第百二話 ベック・リターンズ
すいません。遅れました。次回は9月11日に更新する予定です。
というわけでエレベーター前まで到着。
床の上に何人か乗る度に昇る型のエレベーターで最大積載量は百人くらい。
第十六都市の外壁に使われている世界樹の一部に儀式魔術で役割を与えていると隊商”高原の羊たち”の副リーダーであるダグザから事前情報を得ている。
規模はかなり広範囲になってしまうがトマソンの連れていた使い魔と同じようなものらしい。
これで一部だというのだからダナン帝国やレッド王国同盟に存在する世界樹の本体がどのような代物であるかは今のところは想像がつかない。
故に都市開発に関わったという古代ドワーフの技術者や、過去の大戦で半壊した失われた技術を見事に再生させたダグザの実家であるルギオン家の技術者の力が侮れないものであることが窺い知れるというものだった。
ちなみに前述の古代ドワーフの子孫というのがサンライズヒルの町の居候であるハイデルの一族ではないかと速人は考えていた。
もっとも当のハイデルたちには古代ドワーフの知識は継承されておらず、都市周辺のいくつかの土地を所有していた記録しか残っていなかったという話だ(※湯船に浸かっている時に聞き出した)。
速人の推論も実のところルギオン家に仕えていた老人たちとダグザの父ダールの自慢話を総合させたものであって事実かどうか定かではない。
(こうなるとダグザの祖父スウェンスから話を聞いてみないことにはわからない話が多いな)
速人は誰に聞かせるわけでもなく舌打ちをする。
その原因とは、少し前から考えまいとしていたダグザの祖母の事を不意に思いついてしまったからである。
メリッサの話はダールの前では禁句だと、ダグザ当人から聞かされていた。
彼女は多くの人間から慕われていた人物だったらしい。
死んだ原因というのも自分に割り当てられる医療物資を他人に譲り与え続けた事と過労と心労が重なって倒れたとダグザは話の後半には涙まじりに語っていた。
メリッサもまたエイリークの母親同様に他者の為に命を落としてしまったのだ。
第十六都市にいればその手の話が嫌でも耳に入ってくる。
速人はダグザやエイリークがメリッサの話をする時に見せる懐古と悲哀の入り混じった横顔を思い出し、奥歯を強く噛んだ。
(エリオットとセオドアだけではないキリーやエマも、おそらくはマティスたちもメリッサが都市で生きているものと信じているのだろうか。…でなければ別れ際にあんな事は言えないな)
速人は暗鬱な目つきで動く床の下に広がるウィナーズゲートの町を見ていた。
「今頃エイリークさんたち、どうしてるんだろうねえ…」
巨人族の青年ディーが夜の色に染まりかけた空を見ながらふと呟いた。
今日も多くの人間から誤魔化して伝えたがディーは”霧の巨人”と呼ばれる巨人族の出身である。
実は例の戦争を引き起こしたグリンフレイムの”炎の巨人”の一族とは遠い親戚関係にあり、彼らを一括りにしてヨトゥン巨人族と呼び他の巨人族たちが忌み嫌っているので本性を明かすことは出来ない。
速人共々エイリークの家で引き取られることになった時ダグザとの話し合いで”ディーの出自は他人の前では明かさない”ことに決まったのだ。
同じ巨人族でも、妖精種に属するトロール族だと言っているのは速人の機転によるものだった。
「いい気なもんだぜ。こっちはテメエのせいでどれだけ苦労したと思っているんだか」
速人は感慨に浸っているディーを見ながらさらっと毒づいた。
純然たる悪意の産物である。
これもあまり考えたくはない話だが、サンライズヒルの町にいた巨人族のテレジアにはディーの素性はバレているだろう。
グリンフレイムの妻だったテレジアが特に何も言わなかったのは”干渉するな”という静かな恫喝だった可能性が強い。
時折マイケルやダイアナがディーに向けていた訝しげな視線にも何かの意味があったのかもしれない。
(いずれディーに心当たりがないか聞くつもりだが、それにしてもテレジアさんの勘の鋭さは心臓に悪いな)
出会ったばかりの頃に謎の機神鎧アレスを操り、何者かによって操られていた経緯があるので普段からボロが出ないように気をつけろと速人が忠告しているにも関わらずディーという青年は気にしている様子はない。
見聞したことは全て片側のの耳を通り抜けて反対側の耳の穴から出て行ってしまう体質なのだろう。
「だからさあ、速人は物事を深刻に考えすぎなんだって。少しは俺やキチカを見習いなよ」
ゴゴゴゴゴ…。
ディーの不用意な一言が原因で、速人の怒りゲージが半分くらい溜まっていた。
雪近は足音を立てないように移動しながらディーの側を離れている。
ディーは近くに雪近がいると思って強気の姿勢を崩さない。
そもそも速人が相手では、雪近と二人がかりでも勝てる道理はない。
「俺が、お前らの何をどう見習えと?というか最近また身長が伸びたな。…体の成長に合わせて態度がでかくなるってことはその逆も然りってことだな」
ゴキゴキゴキ…。
速人は恋人を奪われた挙句ゲーム感覚で胸に七つの傷をつけられた一子相伝の暗殺拳の使い手のように指の骨を鳴らした。
”制裁”の巻き添えを食わない為に、雪近は既に速人の後ろに移動している。
「ああー‼そういうの良くないんだよ‼これからは個人の多様性を認めていく時代なんだから‼自分が小さいまんまで俺が大きくなっているから、それを妬んで攻撃するのは良くないことだよ‼ねえ、キチカ?」
ディーが横を向いても隣には誰もいなかった。
死神はディーの肩を掴み、すでに拳を振り上げる。
「ディー、お前はとりあえず反省な?」
ゴツッ‼…数秒後、ディーは涙目になりながら荷車を押していた。
位置的には、横に並んでいるはずだが雪近から少し距離を置いて歩いている。雪近が何か声をかけようとする度にディーは睨みつけてこれを拒絶していた。
「エイリークさんたちには一応、夕食を用意してきたから問題ないだろ。イラスト付きの手紙を残してきたんだし。むしろ問題はベックさんだな。”外”まで出て行ったことが見つかったら確実に怒られる」
速人はエイリークの家のキッチンに作り置きしておいたホワイトシチューとミックスサンドイッチのことを思い出しながら言った。
シチューとサンドイッチは、軽食くらいの分量は作ってあるので、エイリーク一家が生き残りを賭けた殺し合いゲームを始めている可能性は低いと考えたい。
しかし、速人たちが夜になっても帰らないとなればエイリークは子供の頃から世話になっているベックに泣きつくのは道理というものだろう。
速人にとっては、駄々っ子のエイリークよりもむしろ世話好きのベックが恐かったのだ。
というか第十六都市に来てからずっと世話になっているので文句を言えない立場である。
特にベックには、エイリークの家を改築する時には材料を惜しみなく分け与えてくれた恩もあった。
「そうかなあ…。ベックおじさんなら笑って許してくれるんじゃない?」
ディーが納得が行かないという様子で話に入ってきた。
ディーも速人や雪近と同様に第十六都市で生活するようになってからはベックには何かと世話になっている。
買い物をする時に大市場を紹介してくれたのも彼の仕業だった。
その際には「買い物を手伝ってくれたお礼」と言って速人たちに屋台で食べ物を買ってくれたこともある。
ベックの温厚な性格は誰からも好かれていた。
「逆に俺としてはベックさんに怒られる事よりも失望される方がダメージが大きいんだよ。外見がショボい分、実績で信頼を勝ち得てなければならないからな。一番重要なのは親しい間柄からの確かな信頼だよ。いつも言ってるだろ?」
速人は不快そうな顔でディーを睨んだ。
一人前と呼ばれる人間になる為に必要なのは”この人なら大事な任せられる”という信頼である。
自分という人間の価値を周囲に認めさせる為には必須事項と言っても過言ではないだろう。
責任という言葉も含めて。
「速人、お前いつも言ってるよな。”信頼を勝ち得るには十年、失うのは一瞬。それで失った信頼を取り戻すには倍以上の時間がかかると思え”だっけか。割に合わねえな…」
雪近が速人の口ぶりを真似しながら会話に割り込んできた。
これまでの経験から思うところがあったからなのだろうが少しだけ重苦しい表情をしている。
速人と同じ世界からやってきた宗雪近は三人の中では最年長だった。
「いつまでもガキのままでいいって言うならそれまでの話なんだが、男を名乗る以上は頼られる人間にならなきゃ駄目だ。それで他人からの評価と同じくらい大事なのが親しい人間からの信頼だ。まあ、そういうわけで俺はベックさんにガッカリされたくないわけなんだよ」
「ふううううう…」 × 3
そこまで言った後、三人は全員で大きな息を吐いた。
やがてエレベーターが完全に停止して都市内部に通じる大門が開いた後は黙々と荷車を動かす作業に没頭する。
速人は荷車を運搬する時も身体の節々から伝わってくる痛みに耐えながら信頼について考えていた。
(大体、動物を使って荷車を引かせるには解放奴隷から地位を上げる必要がある。そして奴隷から脱却する為に必要なのは市民からの推薦状だ)
簡単に説明すると速人がレストランやヌンチャク道場(※大本命)を開いたりする為には市民に昇格する必要がある。
今の速人の身分は解放奴隷なので、模範奴隷 → 準市民 → 市民(仮) → 市民 といった具合にランクアップする必要があった。
しかし、準市民と市民(仮)の時点で昇格を待たされている人間の数が多すぎて真っ当な方法では百年以上の時間を費やすことになるのだろう。
加えて速人はナインスリーブスでは最低ランクの種族である”新人”に分類されるので準市民に昇格する可能性は限りなく低いとダグザから説明を受けたこともあった。
そこで特殊な例に目をつけたわけだったが、やはり手っ取り早いのは武功だった。
エイリークの妻マルグリットやソリトン、ハンス、モーガンなどは”外”から来た融合種の出身であり、戦時中に多くの功績をあげて市民権を獲得するに至った。
その背景にはダグザの父ダールトンの推挙などがあったそうだが、当時から反対する意見も多かったという話である。
今は戦時中ではないので解放奴隷の身分では防衛軍に入ることは出来ない。
さらに戦争は終結してしまったので戦場で武功をあげることは出来ない状況にあった。
というわけで「戦功で立身出世大作戦」は見送られることになる。
速人が次に考えたのが市民からの推薦を受けるという手段である。
眷属種出身の上級市民であり、また市議会の角小人族の議員筆頭を務める人物(※要するにダールのこと)を父親に持つダグザに頼めば簡単に事は足りそうだが推薦状を発行する為には三人以上の名士からの同意を得る必要があった。
そして今現在の状態で速人が目をつけている推薦人候補の一人がベックだったのだ。
ベックは融合種の出身ではあるが若い頃から多くの実力者たちと親交を持ち、第十六都市の発展に尽力する名の知れた好人物である。
ここで彼の心証を悪くすることは得策ではない。
「速人は、また色々と難しい事を考えているんだね…」
ディーは独り言を口にしながら荷物を押している速人の姿を見ている。
おそらく速人はディーの将来に関係することも考えているのだろうが疲労の為に心配する余力も無かった。
「あのな、お前だって他人事じゃないぞ。都市を出る時には仮の滞在許可証ってのが必要になって、ベックさんを入れて三人くらいの人間から推薦されないといけないんだからな」
速人はディーの方には目もくれずに荷車を前に進める。
雪近とディーが力仕事で役に立たないのは最初からわかっていることなので期待はしていない。
速人が車を出す時に手伝えという空気を作って二人に仕向けたのもいざという時に体を動かす為の訓練をさせているつもりだった。
だがディーと雪近が第十六都市を去る時(※ディーは帰郷、雪近は婚約者であるディーの姉のところに戻る為に。雪近はナインスリーブスに定住するつもりらしい)に必要となる滞在許可証のことを考えて憂鬱な気分になっていた。
こちらの方は議員であるダールの協力が必要不可欠だったのだ。
ヌンチャク道場への道はまだまだ遠い。
「ダグザさんは慣れたけど、ダールさんはまだ苦手だよ。あの人、いっつも爆発する寸前みたいだから…。親子そろってどうして怖い人ばっかりなんだろうね。俺の家みたいに母さんか兄ちゃんが優しい人じゃないとバランスが取れないよ」
速人はダグザの生まれたばかりの息子アダンの世話をする時に何度かダールと顔を合わせる事があったが、ディーの指摘するように覇王のみが持ち得る覇気を纏っていることは間違いなかった。
ダールの妻エリーの話ではダグザは物心がつくまでダールの前では泣いてばかりいたらしい。
しかし、それらの過去の確執があったからこそ速人はベビーシッターのスキルを使ってアダンを泣き止ませ、さらにはダールやレナードが抱っこしても泣かないようにした手腕を高く評価されたのである。
このダールの信頼を獲得し一日も早く身分を昇格するという流れをより確実にする為にはダールが信用しているベックの信用は必要不可欠だった。
言うなればダールの周囲の人間関係のバランスを取っていたのは細かいところまで考えられるベックの仕事だったのだろう。
そう考えると合点が行くというものだ。
その点、ダールの妻エリーはやや強引すぎる性格のような気がする。
ダグザの妻レクサも同様に、だ。
「お前もわかってるじゃないか。確かにエリーさんとレクサさんは物腰は穏やかだけど、”圧”がすごいよな。多分エイリークさんの周囲のカップリングはあの二人がプロデュースしたんじゃないか?」
速人と雪近とディーはエイリークとマルグリット、ケイティとソリトン、ハンスとモーガン、その他の隊商”高原の羊たち”の主だったメンバーの顔を思い出す。
全員が夫婦だった。
ははは、と三人は乾いた笑い声をあげる。
そして気まずい沈黙が流れた後に三人で荷車を押し始めた。
ダールの為に開かれる会合の為に用意された肉を乗せた荷車はやがて見慣れた下町の出入り口に到達する。
その頃には、空はすっかり真っ暗になってた。
やがて小規模な個人用の農園と住宅地を分ける小道が見えたあたりで、どこか覚えのあるカンテラの内部に灯ったオレンジ色の光が速人たちの方を照らしていた。
共に五十代くらいの、くすんだレッドブロンドの髪の男と金髪の女が照明器具で前方を照らしながら速人たちのところまで小走りでやってきた。
ソリトンの義父母ベックとコレットの夫婦である。
ベックはこれまで必死の思いで速人たちを探していたことを示すかのように額に汗を浮かべていた。
普段からベックは温厚な性格で知られる男だが、今は控えめに言っても怒っているのが一目でわかるほどに怒りで顔を赤くしていた。
よその、気のいいおじさんをこうまで心配させてしまい、速人たちはもうしわけない気持ちになっている。
「コラ!速人!ディー!キチカ!お前たちはいつまで外で遊んでいるつもりなんだ!全く、おじさんたちは夕ご飯も食べないで町中を歩き回っていたんだからな!」
ベックの妻がエプロンのポケットからタオルを渡していた。
ベックはタオルで顔を拭いた後、幾分か落ち着きを取り戻している。
数少ない真っ当な大人を怒らせてしまった事を反省した速人たちは次々と頭を下げてベックに謝った。
「ああ、その何というかそこまで丁寧に謝ってくれなくてもいいんだ。私だってエイリークに言われて捜しに来ただけなんだし。ハハ…。面目ない」
今度はベックが速人たちに向かって頭を下げた。
夫のいつも通りの小心者ぶりを見たベックの妻コレットは口に手を当てながら笑っていた。
そんな妻の笑顔をベックはうらめしそうに見ていた。
お互いの非を打ち明け合った後、五人は協力して荷車をエイリークの家に向かって移動させる。
疑問点が残るとすれば、ベックに速人を捜すように頼んだエイリークはどこに行ったことぐらいだろうか。
エイリークの大きな家の門から賑やかな声が聞こえてきた。




