んで立っていた。


 男はそれとなくわかるつけヒゲをいじりながら大衆を睥睨している。

 上は緑色のコート、下は緑色のカボチャパンツに赤いタイツを履いている。

 金色の飾りがついたつま先がやたらと尖った靴を履いていた。


 「うわッ!!速人、また変なおじさんが来たよ!」


 ディーが教えるまでもなく速人もまた男の存在に気がついていた。

 男は速人に向かってウィンクした後に、ウェーブがかかった金色の前髪を華麗にかき上げた。


 (髪の毛の色が違うし毛の量が大幅に増えている!もしやウィッグか!?)


 速人は木べらを使って手早く鍋の中身を混ぜる。

 速人の手慣れた作業を見ていたその男は好奇心に目を輝かせ、口元にニヒルな笑みを浮かべる。


 「辺境の田舎ボーイ、私は”変なおじさん”ではない”お洒落な紳士”だ。訂正したまえ!」


 変態アルノルトは片足のつま先立ちで柱の天辺を一回転する。


 「アルノルト先生?」


 アトリとカトリの方から同時に声があがる。

 スーツ姿の男たちも柱の上にいるアルノルトの姿を見つけて驚いていた。

 アルノルトは姉妹の姿を見つけると、またもや片目でウィンクをして柱の上で一回転する。気がつくとアルノルトの仲間たちもラッキー精肉店の前に集合していた。


 「カトリ君、アトリ君。前に家庭教師の仕事で訪問したのが一昨日だから三日ぶりだね。そして、速人少年。どうだい?今の控えめなファッションの私は?普段は光輝燦然たる私だが、今は見事なまでに下町のアンダーグラウンドな雰囲気に馴染んでいるだろう!」


 またウィンクをした。


 イライラ。


 速人は次にウィンクをした時に片目を潰してやろうと心に誓っていた。


 アルノルトは人差し指を唇の前に当て、悪戯っぽく微笑んでいる。

 この時、速人は料理が終わった時にアルノルトを細切れ肉にすることを決心した。


 「流石はアルノルト先生だ。最小限のアクセサリーでファッションセンスをアピールしつつ、地味な服装(※緑のストライプのシャツとハーフパンツ(カボチャパンツ)。上には緑色のハーフコート)で年齢相応の落ち着きを醸し出しながら、恵まれたボディラインを出すことによりさりげなく男性らしさを主張している…」


 アルノルトが柱の上でポーズを決める度に歓声が沸き上がる。

 オーク勢には馬鹿受け状態だった。


 「どうやら私が見たところ、速人少年。君は大変、厳しい立場で勝負をしているようだね。例えば審査員の数だ。ドレスデ側は三人、君の側は三人。これでは三票ずつ、賛成と反対に別れて投票されてしまえば君の敗北は必至だ」


 速人は何も答えない。


 雪近とディーとラッキーは今さらのように驚いていた。


 「さて、ここでもう一つ問題が生じる。果たして我が知己たるラッキー君とシャーリー女史、そしてユオ君の知り合いのキチカ君が試食役を買って出ているわけだが仮に彼ら君の作った料理を食べて評価したとしてどれくらいの人間が納得してくれるというんだい?」


 アルノルトの提案の後、オーク勢から歓迎の意を表す歓声が沸き上がった。

 アルノルトは文武に長けた人物であり、彼が贔屓にする料理店は多くの人々から高評価を得ている。

 速人は過熱したフライパンの上にバターの塊を乗せながらそれとなしに聞いていた。


 「それが何だってのさ!おじさんはあっちの恐い女の子の味方でしょ?だったら絶対にそっちに有利な判定をするよね!そんなの絶対におかしいよ!」


 よほど腹に据えかねたのか、ディーが人差し指を突きつけてアルノルトに抗議する。


 「否定はしないよ、田舎ボーイ。この私も嫌われたものだな。だが素人三人の評価と、日々舌の肥えた客から直に注文を聞かされているプロちゅうのプロ三人の評価。どちらが信用に値するかなど聞くまでもない。だがそこに私が審査員として加わるならば状況は変わろうというものだ。私は祖先の名に誓って何よりも私に忠実であることを約束しよう!偉大なるこの世全ての富と栄光の所持者たる巨神オルクスの寵愛受けしオーク族の諸君、異論はあるまい?」


 アルノルトの芝居がかった文句にオークたちは大歓声を上げる。


 (そろそろ柱の上に立っているのもつらくなってきた。私も若くはないということか)


 アルノルトは笑顔でそんな事を考えていた。

 しかし、生徒や支持者たちの期待に応える為にもう一度、月面宙返りを決めた。

 湧き上がる歓声、拍手の雨。しかし…。

 

 (ゴキョッッ!!!)

 

 アルノルトの伸びた腰から伝わる乾いた音と違和感。

 この勝負を見届けた後にアルノルトはしばらく整骨院に通うことになる。

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