第百三十五話 速人の報告とダグザの考察 ウィナーズゲート編
次回は三月二日に投稿します。
昼食後。
速人はパイナップルに良く似た果物の皮を剥き、果肉を一口大に切り分けて皿に乗せていた。
ついこの間、大市場を手伝っていた時にラッキーに売れ残りを分けてもらった果物でエイリークに見せた時には「ダグザとレクサの好物」と聞いていた。
事前の情報通りにダグザとレクサは虹色(※光が当たることでキラキラと輝く)の果肉をフォークで突いては食べていた。
果肉はさっぱりとした桃のような甘味だったが、速人はリンゴや梨のような食感と外観が苦手だった。
「はーっ、何か得した気分ね。お昼の弁当にデザートまで付いてくるなんて。ところでそっちのバスケットは?」
レクサは既に手つかずのバスケットを見つけていた。
速人はダグザを幻滅させまいと今にも指を舐めようとしているレクサに無言で手拭きを渡す。
レクサは赤面しながらハンカチで指の汚れを拭き取った。
速人はバスケットの蓋を開いて弁当箱を見せた。
こうして最初から人数分を用意しておけば移動中に中身が混ざるような事は無い。
速人が元の世界で幕の内弁当を作る時に得た知識である。
しかし、レクサの視線は既に玩具を見つけた時の猫のように弁当に釘付けになっている。
(やはりエイリークさん達の姉貴分を自称するだけあって思考回路は似たようなものか)
速人はダグザに目配せしてレクサをバスケットから遠ざけさせた。
「こちらのお弁当はダグザさんのお祖父さんの為に用意したものですね。レプラコーン区画にあるお祖父さんの家に持って行こうかと思っています。中身は先ほど食べたものと変わりませんから駄目ですよ」
レクサはダグザの手を払って自分のデスクに戻った。
そしてレクサは速人たちに向かって”イーッ”歯を見せ、舌を出してから”あっかんべー”の顔をした。
(あれでも35歳なんだよな、…レクサさん)
速人はレナードの家にいるアダンの将来を案じていた。
その隣ではダグザが微妙な表情をしている。
レクサは出産してから天の邪鬼な性格に磨きがかかってしまったらしい。
やがて昼食に出かけていた他のメンバーが事務所に戻って来た。
レクサはデスクから立ち上がりメンバーに仕事の内容について書かれた書類を渡していた。
与えられた仕事はきっちりとこなすタイプらしい。
速人はバスケットを持って外出の準備をする。
ダグザはコート掛けから外套を羽織ると”留守を任せる”と言ってレクサとハンスとモーガンに挨拶をする。
三人は「親方によろしく」と伝えていた。
「速人。昼食後の運動も兼ねて外の大通りを使って通用門まで行こう」
ダグザは普段と変わらぬ様子で速人の肩を二、三回叩いた。
外の大通りとは第十六都市の内壁と水路に沿って作られた特に制限されていない通用路の事である。
厄介な事に第十六都市においても身分の差というものは健在で、速人と雪近のような新人は特別な許可無くしては立ち入ることを許されない場所は多く存在するのだ。
(あえて時間がかかる場所を使うという事は例の話をしろというわけか)
速人はいつ見ても不景気そうなダグザの顔を見ながら頭を縦に振った。
二人は事務所に残った”高原の羊たち”のメンバーに声をかけながら第十六都市屈指の眷属種の本拠地である”レプラコーン区画”に向かった。
「で、用事は?」
事務所を出発してから五分ほど経過した頃、速人は唐突にダグザに尋ねた。
この行動にも理由があり事務所の近くではアルフォンスたちに出くわす可能性があったからだ。
速人の入手した情報によればエイリークたちの前から失踪したエリオットとセオドアは家庭の事情で家出した時にはアルフォンスの実家で世話になっていた事が多かったらしい。
速人としてもキリーとエマの居場所を隠していた事があるので顔を合わせ難くなっていたこともまた事実だ。
「それを私に聞くかね?全部だよ、全部。とりあえず気になるのは第十六都市の外側からウィナーズゲートの町に向かった経緯だ。言っておくが当てずっぽうで聞いているわけではないぞ。証拠ならたくさんある」
(糞がッ‼この陰気な根暗男は、獣人と違って察しが良すぎるぜ‼)
…と慌てふためく速人見ながらダグザは悪人面で笑っていた。
睨み合う暗黒魔導士と殺戮邪鬼。
しかし速人は最悪ダグザだけでも味方に引き込んでおく計画だったので渋々と答えることにした。
「まあ、事の始まりは大市場に外部と行き来できる隠し通路があった事だよな。一応、白状しておくけどこれはアルフォンスさんに危害を加えたヤツを追い詰めた時から考えていた事なんだぜ?防衛軍やエイリークさんの目を掻い潜って物騒な連中が出入りできるわけがないからな」
速人は暗にダグザの実力を認めるような言い方をした。
ダールやエリーを騙すことは出来ないが自分の実力に自信を持つダグザは口の端をつり上げている。
(ダグザさん。頭は良いけど、…チョロイな)
速人はあくまでシリアスな雰囲気を崩さない。ダグザはやや気取った口調で話を続ける。
「ハッ。レナードいや義父上と我々がいる限りデボラ商会なんぞという得体の知れない連中が自由に出入りすることは難しいだろう。ある意味、順当な推論と言えよう。だがそこで気になる。アルたちは何故、隠し通路を発見することが出来なかったんだ?身内を手放しで褒める事はしたくないが、ラッキーやシャーリーは私たちの前の世代の”高原の羊たち”のメンバーだった人間だぞ?」
「…うーん。それは一昨日までわからなかったけど、今は説明できるよ。敵にダールさんやダグザさんクラスの術者がいるってわけ。”偽装”と”幻”の術なら上かもしれないけど。だってさ戦争が終わった後、ダールさんは街の中を徹底的に調査したんだろ?ここからは俺の予想だけど、その時に見つからないはずがないんだ」
ダグザの父ダールは有能な政治家として周辺の国々に知られる人物だが、魔術の研究においても優秀さを発揮している。
苦手なのはあくまで職人としての技量のみ、ダグザも父親同様に図画工作の類は苦手だった。
他の眷属種ならば問題は無いのだが角小人を含む小人族と呼ばれる種族は指先が器用な事が有名なので致命的な欠点とも言える。
「研究者として未熟な私はともかく父上に比肩するような術者がいるというのか…」
ダグザは眉間に深いしわを作った。
実際ダグザもエイリークと一緒に戦後、都市の中で破壊された箇所が放置されていないかと調査に回った記憶があるが、数年前に全て補修されたという報告を受けていた。
(考えたくはないが敵側というものがあるとすれば我々の中に内通者がいるかもしれないということだろう…。そうなれば自然と融合種族であるソルたちが疑われるということか)
大戦後も不遇を受けるソリトンたちだが、エイリークを裏切るような真似は絶対にしない。
幾多の犠牲を乗り越えて勝利を得た自分たちにはそれだけの絆がある。
ダグザは頭を振って自分の中から嫌な考えを追い出すゆ務める。
ダグザは一度、思索を中断して話を進めることにした。
「話を進めよう。エイリークたちが不在では考えても仕方のない話だからな。秘密の出入り口を通ってわざわざウィナーズゲートまで移動したのか?それにしてもよく帰り道がわかったな」
「ベックさんが仕事を手伝っている時に第十六都市の周囲にはパートナーズの他にもたくさんの町があったっていう話をしていたんだ。まあ博打みたいなものだったけど運良くウィナーズゲートに辿り着いたってわけさ。それから町の入り口で検問をやっている時にエリオットさんたちと偶然知り合って”デボラ商会”と”鋼の猟犬”の争い巻き込まれたんだ」
「はあ。…ベックに悪気はないのだろうが、もう少し注意するように言っておくか。お前の話を聞いた後に”デボラ商会”の事を調べたがよくな連中では無かったな。同盟の軍隊から追放されたやくざ者の集まりで近いうちに正式に討伐される予定もあったらしい。私たちにも同盟にイアン、オーサーという知り合いがいて法に触れぬ程度で互いの国の情報交換をしている。”鋼の猟犬”はワンダという昔の仲間が率いていた隊商だ。ワンダはドレスデ商会の会長の座についているので会う機会が無くなってしまったが、”鋼の猟犬”は代表が変わって別の組織になってしまったのかもしれんな。隊商の世界では珍しくないことだ」
「俺が会ったのはポルカっていう男の人だよ。確か雪近が顔見知りだみたいな事を言っていたな」
「キチカの知り合いか。そう言えばかなり前に同郷の人間と会ったとか言っていたな。お前には心当たりがないのか?」
速人と雪近が同じ(ような)世界から来た人間である事はダグザも知っていた。
しかし、フォルム的に雪近と速人では「カムイ伝」(雪近)と「クレヨンしんちゃん」(速人)くらいの画調の差があるので納得しがたいという状態だった。
「雪近とはやって来た時代が明らかに違うからな。雪近の知り合いってのも多分俺の住んでいた時代とは別の時代の人間だと思うぞ。実際に会った事はないけど」
速人が現時点で雪近の知人について知っている事といえば、その人物は大正の生まれで日本の北海道の小樽という土地に住んでいた人間であることぐらいだった(※速人と同じ年の子供がいるのでおそらく年上)。
さらに雪近が生まれた江戸時代において松前藩の存在自体があやふやである為に蝦夷地(※北海道)など外国どころか実在する事さえ疑わしい土地だったのだろう。
「そうか…。まだ会ったわけではないのか。ところで話をさらに先に進めるがデボラ商会と交戦した後はどうしたんだ?」
「デボラ商会のボスをやっつけてからコルキスさんたちに引き渡した後、エリオットさんたちと別れてからお肉屋さんを探したんだ」
「キリーの店の話か、アルから聞いているよ。キリーはエマと一緒に別の町で幸せに暮らしていると聞いていただけにショックな話だったな。誰もキリーの事を悪くいったりはしなかったのに…」
ダグザはキリーとエマの顔を思い出しながら、自身の拳を強く握る。
キリーとエマは戦場で戦うダグザたちを励ましながらもエイリークの母アグネスとアルの弟ケニーの死の原因が自分たちにあると悩み苦しんでいたのだ。
「まあそこで猪頭人族の老人と孫二人に会って羊を売ってもらったんだよ。言っておくけど正当な取引だからな」
速人は話ながらトマソンとジョッシュとクリスの事を思い出す。
トマソンにはもう一度会って槍の使い方を教えてもらいたいと考えていた。
そしてジョッシュには彼の親友であるマルコと不本意な別れを強いた事を謝りたいという気持ちと、マルコのおかげでエイリークの家で開催されたパーティーが成功したことを感謝したいという気持ちがあった。
最後に話が全く合わないクリスとポルカの娘シスにはもう別に会いたくもないと思っていた。
「それで例の機神鎧とそれを操る金色の男はどこから出てくるんだ?」
「ああ、そいつらの話ね。俺が肉を捌いてキリーさんの家の庭をウロウロしていると何も無いところから突然現れたんだ。コイツを渡せって」
速人は腰に下げた道具袋から青い宝玉を取り出した。
ダグザは興味深そうに一般的な柑橘類(※目安としてはオレンジ)くらいの大きさの宝玉を見つめる。
ダグザは一度見ただけで、その青いまだら模様の入った宝玉の正体が強大な魔力を秘めた魔晶石”ネプトゥス”であることを見抜いた。
「これはネプトゥスと呼ばれる魔晶石だ。そういえばお前は以前に大喰いを倒した時にも魔晶石を持っていたような事を言っていたな…」
ダグザはその時、速人から別の魔晶石を受け取ったがダールに見つかり”ダグザの実力には見合わない”という理由で没収されてしまった。
魔晶石には術者の精神に干渉して魔力を暴走させる効果も実証されているので父親の判断にも一定の理解を示す。
しかし見栄っ張りのダグザは喉から手が出るほど高位の魔晶石を欲しているのも事実だった。
速人はニヤリと不吉な笑みを浮かべながらダグザの手の中にネプトゥスの宝石を置いた。
「おっと手が滑った。コイツはもしかすると石っころのお願いかもしれませんぜ。ダグザの旦那?」
ダグザは一度だけ自分の周囲を見る。
それから宝石をハンカチに包んでポケットの中に入れた。
速人はニタニタ笑いながらダグザの後ろめたい動作を見ていた。
「おい、私は別に懐柔されたわけではないぞ。あくまで研究の一環としてこの宝石を調査するだけだ。それで宝石の事を聞きに来た男とはどうして戦う事になったんだ?」




