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百九話 速人、寝る。トマソン、家に帰る。

 次回は10月11日に投稿する予定だぜい。なるべくっていうか頑張って投稿するぜ。次はちなみにナナフシたちの話になる予定。


 エイリークは真面目に速人の話を聞く気になったらしく身体を起こしている。

 速人の側からすれば自分の話を親身になって聞いてくれることは喜ばしいことだったが、反面エリオットたちの事を話すわけにはいかなかったので心苦しかった。

 エイリークには一宿一飯の恩義があり、糞の役にも立たなかったがエリオットたちとは共闘した縁がある。

 昔の事はともかくエリオットとセオドアには家族があり、彼らの幸福を壊すような真似はしたくはない。

 

 速人は元来、義理人情の世界とは一線を引いてはいるがそれでも筋の通らない行動を取ることは避けたかった。かと言ってこのまま煮え切らない態度を続ければ勘だけは良いエイリークが気がついてしまうのも時間の問題だろう。


 速人はサンライズヒルの町や住人たちが話題に上らないよう細心の注意を払いながら話すことにした。


 (※…という時点で既に疑われているのだが)


 「実際、大変だったよ。隊商キャラバン同士の争いなんて見たこと無かったし。見た感じ悪者のデボラ商会ってのが凶悪な武器を持っていてさ、魔法のかかった剣とか弓矢ね。それをバンバン撃ち合うもんだからお店とかが燃えちゃってさ」


 速人は身振り手振りを交えながら街中で行われた戦闘の恐ろしさについて語った。

 

 エイリークとマルグリットとベックは身を乗り出して速人の話を聞き入っていた。

 彼らの真剣な表情から察するに単なる他人事ではないらしい。

 

 レミーとコレットの表情も暗いものに変わっている。

 レミーは都市内部のの平和な生活しか知らず、戦時中に生まれたコレットは昔の出来事を思い出してしまってのことらしい。

 この辺りは我ながら配慮に欠けていたと速人も後で反省した。

 

 幸いなことにアインはほとんど眠っているような状態だった。


 「ガキの速人オマエに言っても仕方ない話だがな、戦争の後には軍縮って話が進んでいるんだ。まあ武器を取り上げればおとなしくなるってのも安易な話だがそれでも町のすぐ近くでドンパチやられたら俺たちにしてみりゃあ面白く無い話だぜ。ていうか大怪我してるのはお前だけだな」


 「雪近とディーは最初に隠れているように言ったんだけど。道中で知り合ったトマソンさんっていうお爺さんのお孫さん二人が逃げ遅れてね。トマソンさんの方はポルカさんっていう別の隊商キャラバン”鋼の猟犬”のリーダーさんが保護してくれたんだけど、お孫さんは抗争の巻き添えをくらって誘拐されそうになったところを偶然遭遇した俺が…、まあ大声を出すとか妨害して怪我しちまったわけさ。この怪我はその時の名誉の負傷ってヤツだ」


 速人は包帯を巻いている方の腕を見せ、ニッと笑って見せる。


 「ええッ⁉大丈夫かい⁉」とベックは冷や汗をかきながら速人を心配していた。


 しかし、エイリークとマルグリットとレミーは明後日の方を見ながら別の事を相談している。


 「ああ、なるほどね。目撃者を全員殺したわけか…。早速約束破りやがって。つくづく最悪なヤローだな。朝一でダグに密告して(チクッて)やるからな」


 「きっと町の外での出来事だからカウントされませんとか言うつもりさね。アタシは呆れたよ。でも人助けをしたって話だから殴るわけにも行かないし」


 「だから私は首輪付けた方がいいって言っただろ?父さんも母さんもアイツの危険度わかってないよ」


 エイリークたちは出会ってから一か月の間で、速人の凶暴性を十分に理解していた。


 (日頃の恩を忘れやがって…ッ‼頼みの綱はベックさんだな…)


 速人はふり返ってベックとコレットの顔を見た。


 ベックは気の進まない顔で両手に太い縄を持っていた。

 ベックの隣ではコレットが「おとなしくしていてね。すぐに終わるから」と慈愛に満ちた表情をしている。


 速人はおとなしくベックの縛につくことにした。


 数分後、ベックは溜息をつきながら速人を太い縄でグルグル巻きにしていた。

 実際、縄の縛り自体は緩くあくまで体裁を保つ為のものだろう。


 エイリークは新しく用意された握り飯を食べながら速人にウィナーズゲートの町で起きた事件について尋ねる。

 エイリークたちの言動からデボラ商会の壊滅についてはまだ耳に入っていないことが窺える。

 おそらくは帝国の軍人ドルマが第十六都市に来ている事も知らないのだろう。


 (さてマルグリットさんたちとドルマさんの因縁を考えて伝えるべきか…)


 サンライズヒルの町から続く多くの人々との出会いは、既に速人の悩みの種になりつつあった。


 「それで、悪人は無条件で殺していいっていうお前の異常な倫理観は一度置いておくとしてだ。デブ商会を皆殺しにした後どうしたんだよ。さっさと言え!俺様はさっきから何だか眠くなってきたぜ!」


 ガンッ‼


 レミーがエイリークの顎下に強烈なアッパーをぶちかました。

 そして首を素早く横に振って「話を進めろ」と仕草で伝える。

 

 エイリークは口から血を吐き出しながら泣いていた。


 (…。吹っ切れてきたな、レミーよ)


 速人はサムズアップを決めた後に話を続けた。


 「デボラ商会の連中が取り押さえられ、トマソンさんの孫、全然可愛くないクリスって女の子とジョッシュも無事に保護されて事件は終わったんだ。その時にトマソンさんが町に持ってきた羊をどうするのかって話になって町のお肉屋さんの立ち合いの下に簡単な値段交渉をしてそれで一頭譲ってもらったんだ」


 速人はキリーとエマの名をわざと伏せておいた。


 実際エイリークに聞かれれば答えるつもりだったが、キリーがどのような思いを抱きながら第十六都市を去ったことを考えると生半な覚悟で話す気にはなれなかったからだ。

 サンライズヒルのマティス町長にしても彼らが都市を去ってからエイリークたちが何もしなかったとは思えない。

 おそらくはエイリークたちが第十六都市の外に捜しに来る度に住む場所を引っ越していたのではないかと考えている。


 「嘘くせー…。この時期に羊一頭、手放す奴なんかいるかよ。どうせ俺の言う事を聞かないとお前の孫を頭から食っちまうぞって脅したんだろ。白状しろ」


 エイリークは握り飯の乗っている皿に手を伸ばした。

 しかし、皿をレミーに取り上げられ残っていた握り飯は残りの面子によって公平に分配された。


 エイリークはさめざめと泣きむせぐ…。

 

 「実はトマソンさんが孫のクリスとジョッシュに内緒でマルコを売りに来てたんだよ。実家の懐事情を知ったジョッシュが途中で納得してくれたから取引の方は上手く行ったんだけどね。少しは俺の努力も認めて欲しいものだなあ…」


 結局、速人は朝方エイリークとマルグリットが寝オチするまで説明することになった。

 

 帰り道マルグリットとレミーはどうにか自力で歩くことが出来たがエイリークは速人がおんぶして行くことになった。

 

 ベックはアインを背負い、コレットが夫に代わって速人に礼を言ってくれた。


 (きっとエイリークさんのお父さんの代からこうやって周囲に謝っているんだろうな)


 背中でいびきをかきながら爆睡しているエイリークを見ながら、速人は呆れ顔でエイリークを客間のベッドに寝かせる。

 夫婦の寝室に連れて行こうとしたがレミーが「ベックたちが泊まりに来ているのに変な事をしたら困るから」と言われたからである。

 その夜、レミーは両親の寝室で母親とコレットの三人で寝ることになった。


 アインとベックは嵐のようないびきをかくエイリークと一緒に客間で過ごすことになる。


 しかし今さらエイリークのいびき如きにアインとベックが動じるわけもなく朝までゆっくりと寝ることが出来たらしい。


 後日ベックとアインからその話を聞いた速人は慣習の恐ろしさを垣間見たような気がした。


 速人が部屋に戻ると雪近とディーが三人分の布団を敷いて眠っていた。

 

 速人は眠っている二人に礼を言った後、布団の中に入る。ようやく長い一日が終わったのだ。


 速人が布団の中に入る数時間前、トマソンはクリスとジョッシュを連れて居留地に帰っていた。


 その土地はボーネットという名前であり元はオークの貴族が別荘を構えていた場所だと、土地の管理者からトマソンたちは聞かされていた。

 ボーネットに住むことを赦された人数は五十人であり、その為にトマソンたちは多くの縁者たちと別れなければならなかった。

 トマソン自身も弟と従兄弟たちを帝国と同盟に残している。

 それは果ての無い旅の途中で父親が死んだ後、トマソンが家長として初めて決断させられた出来事でもあった。


 それから十数年、ようやくボーネットに辿り着き五年が経過しようとしていた矢先に妻が倒れてしまったのだ。


 トマソンは心中穏やかならざる思いで帰宅して、まず妻の安否を確かめようとしたことは言うまでもない。


 「あら。お帰りなさい、貴男。今日は遅かったみたいね」


 妻は元気になっていた。

 いつものようにエプロンをかけて、元気な笑顔を見せている。

 トマソンはその時一日の疲れがどっと出てその場でへたり込んでしまった。

 

 さらに腰痛が悪化。


 トマソンの異変に気がついたトマソンの息子はすぐに父親を担いで、ボーネットに一人しかいない医師のところに連れて行った。


 数分後、トマソンを置いてトマソンの息子は夕食の為に家に帰った。

 

 トマソンは幼なじみの老医師アトラスに伸びきった腰の治療をしてもらう傍らで、ウィナーズゲートの町で出会った様々な出来事について話をしていた。

 アトラスは白髪が目立つようになったプラチナブロンドの髪をかき上げながら神妙そうな面持ちでトマソンの話を聞いていた。


 「というわけで、私は新人ニューマンの少年にウチの羊を買ってもらったんだ。彼もとても喜んでくれたし、実に気持ちの良い取引をしたと思うよ。もしかすると私には商人の才能があったのかもしれないな」


 「それは無いな、トマ。…お前に商人の才能があれば我々を連れてこんな場所まで流れてくるもんか。商人は利益のある方にしか流れていかない。間違ってもこんな貧乏くじは引かんものさ」


 そういって笑いながらアトラスはトマソンの腰を軽く叩いた。

 

 ばちん、と景気の良い音がした後にトマソンが悶絶する。


 異変に気がついたアトラスはトマソンのズボンを脱がせて、温かい布で拭いた。


 平手打ちは加減したつもりだったが、当たった箇所とトマソンが加齢の為に弱っていたことが原因だったらしい。


 トマソンは起き上がれるまで回復するなりアトラスに説教を始めた。


 アトラスは苦笑しながら頭を下げるばかりであった。


 「お前というヤツは、私とて四十年前ほど丈夫ではないのだぞ。アティ(※アトラスの愛称)このヤブ医者め。医者の学校に行く金を出してやった恩を忘れたか」


 アトラスは残り少なくなった軟膏や包帯をカバンの中に入れながら「すまない。すまない」と詫びた。


 かなり昔の話になるがアトラスは医者の学校に行く為にトマソンの家からお金を出してもらっていた。


 アトラスの両親(※アトラスの家業は林業)は学校に行く事を反対したが幼なじみのトマソンが先代の家長である父親に頼み込んで大金を出してくれたのだ。

 その恩は今の今まで忘れたことは無い。

 アトラスはトマソンともう一人の親友に見送られて医者の学校がある街に行った時の事をふと思い出す。


 (トマも私も全く変わっていないな。いやずいぶん老け込んでしまったか)


 そしてまたアトラスは含み笑いを溢してしまった。


 「何がおかしい、アティよ。大体お前というヤツは昔から真剣さが足りない。少しは息子のケリーを見習ったらどうなんだ?」


 「笑ったのは悪かったよ、トマ。でもお前が羊を売った相手は新人ニューマンの子供なんだろ?一体いくらで買ってくれたんだ」


 トマソンは顎に手を添えて速人との会話を思い出す。

 速人は「十万QP」と確かに言っていた。

 よく考えて見ると、第十六都市の中の人間でも一月は働かずに暮らせそうなくらいの大金である。つきさっきまで生死を共にして戦った速人を疑うような真似はしたくはないが、常識的に考えて新人ニューマンという最下級種族の子供が用意できる金額ではない。

 

 トマソンは言った直後に言葉を詰まらせてしまった。


 「…むう。たしか、十万QPだ。ったとも思う」


 そこでアトラスはどっと笑い出した。


 「お前な、いくら何でもそれは無いだろう。猪頭人オーク族の我々だって職にありつけるかどうかわからないご時世だというのに新人ニューマンの子供に集められるような額じゃない。あまり期待はしない方がいいぞ」


 アトラスは以前からどこか人を軽く見ているような嫌な言い方をする男だったが、今日に限っては友人を馬鹿にされたような気がしたのでトマソンは思わず怒ってしまった。

 久々に激昂したトマソンを見てアトラスは目を丸くしている。


 その時、部屋の扉を開けてアトラスの息子ケリーが駆け込んできた。

 ケリーはトマソンに武術や騎士としての心得や作法を学んだ師弟の間柄である。

 ケリーは数十年来のつき合いである父親と師匠が喧嘩をしているのではないかと思い込み、いてもたってもいられなくなって現れたのだ。


 「父さん、先生。何やってるんだよ。二人とも喧嘩する元気があるなら夕飯食べてくれないか?さっきからみんなずっと待っているんだぜ」


 ケリーの話ではいつの間にかトマソンはアトラスの家で夕飯を取ることになっていたらしい。


 不意に弟子が現れたことによってトマソンは怯んでしまった。


 そこをアトラスがやり込めようと口を出してくる。


 「実はな、せがれ。このボケたジイサンが羊を新人ニューマンの子供にまんまとくれてやってしまったらしい。コイツの馬鹿正直には昔からほとほと手を焼かされるよ」


 アトラスは手をひらひらと振って、昔からのトマソンへの不満を息子にぶちまけた。


 トマソンは顔を真っ赤にして机の上に巾着を叩きつけた。

 かなりの重量感のある音を聞いたケリーとアトラスは驚いて巾着袋のほうを見る。

 そしてトマソンは家の壁が剥がれてしまいそうな大声で叫んだ。


 「そこまで言うなら、そこの包みを開けてみろ‼ケチな貧乏医者めが。速人君が私に嘘をつくもんか‼」


 トマソンは腕を組んでそっぽを向いてしまった。

 ケリーはよく似た顔つきの父親の顔をキッと睨みつけた。

 父親の飄々とした態度がトラブルに発展した経験は一度や二度で済まないからである。

 アトラスは仕方ないという様子で巾着袋の紐を解いて中に入っているQP硬貨を、ケリーと一緒に数える。


 そして、少し時間が経過した後にアトラスとケリーはトマソンの持ち帰った金に対して恐怖を抱いていた。


 後ろから何も聞こえなくなったことに気がついたトマソンは顔面蒼白となったアトラスとケリーの親子に何事かと尋ねる。


 「おい…。どうした、アティにケリー。結局、袋にはいくら入っていたんだ?」


 「せ、先生…。マズイよ、これは…」


 ケリーは魔晶石によって作られたQP硬貨を入念に数え直していた。

 少なくともケリーたちが今の段階でこれほど稼ぐ為には数年は必要となるからである。


 次の瞬間、アトラスは必死の形相で親友の両腕を掴んできた。


 「百万だ。百万QP…だよ。おい、しみったれた貧乏騎士の息子。お前、一体どこでこんな大金を持ってきたんだ‼」


 グキリッッ‼‼


 アトラスに全体重をかけられたトマソンは腰痛を再発し、また悶絶しながら倒れてしまった。

 その後、アトラスは息子のケリーと共に失神してしまったトマソンを次の日の朝方まで介護することになったという。

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