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第百十四話 ケニー × 3 と ケニーの息子トニー

遅れまくって大変もうしわけありません!次回は11月5日くらいに更新します!


 速人は隊商キャラバン”高原の羊たち”の事務所まで連行された。

 下手に説明させれば煙に巻かれるのは間違いないというエイリークたちの判断によるものである。

 事実は速人もそう考えていたし、こうして「秘密警察に連れ去れる宇宙人」よろしく両手を掴まれている限り、現在自分の立ち位置は信用と信頼からは程遠い場所にあることを思い知らされていた。


 (僕たちはいつまでこうやって憎み合っていなければならないんだ…)


 速人は俯きながら、自分の腕を掴んでいる金髪の大男の顔を見た。

 男の高い鼻のところについているガーゼやらは男の奥さんにぶん殴られて出来た痕跡である。

 本人エイリークの言によれば自前の回復力で昼頃には元通りになっているらしい。


 もう一人の銀髪の男は速人の様子をそれとなく気にしていた。


 最近、気がついたことなのだがソリトンという男はこうして何気なく見ている時は人並みに他人を心配しているのだ。


 感情があまり顔に出ない性質なのだろう。


 「オラッ‼こっちだ‼嘘つきチビ助めッ‼」


 エイリークは声を荒らげて速人の腕を引っ張った。

 少しだけ痛かったので速人はエイリークの手首を強めに捻り、苦しめてやった。

 

 「エイリーク君、君はもう少し腕力を鍛えたまえ。そら、これがいい例だ」

 

 「ぐわあああああああ‼」

 

 エイリークの力は並外れているが関節技への対応は人並みだったので楽に仕掛けることが出来たのだ。


 その後、建物が見えてくるまでの間に速人とエイリークはパンチと関節技ストレッチで互いの黄龍を深めることになる。

 

 ソリトンはどちらの味方についていいのかわからず結局どうすることも出来ないまま同行することになった。

 大市場に続く中通りの反対側にある中規模の商館が立ち並ぶ通りに隊商キャラバン”高原の羊たち”の事務所はあった。

 建物全体の造りは周囲の建物と同じくらいの年代物であり、ダグザの話によれば定期的に清掃業者が出入りしている為に一定の清潔感が保たれているらしい。

 如何にも欧風建築といったブロック造りの壁は色艶を保ちながらも、威厳のようなものを感じさせている。


 エイリークは勝手知ったる我が家の如く荘厳な装飾が施された扉のドアノブに手をかけた。

 事務所の中では速人も何度か見たことがある”高原の羊たち”の隊員たちが話し合いをしたり、今朝方届いた仕事道具などを点検していた。

 その中で気難しい顔をした中背の黒髪の男ダグザは中心に立って、隊員たちに指示を下していた。

 ダグザはボードのような道具を持っていて、そこに今日の仕事の内容が記帳されているようだった。


 「よう。今日もお前らの大好きな俺様が来てやったぜ。感謝しろよな」


 エイリークは扉を開けるなり鷹揚な挨拶をした。


 (こんな挨拶は無いだろう)


 同居先の主人の態度を速人は心苦しく思った。

 しかし、建物の中にいた全員は一瞬だけエイリークの姿を見るとすぐにまた自分たちの仕事に戻ってしまった。

 好意的に解釈すれば彼らの態度は”慣れ”というものだろう。


 速人は心の中でダグザたちに頭を下げていた。


 「今日はずいぶんと早い出勤だな、エイリーク。何か事件でも起こったのか?」


 ダグザはいつも通りの黒を基調とした衣服を身につけていた。

 黒いベストに白いシャツ、下は黒いズボンを着こなしている。

 黒い革製のブーツはちゃっかり新調してあったことは言うまでもない。

 

 ダグザの翳がかかったような端正な作りの顔の額には、いつも通りヒビのような皺が入っていた。

 

 今さら言うまでもないが、エイリークが持ち込んで来るトラブルが原因である。

 ダグザ本人もある程度は覚悟している為、特に気にしている様子は無い。


 顔の中心が真っ赤になっているエイリークは突然鼻筋を押さえて苦しみ出した。

 速人は自分から着地してエイリークの顔にくっついているガーゼをゆっくりと剥がした。

 以前に見た時よりも腫れは引いているが、それでも急所なので痛みそのものが無くなることはない。

 速人はエイリークを屈ませて自前の軟膏を塗ってやることにした。


 エイリーク曰く、ナインスリーブス製の薬よりも無臭でベタつかないとのことだった。


 余談だが、現在から約五十年後に速人は死ぬことになるが彼の残した遺産とは元の世界から持ち込んだ医療知識と料理と工作知識だけである。

 ヌンチャク技術はダグザの息子アダンと孫ウォレスによって受け継がれるが特に広まることは無かったと伝えられる。

 (※ダグザはアダンがヌンチャクの継承者になると言い出した時、猛反対したという)

 

 速人はそんな事も知らずにエイリークの治療を続けた。

 

 こうなっては皮肉屋のダグザとしても文句を言う事は出来ずエイリークが回復するまで待つことになった。

 その間に”高原の羊たち”の隊員たちは事務所に次々と姿を現した。

 ソリトンはエイリークが無事であることを確認すると、自分の机で昨日までに町の中で起きた事件とその報告書をバインダーのようなものにまとめていた。

 他のメンバーはともかくエイリークとマルグリットの字は誤字が多く、つき合いの長いソリトンたちでも読めないような癖字も多かった。

 故に翻訳めいた加筆修正という迅速な処理が必要だったのだ。


 「おはよう。エイルの兄貴、それマギーにやられたのか?」


 エイリークがどうにか顔を上げられる状態になった頃、集まった若い隊員を代表して二人連れの男が現れた。

 速人はいつぞや見たことのある風貌の男たちを観察していた。


 (ああ。エイリークさんと最初にあった時にボコボコにした二人か)


 二人の顔はどことなく肉屋のアルフォンスによく似ていた。

 そう考えてさらに観察すると手前の男の顔にはアルフォンスの妻シャーリーの面影があるような気もする。

 手前のシャーリーとアルフォンスの特徴を持った若い男は以前速人から受けた仕打ちを思い出し、すぐに後退した。


 「おう。ケニーとトニーか。これは愛し合う者同士の甘嚙みというか、そのじゃれ合った結果だ。後な、俺様の嫁を呼び捨てしてんじゃねえよ。速人のエサにしちまうぞ」


 速人は目をギラギラさせながらケニーとトニーを見ている。

 先頭の青年ケニーはトニーを前に引っ張り出して隠れようとした。

 トニーも負けじとケニーを前に出そうとする。あまりにも埒が開かないのでエイリークが二人の頭に拳骨を落として黙らせることになった。


 (これは子供の頃からこういう感じなんだな)

 

 速人が一人で頷いていると、エイリークがまずケニーを前に出してきた。


 「おい、速人。コイツの事は覚えているな。お前が俺と最初に会った時に半殺しにしたケニーだ。アルとシャーリーの息子って言ったらわかるか?」


 「ほう。マダム・シャーリーの子供にしてはずいぶんと華奢な御仁ですなあ。彼はちゃんと鍛えているのですか、エイリークさん?」


 速人はニタニタと笑いながらケニーの細い腕を見ている。


 エイリークとケニーはしばらく黙っていた。

 エイリークは自分の自尊心プライドを傷つけられたような気がしてケニーを殴り飛ばした。

 ケニーは反動で壁の方まで転がって行った。

 メンバーの中で並外れた体躯を持つハンスが手慣れた様子でケニーの回収に行っている。


 「へッ‼コイツはガキの頃から細っちい身体だから仕方ねえんだよ。おい、トニー‼お前とケニーな来週までに俺様くらい筋肉つけてこい‼命令だッッ‼‼」


 「そんな無茶だって‼俺とケニーじゃ、エイリークの兄貴とは身長からして違うじゃねえか‼」


 トニーは涙目になってエイリークに反論した。

 しかし、エイリークは袖を捲って筋肉に覆われた太い腕を見せつけてトニーに迫った。

 

 ソリトンとハンスとダグザは二人の姿をなるべく見ないようにしている。


 速人はため息を吐きながら二人の間に割って入った。


 「まあまあ。お二人への制裁はその辺でいいでしょう、エイリーク殿。それでこちらのアンソニー・ブロードウェイさんと、ケイネス・ブロードウェイさんは私のどのようなご用向きなのですかな?」


 速人はしっかりと二人のフルネームを知っていた。

 自分が馬鹿にされていた事を悟ったエイリークは直ギレして速人の頭に手刀を落とすが、速人は是を片手で受け止めた。

 エイリークの数多の強敵を倒してきた一撃も、日々の家事で鍛えられた速人にとっては容易に防ぐ事が出来る攻撃だったのだ。

 エイリークは額に血管を浮かべ全身から怒りのオーラを発していた。


 「いつもいつも俺の事を舐めやがって…。テメエは後で絶対に殺す。月の無い夜だけがテメエの命日になると思うなよ、速人。…話は戻すが、ケニーとトニーがお前に祖父さんと親父の事で礼を言いたいそうだぜ」


 (たったそれだけの事でこの二人を殴ったのか…。しかもタクティクスオウガの忍者を解雇する時のような捨て台詞まで言ってくるとは…。外見はどっちかというとカノープスだけど)


 速人は地面に膝をついて泣き崩れるトニー(アンソニー)とケニー(ケイネス)に心底同情しつつ、またエイリークの大人げなさに脅威を覚えた。

 しかし、見渡す限り周囲の反応はとても薄い。

 このような光景が幾度となく繰り返されてきたということなのだろう。

 思考錯誤の果てに、速人も同じように振る舞うことにした。


 「速人、ウチの父ちゃんと祖父ちゃんの仇を取ってくれてどうもありがとな」


 まず最初にケニーが頭を下げてくる。

 後でエイリークから聞いた話だが、ケニーよりもトニーの方が年上だった。

 二人並ぶと身長はケニーの方がやや高い。トニーは筋肉がしっかりとついた中肉中背の体格で、ケニーはスレンダーの長身という体格だった。


 二人の実力は実際に手合わせした速人に言わせると同程度である。


 「速人。アル伯父さんと祖父さんの仇をとってくれてありがとうな。最近、二人とも家で大人しくしてると思ったら妙な事件に巻き込まれていたなんて全然知らなかったんだ。本当、感謝している」


 トニーは礼を言った後に、しっかりと頭を下げてきた。

 速人は目をつぶったまま二人の話を聞いていた。

 エイリークは速人に気を使って二人の正しい関係について説明をしてくれた。


 「まあ地獄の最下層に潜む悪魔の手先であるお前の事だから気がついているだろうけどよ、トニーがケニーの子供でケニーがケニーの甥っ子なんだ。まあ今から二十年以上前になると戦争中で結婚する年齢が早かったりするんだよ」


 「待て‼それでわかるか⁉」


 ダグザとソリトンがほぼ同時に突っ込んだ。

 トニーとケニーはエイリークの雑過ぎる説明を聞いて唖然としていた。

 二人の事情を知る他の仲間たちも驚愕の表情で聞き入っていた。


 しかし、速人は「アンソニーが亡くなったアルフォンスの弟ケニーの息子で、死んだ弟ケニーの名前をアルフォンスが次男(※長男はポールという名前)につけた」というところまで理解していた。


 だがここで別の問題が生じる。

 速人の知る限りでは肉屋のラッキーの息子にもケニーという男がいて、ウィナーズゲートの町に住むキリーとエマの子供にもケニーという男が存在するということだった。

 というかエイリークの同世代にはかなりの数のケニーという名前の男がいた。


 (…一体、何人いるんだケニーって名前のヤツは…)


 速人は恐るべき事実に戦慄し、全身から緊張の汗を流していた。


 「そうだったのか。アルフォンスさんの息子と甥っ子っていうなら雑には扱えないな。ケニーさん、トニーさん。前はいきなり襲いかかってごめん。これからは気をつけるよ」


 速人はケニーとトニーに向かって頭を下げる。

 二人は照れ隠しとばかりに笑っていた。


 「エイリーク。話を最初に戻すが、今日は一体どういう用事で速人をここに連れて来たんだ?」


 ダグザが質問をすると同時に入り口からケイティとダグザの妻レクサとモーガンがやって来た。

 ケイティとモーガンはレクサの付き添いで、生まれたばかりのダグザの息子アダンは現在ダグザの実家でダグザの母エリーに子守りをしてもらっているらしい。

 それまで仕事の話をしていたマルグリットも他の女性メンバーを連れてエイリークたちのところにやって来た。


 「実はな、ダグ。昨日コイツがキチカとヒョロ蔵(※ディーのこと)を脅かして、ウィナーズゲートの町に脱走したみたいなんだけどよ」


 エイリークのいい加減さに怒ったケイティが話に割り込んできた。

 幼い頃からソリトンの妻のこういった役処だったらしい。

 速人はケイティがエイリークの横暴からソリトンを守っている過去の姿を想像していた。

 そして、速人が何を考えているか察したダグザは「大方、お前の思っている通りだ」と念を押してくれた。


 「ちょっとエイリーク、さっきウチのお父さんから少しだけ聞いていた話と全然違うじゃない。ちゃんと説明しなさいよ!」


 「うるせえ豆狸だな。おい、速人。お前が持ってきたトラブルなんだからお前が説明しろ。ここにはレミーとアインがいないから、ポカポカ商会(※デボラ商会のこと)の話もしてやれよ」


 エイリークはその後、さらに起こり出したケイティと口喧嘩になっていた。

 しかし、今回はケイティに女性陣が十人くらい(※中には当然マルグリットもいた)加わっての戦いとなったのでボロクソに言われて泣きを見ることになった。

 速人はダグザにウィナーズゲートの町で”デボラ商会”と”鋼の猟犬”という隊商キャラバンが衝突した事件について語った。


 「俺と雪近とディーは偶然(※強調)ウィナーズゲートの町に行ったんだけど、町は火の手が上がっていて大変だったんだよ。やったのはデボラ商会っていう連中で、町の人が逃げる手伝いをしていたのが”鋼の猟犬”っていうエイリークさんやダグザさんみたいに何でも屋みたいなことをしている人たちだったぜ」


 ”鋼の猟犬”の名を聞いたソリトンが血相を変えて話に入ってきた。

 どうやらソリトンも”鋼の猟犬”とは何らかの縁があるらしい。


 「”鋼の猟犬”だと?あのワンダが何だってウィナーズゲートの町にいたんだ。オーク街の一等地に屋敷を建てて暮らしているんじゃなかったのか?」


 ソリトンの疑問は速人も納得できるものだった。

 先日速人が大市場で出会った腹黒豚姉妹(※アトリとカトリのこと)はどう考えても傭兵業に関係している人種には見えなかった。

 

 その母親というのも上流階級に属する人間であることは間違いないだろう、と現時点で速人は考えていた。


 「違うよ、ソリトンさん。”鋼の猟犬”っていう隊商キャラバンをまとめていたのはワンダっていう人じゃなくて、ポルカさんっていう男の人だよ。背丈はハンスさんより大きかったな」


 だがソリトンとダグザ、他の”鋼の猟犬”と縁あるメンバーたちも犬妖精コボルト族の巨漢ポルカについては何も知らないようだった。


 一応、速人が似顔絵を描いてみたのだが七割増しで美形にしてしまった為に余計誰だかわからなくなってしまった。


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