表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

156/239

第百十八話 再帰宅

次回は12月5日に投稿する予定です。

 

 ドルマとウェインは防衛軍本部にいるレナードを尋ねると言って事務所を出て行った。


 エイリークはドルマとウェインに”今晩のパーティーには必ず出席するように”と念を押す。

 

 ドルマとウェインは子供のように何度も返事を聞いてくるエイリークの様子に驚きながら、肯定の返事を出すと防衛軍本部施設に向かった。


 (また面倒な事になったな…)


 速人は大人たちの背中を見ながら食器を片付けていた。


 マルグリット、ケイティ、モーガンといった女性メンバーはまだ昔話に花を咲かせている。

 速人がティーカップを戸棚に置いていると後ろからダグザが声をかけてきた。


 「速人。今、少し話をしてもいいか?」


 ダグザは自分にも何か手伝えるような事は無いかと事務所の簡易キッチンを見たが仕事は既に終わった様子だった。


 速人がアダンの世話をしている時に気がついた事だが、ダグザは家ではレクサと家事を二人で分担して行っている。

 陰気な外見とは違って実に気の利く性格の男だった。


 「いいけど」


 速人は自前のエプロンの紐を解きながら答えた。

 ダグザは喧騒の中でもしっかりと自分の仕事をこなしていたのだ。

 彼のような実直な人間が隊商キャラバン”高原の羊たち”の屋台骨となって組織を運営しているのだろう。

 エイリークはカリスマ性のある人物には違いないが事務のような仕事には不向きな人材だった。ダグザの端ではソリトンが書類を布製の封筒にまとめている。エイリークは環境に恵まれた人物だった。


 「エリオットとセオドアの話だが、あまり外部には漏らさないで欲しい。私の両親には、私の口から伝えるつもりだ。それで、エリオットとセオドアは私の祖父母についてお前に聞いてきたのか?」


 わずかな違和感。

 いつもは冷静なダグザの声が、その時に限ってやや感情的なものに変わっていたような気がした。

 彼なりに二人の事を大切に思っている証拠なのだろう、と速人は考える。

 そして速人が本当は二人がどこにいるのかも知っていることをダグザ自身は知っていてそれに触れないようにしていることも察した。

 速人は別れ際に見せたエリオットとセオドアの懐かしさを喜ぶ笑顔を思い出しながら答えた。


 「特に何も聞かれなかったよ。大体俺はダグザさんのお祖母ちゃんには会った事無いし、聞かれたとしても答えようが無いんじゃないかな?」


 ダグザはギリッと奥歯を噛み締める。

 さらにダグザは速人をぎぎっと睨みつけてきた。

 速人はニヤケ面でペロリと分厚い唇を舐めた。


 かくしてダグザ(※挑戦者)と速人(※王者)、二人の視線が火花を散らした。


 「フンッ。…今はそういう事にしておこうか。デボラ商会という隊商キャラバンの事も我々の方で調べておこう。お前はパーティーの準備に集中するといい。他に私の方で何かやっておくことはあるか?」


 先にダグザが視線を外してきた。

 このまま速人と小さな問答を続ければ自身の手札を晒すことになる、その事に気がついたのだ。

 速人の方もパーティーの準備に戻る必要があったので話題を切り替えることにした。

 二人のやり取りを見ていたソリトンとハンスは青い顔をしながら額に汗を浮かべている。

 今の今まで二人の間には容易に割って入ることが出来ないほど緊迫した空気が流れていたのだ。


 「お言葉に甘えて俺はエイリークさんの家に帰らせてもらうけど…。そうだな…、街中で妙な連中を見かけても手を出さないでいてくれ。何か行動する時は必ず二人以上で、異変を感じたら一度事務所に戻ってエイリークさんか、ダグザさんに相談してからにして欲しい」


 確定した情報が無い以上はダグザに打ち明ける事は出来ないが、ナナフシたち”新しい空”は危険な存在だった。

 彼らが何らかの事情で表立って行動できないのは間違いないのだろうが、エイリークやダグザのような大人物が関わってくれば状況が悪い方向に変わる可能性も否定できない。

 街中でその気になれば容赦なく彼らは機神鎧を使ってくるだろう。


 (もしも戦いの結果、街の人が死ぬことになれば将来俺のヌンチャク道場の門を叩く人間が減るというものだ。それだけは回避したい…)


 それは”捕らぬ狸の皮算用”というものだった。


 速人は奥歯を噛み締めた。


 「?…やけに慎重な発言だな。お前ほどの男ならば見つけ次第自分のところに報せに来いと言うものだと思っていたが?」


 それは何らかの情報を引き出す為の意図した問いかけだった。

 ダグザとて速人が”個人の武力”に執着するような性格ではないということを知っている。

 本質は真逆であり、目的の為ならば手段を選ばないという思想を基に動いていると断じても過言ではないだろう。


 (まあこの程度の揺さぶりで動じるようなガキではない。軽くいなされるのがオチだろうが、何もしなければそれはそれで負けたような気がして悔しい)


 何とも大人げない心根だが、ある意味ダグザはエイリークの同類だった。


 しかし、ダグザの予想に反して速人はやけに歯切れの悪い返事を出した。


 「まあ、犠牲を出さないことに越したことはないってヤツさ。今回のパーティーは祝賀会も兼ねた催し物だし。不慮の事故で欠席者を出したらダグザさんだって嫌だろう?」


 速人はエリオットの昔話に夢中になっている周囲を見ながらダグザに行った。

 ここにいる誰か一人でも欠けてしまっては何も意味が無いと言ったつもりだった。

 速人の真意を理解したダグザは眉間にしわを寄せながら首を縦に振った。


 「そうだな。お前の言う通りだ。妙な勘繰りをしてすまなかった」


 速人は二ッと笑いながら事務所を出て行った。

 その際にエイリークが呼び止めようとしていたが無視をした。そして最後の最後に余計な一言を足していくことを忘れない。


 「謝るほどの事じゃないさ。俺だって平和を好む、普通の子供なんだぜ?」


 (お前が言うなッ‼)


 結果、ダグザの眉間に刻まれた皺は以前にも増して深いものになってしまった。


 速人は上手く誤魔化しながら帰宅することに成功したと思っていたが、背後にはアルフォンスとシャーリーの姿があった。

 シャーリーの野性的な勘が気配を断って事務所を出て行こうとする速人を捉え、アルフォンスの論理が速人の心算を看破したという形だった。

 速人は後頭部にハンドガンを押し当てられた心境で道を歩く羽目になった。

 道中ずっとアルフォンスからは皆に黙って抜けだしたことを咎められ、シャーリーからは無言の重圧感プレッシャーを当てられた。

 牛一頭分の肉を子供一人に運ばせるのは大変だろうと大人が同道したと考えられるのだろうが、二人の視線はそう言ってはいない。

 むしろ速人は”まだ何かを隠しているだろう”とも言われているような気がした。


 「いいか、速人。これは人生の先輩からの忠告だ。俺もお前ぐらいの年齢の頃には、自分が本気を出せば何でも出来ると思っていたよ。だがな実際一人で出来ることなんてたかが知れているんだ。そこのところを理解しろよ?」


 エイリークとダグザが同じセリフを吐いたなら鼻で笑ってやるところだが、相手がアルフォンスでは話が違った。

 アルフォンスには速人がまだ明かしていない昨日の苦労話などとっくにお見通しだろう。

 先ほどから無言で牛肉一頭分と共に荷台に乗っているシャーリーも同様だった。

 獲物を見つけた飢えた熊のような目で先ほどから速人を睨みつけている。


 「速人。悪いことは言わないからウチの旦那の話を聞いておきな。少なくとも間違った事は言ってないからさ。死んじまったエイリークの両親も、ダグの祖母さんも、ケニーも何かを背負ったまま死んじまった。自分一人が我慢すれば全部丸く収まるなんて勘違いをしてね」


 シャーリーは右手を出してきた。


 速人は非常食として常に携帯していたハイカロリークッキーを渡した。

 もう手持ちに食料は無かった。


 シャーリーは手の上に乗った蜂蜜とバターとドライフルーツと小麦粉を固めて作ったクッキーを口の中に放り込んだ。

 アルフォンスはすぐに愛妻が喉を詰まらせないかと心配して水筒を渡した。


 「ありがと」シャーリーは短く礼を言うと水を飲みほした。


 「まあ、頼まれると必要以上に頑張っちゃうのは俺の性格みたいなもんだからどうしようもないんだけどね。けどさ今回はかなりみんなに頼ってるつもりなんだけど、そうは見えないのかな?」


 シャーリーとアルフォンスは同時にため息をついた。

 速人が二人の動きがシンクロしているところを物珍しそうに見ていると、シャーリーがハエ叩きみたいにアルフォンスの横面を張り飛ばした。

 シャーリーは少し赤面しながら地面に唾を吐いていた。

 アルフォンスは顔の左半分真っ赤に染めながら嬉しそうな顔をしている。


 (ああ。シャーリーさんも照れるってことがあるんだな…)


 速人が仲睦まじい夫婦の姿を見ているとシャーリーが殺意を含んだ視線を向けてきた。


 「見世物じゃないよ、全く。ところで義父オヤジと旦那に怪我をさせた連中と”デボラ商会”ってのは何かの繋がりがあるのかい?」


 シャーリーが話の核心を衝いてきた。

 豪快な外見に反して観察力には特筆するべきものがある。

 マルグリットやモーガンの師匠筋にあたる人間というのも納得できた。

 速人は大市場の関係者にはいずれ話をしておくつもりだったが、現時点では証拠が少なかった為にエイリークたちの前ではしっかりとした説明が出来なかったのだ。

 情報が多すぎれば混乱して行動の妨げになることも世の常だった。

 故に速人はそれとなく匂わせるだけに止める。

 シャーリーとアルフォンスくらい察しの良い人間ならば、速人の真意も理解してくれることを信じて。


 「まあ俺の見立てでは”デボラ商会”と大市場の関係者を襲った連中が大きな組織から命令を受けているのは間違いないだろうね。二つの事件で発せした破壊活動にしても都市の機能を停止させるという一点では共通している。”デボラ商会”のリーダーのデレク・デボラも、アルフォンスさんたちを襲った連中も同盟の退役軍人だって点では共通しているし」


 「おいおい。同盟のエルフが共どうしてそんな危ない橋を渡るんだよ。つうかさっきのエイリークたちの話には犯人グループが退役軍人っていう所属までは明かしていなかったぞ。たとえお前のデタラメでも十分に怖いぜ」


 エルフが第十六都市に嫌がらせをしたいなら国境付近で軍事演習でもやれば事足りるはずである。


 アルフォンスはシャーリーに殴られた左の頬を撫でながら言った。

 その間、妙な発音が混じっている事から彼の口内に何らかの異常が生じているのは間違いなかった。

 アルフォンスの若い頃からダナン帝国は敵、レッド同盟は基本中立という立ち位置だっただけに速人の持ってきた情報は脅威だった。

 単純な軍事力だけでも、レッド同盟と第十六都市では比較対象にならないほどの差がある。

 退役軍人が作った隊商キャラバンに指令を下す上位組織が存在するというなら相当の規模だろう。

 アルフォンスやシャーリーにとっても非現実的な話だったが、事件が起きて議会や防衛隊がすぐに動き出さないところを見る限りではあながち信じざるを得ない。


 「だからさ、あくまで可能性の一つだよ。退役軍人だって情報もエイリークさんたちには言わないでくれ。俺が連中を腑分け…じゃなくて拷問している時に気がついたことなんだけど衣服に縫いつけてあった階級章に削られた部分を見つけたんだ。俺が開拓村にいた頃に、スタンっていうエルフと護衛の戦鬼オーガー族が”王国にはたくさん退役軍人がいて、年金だけでは暮らせないほど不景気が続いている”って話をしていたんだ。平和が続けば傭兵稼業も廃れるだろ。だから自分たちで物騒な世の中にして仕事を増やしてやれって考えたんじゃないかな」


 速人自身も、自分で言っていて呆れるようなマッチポンプだった。

 当然表情も暗いものに変わる。だがアルフォンスとシャーリーは別の意味で暗い顔をしていた。

 ”腑分け”やら”拷問”という言葉を平気な顔をして使えばこうなることは必至だ。


 ゴツンッッ‼‼


 シャーリーは無言で速人の頭に拳骨を落とした。

 速人の頭は、とても固かったのでシャーリーは手を振って熱と痛みを散らしている。

 アルフォンスは殴られた速人よりも、自分の恋女房を心配していた。

 速人の鼻から少量の血が出ていた。

 速人は鼻血を舌先でペロリと舐めて拭き取る。


 …鉄の味がした。


 「何が腑分けだよ、速人。アンタ聞いた話じゃ頻繁にエイリークを殴っているそうじゃないさ。アイツは何かにつけて憎たらしいヤツだから殴っても構わないけど、レミーやアインには手加減してやりなよ。昔の私がエイリークとマギーを殴っていた時みたいにやりすぎると頭が変になっちまうかもしれないからね」


 シャーリーはエイリークやハンスに匹敵するほど太い腕を組みながら、感慨深く語った。

 その後に聞いたアルフォンスの話ではエイリークとマルグリットは手のつけられないほどの悪童で悪さをしてはシャーリーにぶん殴られていたらしい。

 シャーリーは当時の話を自虐的に語ってはいたが、さっきシャーリーから受けたパンチの衝撃は速人の頭の中に残っているのでそれなりの説得力を持っていた。

 アルフォンスと速人は台にシャーリーと牛一頭分の肉を乗せて荷車をエイリークの家まで移動させた。

 道中、シャーリーは腹が満たされた為か眠ってしまっていた。


 「シャーリーのヤツ。こういうところは昔と変わらないな…。うへへへ…」


 アルフォンスは荷台に登って、干し草の上で横たわる牡獅子の姿をとろけるような笑顔で見ている。

 アルフォンスの目にはどんぐり眼のポニーテルのシャーリーと同じ姿に見えていたらしい。

 

 (ここまで来ると病気だな…。恋の病とはこうまで恐ろしいものか)


 下手にちょっかいを出してはアルフォンスが故人になってしまう可能性も出てくるので速人はアルフォンスを担いで地上に下ろした。


 「アルフォンスさん、もう家に着いたから。荷物下ろすのを手伝ってよ」


 速人はすぐ近くにあるエイリーク家の門を人差し指でさした。

 アルフォンスは赤面しながら答えた。

 しかし荷台で大きないびきをかいて寝ているシャーリーの様子を気にしているので未練があるのだろう。

 

 速人はため息をつく。


 「悪い。つい女房の寝顔に見惚れてしまってな。すぐに手伝うぜ」


 そしてナイスミドルのグッドスマイルからのサムズアップ。

 実際アルフォンスの背後には曙光がさしているようにも見える。


 アルフォンスの良い笑顔を前にしては、流石の速人でも何も言えなくなってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ