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第百五十二話 氷が溶けるにもやはり時間がかかる

次回は五月二十六日に投稿するんだっちょ。


 速人の言葉を聞いた後、意外な事にエイリークは驚いて目を大きく開いたままにしていた。

 そして少しの間考えた後にレミーとアインの姿を見る。


 (相談したいのは山々なんだけど子供こいつらの前ではなあ…)


 それから露骨にレミーとアインの前では話したくないという顔をしていた。

 マルグリットも同様に居心地の悪そうな顔をしながら形の良い頬を掻いていた。

 エイリークと一緒に仕事に出て行った隊商”高原の羊たち”の隊員たちも難色を示すように騒めいていた。


 速人は視線でダグザからもエイリークを説得するように助力を求める。

 ダグザも街に戻ってからの仲間たちの様子が気になっていたらしくエイリークに事の次第を尋ねた。


 「エイリーク、私も今回の仕事で何があったのかを教えてくれないか?身内から怪我人が出ていないわけではないから子供たちの前で話しても問題はないだろう」


 ダグザの言葉を聞いたレクサとハンスとモーガンも頷いている。レミーとアイン、アメリア、シグルズらも信頼を寄せるような眼差しでエイリークに注目していた。

 時間が経過するにつれて仲間たちかも賛成と反対の意見が二分されるようになっていた。

 エイリークは仕方ないといった様子でため息をつき、速人の顔の右半分が渦巻きが出来るくらい抓りながら今回の後味の悪い仕事を話すことにした。


 ギリギリギリッ。


 速人はエイリークの右腕を取って抵抗しながら会話に集中する。復讐の刻はそう遠くない。


 「あれはそう、カッコイイ俺様が美しいハニーと雑魚どもを連れて調査の為に立ち寄った屯所を離れてすぐの林道を通っている間に起こった出来事だった…」


 …。


 エイリークの話は擬声語が多くエイリークの活躍ばかりが誇張された話になるので、エイリークの話が終わった後に速人が要約して説明することになった。


 「初日、山間の集落に通じる街道を移動して中間地点にあたる辺境警備隊の派出所に到着。補給を渋る隊員たちから酒と食料を強奪した後(※いつもの事)、近くの一番大きな村に向かう為に林道を通過する。その際に複数の現地の人間に呼び止められる。まずはこういうところかな」


 エイリークの蛮行を聞いたダグザが沈痛な面持ちで沈んでいた。

 レミーとアインは肩を落として俯いたままになっている。

 二人を気の毒に思ったアメリアとシグルズは目線を合わせないようにしていた。


 「まだそんな事をやっていたのか…。後で謝りに行くとして速人、報告を続けてくれ」


 「了解。レミー、アイン、吐きそうになったら席を外していいからな。複数の現地の人間から構成させる集団はエイリークさんたちに引き返すように申し立てる。これに対してエイリークさんがアッパーカットで返事をする。暴力反対を訴える原住民に対して全員をアッパーカットして撃退。ソリトンさんと他のメンバーが無力化した人々を捕縛。騒ぎに気がついた争乱の首謀者たちが応援に駆けつける。問題はここからか…」


 速人は横目で気分の悪さから吐きそうになっているレミーを見る。

 案外、目の下に隈が出来ているかもしれない。

 レミーは両親よりも繊細な神経の持ち主だった。


 「この時、首謀者と”高原の羊たち”は対面をする。敵の集団をまとめていたのは元レッド王国同盟所属”まだら模様のマーブルリーフ”王国の軍人ノートン、エルフ族の騎士階級か」


 エルフ。

 ナインスリーブスには古代エルフの末裔を自称するハイエルフ族とコモンエルフ族が存在する。

 ナインスリーブスに君臨する三大勢力(※残り二つはダナン帝国、もう一つは第十六都市を含める自治都市国家群)の一つ、レッド王国同盟とはコモンエルフたちが作り上げた国だった。

 同盟の中核を担うのは”七つのセブンスブランチズ”と呼ばれる七つの国で、その下に位置するリーフフラワールートと呼ばれる小さな国の一つがノートンの故郷”まだら模様の葉”だった。

 (以前に速人が暮らしていた開拓民の村は”七枝”が間接的に統治していた領土の一部である)

 かつてエイリークたちが戦った”火炎巨神同盟”との大戦では、レッド王国同盟も盟主グリンフレイムに呼応した少数民族(ゴブリン族、オーガ族、コボルド族等)の決起によって否応なく戦争に巻き込まれた。

 ノートンはエイリークの父の代からの協力者で国家間の利害を越えてエイリークたちに協力をしてくれた人物の一人だった。速人は事件の話が結末に近づくにつれて、暗い表情になっているエイリークに配慮しながら話を続ける。


 「敵勢力と交戦。わずかな時間で無力化に成功。しかし、ノートンはこの結果に納得せず仲間の解放を賭けてエイリークさんに一対一の勝負を申し込む。エイリークさんはこれを受け、ノートンを退ける。戦闘終了後、現場からの救難信号を察知した同盟の辺境警備隊が到着。首謀者ノートンは捕縛され本国で処罰を受けることになった」


 速人の話が終わるとダグザたちは驚愕の表情で思ったままを口にする。

 その様子からダグザたちのノートンという人物に対する親愛の情が窺えた。

 速人は信頼を不意にされたエイリークたちに同情しながらも事件の収束までの経緯に作為的なものを感じていた。


 「にわかには信じられない話だ。あのノートン殿が祖国に謀反を考えていたとは…」


 ダグザは左手で顔を覆いながら項垂れる。実際戦時中に幾度となく心が折れかけたダグザたちを救ってくれたのはノートンのような”一刻も早く争乱を鎮め世に平和をもたらす”という志を共にする同志の存在があったからだと言っても決して過言ではない。

 ノートンは無類の愛国者であり、相手が他国の人間であっても疎かな対応はしない人格者でもあったのだ。

 この場合は裏切られたというよりもノートンが苦境に立たされていた時に何もしてやれなかった無力感に苛まれていた。

 当事者であるエイリークも両腕を組みながらノートンが去り際に見せたであろう失意に満ちた姿を思い出していた。


 「ノートンの野郎は戦争が終わった後で”お前はもう用済みだ”みたいな感じで領地を没収されたり、官職を剥奪されたり色々あったみたいだけどな。だからといって普通に暮らしている奴らを巻き込んでまで戦争ケンカをやっていいって理由にはならねえしよ。これじゃあ俺たちが何の為に戦ったかわかったもんじゃねえよ…」


 エイリークは両手を投げ出して降参のポーズを取った後、マルグリットの豊かな胸にダイブしようとする。

 マルグリットはエイリークを抱き締めて慰めようとした。

 しかし間一髪の差でマルグリットレミーによって後ろに引っ張られて、エイリークは速人に左腕を取られ地面に倒されることによって二人のイチャイチャ行為は強制終了した。


 (しまった‼この前、速人から寝た状態で背後から関節技を食らうと力の差が関係なくなるってことを習ったってのに…ッ!ぎぃぃぃぃッ‼この屈辱、次に活かすッッ‼)


 エイリークはうつ伏せの状態で必死に抵抗したが、完全に極まった速人の裏固めから脱出することは出来なかった。

 やがてエイリークのうめき声と手足の動きが止まった頃、速人はエイリークの上からゆっくりと離れる。

 ふう、そして大きく深呼吸する。


 (瞬発力は天性のものだが、持続力は訓練で増やすことが出来る。日々の家事でな…)


 深海で鮫を絞殺する速人の筋性持続力は異世界ナインスリーブスでも有効だった。

 レミーとアインは親指を立て、速人の健闘を称えた。


 「他人の目を気にしろ、スケベ中年。特に子供の前ではな」


 速人は左手を開いて前に出し、右手を握って腰の前に据え置く。”残心の構え”を取った。

 エイリークは死にかけの芋虫のように地面を這い、ベックによって救出される。ベックは両手を出して首を横に振り”追撃不要”の意図を伝えた。

 ベックを敵に回せば農場からタダでもらっている野菜や卵が届かない。

 速人は残心の構えを解いてエイリークの前から去った。

 ここ数日の祝い事の多さから家計がキツくなっていたのだ。


 速人の勇姿を両の眼に焼き付けたダグザたちから拍手が贈られる。

 エイリークはベックに肩を借りて立ち上がりながら自分を助けなかった仲間たちの名前と顔を心の中に深く刻み込んだ。というわけで二人の因縁はさらに深まったわけだが、エイリークが不機嫌な理由が明かされた。


 レミーとアインは打ちひしがれる父親ダブルミーニングでの姿を複雑な心境で見守っている(こちらもダブルミーニング)。


 「結局は父さんは間違った事をしていないと思うし、昔の仲間のノートンって人が悪い事をしようとしたんだろ。大きな事件が起こる前に止めてやったんだからさ、父さんは良い事をしたんじゃないの?」


 「うう…。あんがとよ、レミー。お前が心配してくれると俺様も少しだけ苦労が報われたような気がするぜ。大事に至らなかったわけだから、その辺は俺も間違っちゃいないと思うんだけどよ。…。何つーか上手く説明できねえ。…速人、任せた」


 エイリークは再び速人に説明を丸投げした。

 レミーの冷たい視線を受けながら速人は自身の推論を交えながらエイリークの納得が行かない点について説明する。

 エイリークは横になって鼻くそをほじりながら速人の話を聞く事にする。


 しかし同時に周囲の大人たちのエイリークに同情する気持ちはゼロに等しいものになっていた。


 「まずエイリークさんは今回の事件でノートンさんという人物を力づくで従わせてしまったのが良くなかったんだろうな。仮に戦えば必ず勝てるような相手だけど、共に背中合わせで戦った相手を踏み躙るような真似をして良い気分になれるわけがない。またノートンさんの現在置かれている状況を全く知らなかったというのも良くなかった。ノートンさんにも面子があるし、どんな事情があったとしても落ちぶれて無一文になってしまった経緯なんか話したいわけがない。…とまあ、こんな感じかな?」


 エイリークは曇り空のような瞳のまま、身を起こしてから地面に座り込んだ。


 速人はエイリークの旧友に裏切られ、彼の心を傷つけてしまったという苦々しい思いを察しながら彼の言葉を待つ。

 なぜなら速人にはエイリークの気持ちを察する事は出来ても、共感することは出来ない。

 それは速人が物心つく以前からどのような時でも非情になれるように教育を受けて来た証でもある。


 「その通りだよ。お前みたいな生まれた時から冷酷非情の戦闘マシーンから見れば笑っちまうような話なんだろうが、俺にはノートンを時代の敗者なんて割り切れねえよ。今、俺はアイツの為に何か出来たことがあったんじゃないかって悩んでるんだよ」


 「それは傲慢というものだよ、エイリークさん。結局一人の人間が何かをするとすれば、それは自分の目の届く範囲だけさ。ノートンさんだってエイリークさんの事を信じていたからこそ一騎打ちを仕掛けてきたんじゃないかな。俺のやっている事が間違っていると思うなら、お前の力で止めてみろってさ。自分のやった事に胸を張らないとノートンさんって人に失礼ってものだよ」


 「…」


 エイリークはノートンが剣を握って必死の形相で自分に挑んだ時の事を思い出す。


 ノートンは礼儀正しく心優しい男だが、戦士としての能力はお世辞にも高いとは言えないものだった。

 ノートンは飢えて死ぬしかない知人たちの為に、エイリークは苦労して手にした世界の平和を守る為に戦ったはずだが実力に差がありすぎて後味の悪い勝利となってしまった。

 ノートンはレッド王国同盟の軍人イアンとオーサー・サージェントによって本国に強制送還されてしまったがイアンの話では簡単な調書を取った後すぐに解放されるらしい。

 またノートンに協力した元ノートンの家来たちと赴任した土地の農民たちはノートンとエイリークの共通の友人であるオーサーによって説得され、村に戻って行ったと聞いている。

 こんな時にスウェンスの”万事において勝てばいいというわけではない。一発やり返されても相手を許してやるくらいの度量が必要だ”という言葉を思い出してしまったのも速人が夕食に出してきたメリッサの手料理を食べたせいなのだろう。

 エイリークは二度と戻らぬ過去を思い出しながら、吐息をもらす。

 

 「おい、待てよ」

 

 レミーは落胆するエイリークに辛辣な言葉を吐く速人の前に立つ。

 彼女なりにエイリークの事を心配した結果の行動である。

 

 「レミー、待ちなさい」

 

 ダグザが何かを言おうとしたが速人は片手でその場を制した。

 レミーは深呼吸をした後、速人の行き過ぎた言動を糾弾した。


 「速人。さっきの話、私の父さんに対して言い過ぎじゃないか。何様のつもりか知らないが、父さんの事を何も知らないくせに勝手な事ばっか言いやがって。父さんに謝れよ!」


 速人はレミーの話を聞いた後、両目を閉じて考える。


 (…。自分の目の前で父親を侮辱されたのだからレミーの怒りも当然の事だろう。正論だけが正論ではない、と言ったばかりだというのに俺もまだまだ修行不足だな。この二人にはいずれ俺のヌンチャク道場の広告塔として奮起してもらわねばならないというのに…)


 速人はニヒルに笑うと、頭を下げてレミーとエイリークに非礼を詫びた。


 「すまない。レミー、エイリークさん。今回は俺が言い過ぎで、全面的に悪かった。レミーにエイリークさんの仕事の大変さを知ってもらおうと話し合いの場を設けたつもりだったが俺の配慮が足りなかった。エイリークさんだってレミーとアインの前では上手く説明できないような話だってあるのに、その事を全く考えていなかった。本当にすまない」


 そして、もう一度頭を下げる。

 レミーとエイリークは互いの顔を見合わせて複雑そうな顔をしていた。


 「レミー、そろそろ許してやれよ…。何か俺が一方的に悪いみたいじゃねえか」


 「そこで私のせいにするのかよ…。クソ親父…ッ‼」


 二人が殴り合いになる前にダグザとソリトンが止めに入った。


 そろそろ話に飽きていた他のメンバーたちは世間話を始めている。

 速人はもう一度レミーとエイリークに謝ってから飲み物とデザートを用意する。

 エイリークとマルグリットは、レミーとアインが仕事に行っている間にどれほど自分たちの事を心配しているかを改めて思い知らされ礼を言っていた。

 速人はプルーンっぽい果物の砂糖漬けを乗せたタルトを切り分ける。

 そして雪近とディーの三人で全員に配って歩いていた。

 エイリークは速人の持っていたタルトを奪い取り、一口で食べてしまう。


 「速人、お前からは事件の話で俺に聞く事は無いのか?」


 速人はマルグリットとレミーにタルトの乗った皿を渡しながら考える。

 今回の事件は”時”と”場所”と”人物”、そのどれもが揃い過ぎていた事が不自然だった。

 速人はクリームがたっぷりかかったカップケーキを取り出して、エイリークに事件の前後で不自然な行動をとっていた人物はいないかを尋ねる。

 同時にレミーとマルグリットが大声を上げて抗議をしてきた。


 「…。エイリークさん、それじゃあ砦を出発してから事件現場に到着するまで、おかしな事を言っていた人はいなかったのかな?」

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