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第百一話 お帰りは人力車で

次回は9月8日に投稿します。今回も遅れてすいません。


 セオドアは泣き続けた。

 

 今まで溜め込んでいた思いが感極まって爆発してしまったのだろう。

 目から溢れ出る涙は滝のように止まるということを知らない。

 やがて子供のように泣くセオドアのもとにエリオットや古くからのつき合いがあるキリーやエマが集まり、彼を慰めていた。


 速人は本当はすぐにでも帰ってしまいたかったのだが雪近たちに止められ、セオドアが一度落ち着くまで足止めを食らうことになった。


 その際に、少しイライラしてきたのでキリーの店にある調理場を使って先ほど購入した大きな芋虫を炙って食べることにする。


 速人が感情に任せて串刺しにして焼いた食用の巨大な芋虫を食べているとディーと雪近が物欲しそうな顔をしてやって来た。


 「おい。それ食べて本当に大丈夫なのかよ?」


 ディーは口いっぱいに塩、胡椒で調味された芋虫を頬張っている。

 

 速人は頭のあたりをガリガリと齧りながら雪近の方を見る。

 そして口内に残った殻を砕き、飲み込んでから雪近の質問に答え始める。


 「コレ、そんなに悪い味じゃないぞ。味は泥臭い川エビってとこかな。…日本でザザムシとかって食ったことない?」


 雪近はややオーバーアクション気味に汗を飛ばしながら首を振った。

 その際に両目が心なしか血走っているような気がする。

 

 「……無理です」

 

 「まあ、いいよ。別に」 

 

 野菜や肉ならば一発ぶん殴ってでも食わせる予定だったが、ものが虫ともなれば事情が違うので特に何かをするつもりは無かった。


 雪近はその後も青い顔をしながら大きな虫を頭からバリバリと食べている速人とディーの姿を見ていた。


 「俺さ、イナゴの佃煮とかも駄目なんだよ。足のいっぱいついた虫とかって絶対に無理」


 実は雪近は故郷で珍味という触れ込みで何度かイナゴの佃煮を食べた経験があった。

 畑の草むしりや神社の境内の手入れをしている時に顔を合わせるバッタが鍋の中で飴色に煮られている姿を見た時の衝撃は今やちょっとしたトラウマになっている。


 「そういえばキチカってミッドガルの村にいた時から虫は駄目だったよね。美味しいのにさ。俺、実は肉より虫の方が好きだよ」


 雪近はわざと二人の方を見ないようにしている。


 速人は苦虫を噛み潰したような顔になっている雪近にお構いなしといった様子で食べることに集中する。

 実はこの時、傷を癒す為に体力を使っていたので気にしてやる余力が無かったというのが本音だった。


 「けっ。二人でごゆっくりどうぞ。俺はそんなゲテモノなんかよりも川魚の方がいいぜ」


 ディーは瞳をキラキラと輝かせながら雪近の為に用意された「焼き芋虫」を見た。


 そして速人に「俺がもらっていいの?」とばかりにアイコンタクトを送る。

 速人はすっかり拗ねてしまった雪近を一瞥した後に、首を縦に振った。


 「じゃあ、遠慮なくもらっちゃうね。キチカ、今日はごちそうさま!」


 ディーは焼き上がった芋虫の頭の殻の部分を外してかぶりついた。

 そして、柔らかい肉質と甘みのある肉汁の交互に楽しみながら口内でゆっくりと味わう。

 

 途中、残った殻や甲殻類の骨を放り出すのはご愛敬というところだろう。


 速人はディーが口から出したものを次々と布に包んでいる。

 本人が楽しんでいるので余計な口を挟むつもりは無かったが、やはり性格的にゴミや食べ残しを地面に放置する気にはなれなかったのだ。

 

 …しかし、ディーの食事の途中に痺れを切らして拳骨を一発入れた後にゴミを包む為の布の上に捨てろという指示を下した。

 

 ディーは涙目になりながら以降は速人の指示に従うことにした。

 それから芋虫を二人合わせて八匹ほど食べた後に、セオドアはエリオットに連れられて速人たちのところに姿を現す。


 セオドアの顔は精彩に欠けたものに変わっていたが、今日出会った時よりも晴れやかな表情に変わっていた。

 一度泣いて、溜まっていた負の感情をエリオットやキリーたちに聞いてもらって落ち着きを取り戻したというところだろう。


 「やれやれ。俺の事はスルーかよ。こっちだって腹減ってるのによ。速人、お前はつくづく血も涙も無えな」


 …とセオドアは復帰するなり憎まれ口を叩いてきた。


 エリオットは素直に感謝の言葉を伝えられない親友の姿を見て苦笑している。天然物という他にない性格ゆえに、先ほどセオドアが十数年ぶりに本音をぶちまけた理由が速人であることに気がついたのだろう。


 エリオットの青い瞳の中には、感謝と尊敬の念が込められていた。


 「そう思うならさっさと家に帰って奥さんにご飯でも用意してもらってくれよ。俺だってこれから家に帰ってエイリークさんにご飯用意しなけりゃいけないんだから」


 エイリークの食事の支度という話を聞いた途端にエリオットたちの動きが止まる。

 四人は口々に「そうか。それは…大変だな」とか「気に入らない食べ物を出したら食器投げてくるから気をつけろよ?」と速人の身の危険を案じている為にいくつかのアドバイスを提示してきた。

 速人にとってはどれも経験済みだったが、話を聞いた後は相槌を打った後に一人ずつ握手して感謝の気持ちを伝える。


 「まあエイリークの馬鹿のことはお前に任せるけど、生憎と俺は気持ちの整理がついていないからまだあいつ等の顔を出せそうにはない」


 「僕もテオと同じ気持ちだ。さっき速人の言ってくれたようにエイリークたちは許してくれるだろうけど、まず何よりも僕は自分自身を許すことが出来そうにない。都合の良い事ばかり言っているような気がするけれど、第十六都市に戻っても僕たちのことは伏せておいて欲しい…」


 セオドアとエリオットはほぼ同時に頭を下げてきた。

 二人の言葉には、以前のような迷いや後ろめたさのようなものは感じられなかった。


 (ここが限度だろう。むしろこれ以上は俺が踏み込むべき問題ではない)


 速人は想いを巡らせた後に、両目を閉じてから頭を深く振った。

 次に話に入る頃合いを見たキリーとエマが姿を現した。


 「速人君、先ほどテオから話は聞かせてもらったよ。私もエリオとテオの話は直接知っているわけではないが、今回だけは大目に見てやって欲しい。こいつ等だってもう子供じゃない。近いうちに必ずエイリークたちのところに顔を出すはずだ。私が約束する。だからもしその時が来たら、温かく迎えてやってくれ」


 エマは二人の実の母親のような優しい眼差しを向けた後、速人に向かって語り掛ける。

 エマの横顔はいつものようにどこか人生に疲れた様子ではなく、決意を秘めた真剣な表情となっていた。


 「速人。お姉さんもしばらくぶりにエリオとテオに会って話をしたけど、お姉さんみたいに昔と何も変わっていなかったよ。お姉さんと旦那も近いうちに第十六都市に顔を出して”勝手にいなくなってごめんね”って謝って来ようと思う。だから私たちの気持ちの整理がつくまでもう少しだけ待っていてくれないかい?」


 エマの口からお姉さんというワードが発せられる度にキリーとセオドアの顔が引きつる。

 ここだけの話、エマの年齢はシャーリーやエリーと同じ五十代だった。

 お姉さんと呼ぶには些か時が経過しすぎているかもしれない。

 しかし、いやずらに女性に年齢を訪ねてはいけないという紳士的な態度を信条とする速人が表情を崩すことは無かった。


 エリオットが反応しなかったのは天然物という属性ゆえだろう。


 「わかりました。マダムがそこまで言うのならばミジンコどもの要望に応えてやることにしましょう。セオドア君、エリオット君、今日は命拾いをしたな。これからはマダム・エマに感謝するんだぞ」


 速人は鼻息を荒くしながらセオドアとエリオットに人差し指を向ける。


 速人のくどすぎる指摘にうんざりとしながらも、


 (キリーとエマは俺たちが牢屋に入った時には差し入れとか持って来てくれたよな)


 (キリーやエマだけじゃない。あの時、町の人々は何も聞かすに僕の事を庇ってくれた。それなのに何も言わずに出て行ってしまった。本当にもうしわけない)


 はあ、と盛大な溜息をこぼす。二人には何らかの心当たりがあったらしくガックリと肩を落としながらキリーとエマへ頭を下げた。

 改めて頭を下げられ、キリーとエマは困った顔をしながら速人を見ている。


 速人はさっさと家に帰りたかったので適当に相槌を打った。


 その後、四人は互いの連絡先について話をしていた。

 その際にセオドアとエリオットの口からマティス町長の名前が出て来なかったのは別の事情があるからだと速人は考えていた。


 「キリー、エマ。向こうに行く時は連絡をくれよ。俺とエリオで護衛くらいはするからさ」


 セオドアはすっかり元気を取り戻し、明るい表情になっていた。

 片目を閉じながら昔からの恩人たちに一時の別れの挨拶をした。


 「ああ、その時は頼むよ。テオ、エリオ。今度は家族を連れて店に来てくれ」


 キリーの返事に、エリオットとセオドアは笑いながら「是非そうさせてもらうよ」と返していた。


 エマは三人を見て昔の懐かしい光景を思い出してしまった為か、微笑みながら涙を浮かべている。


 速人は雪近とディーを連れて荷車を出す準備をしていた。

 速人らは、トマソンのように運搬用の使い魔を連れているわけではないので自力で押して行くことになる。

 新人ニューマンという身分の厄介なところで家畜を所有することも出来なければ、使役することさえ出来ないのだ。

 速人がエルフの開拓村にいた頃は畑仕事は人力だけでやっていた。

 そこで世話になtったスタンという代官と彼の護衛役である鬼人オーガ族の男たちは監視役に隠れて牛や馬を使って開拓民たちの仕事の手伝いをしてくれた。


 速人は積み荷を乗せる傍らで開拓村での日々を思い出し、しんみりとした気分に浸っていた。


 そんな時にセオドアが、ウィナーズゲートの町の出入り口に向かう直前に最後の別れの挨拶を告げてきた。


 「速人、ディー、キチカ。今日は世話になっちまったな。俺たちはそろそろカッツたちのところに行くけど何か伝えておくことはあるか?」


 (そういえば町の入り口でカッツさんたちを待たせていたんだっけな)


 速人はドワーフの青年と、元デボラ商会の下っ端だった融合種リンクスたちのことを思い出した。

 彼らは今日にもサンライズヒルの町の住人となり、新しい生活を送ることになるのだ。

 エリオット、テレジア、マティスといった不安の材料はたくさんあったがセオドアやテレジアの息子たちというまともな人間も存在するので後の事は彼らに全てを任せることにした。


 「俺からは特に無いよ。それじゃあ、セオドアさん、エリオットさん、今日はどうもありがとう」


 「セオドアさん、エリオットさん。今日はどうもありがとう。町のみんなによろしくね」


 「セオドアの旦那、エリオットの旦那。町長やマイケルの旦那、ハイデルの旦那によろしくと伝えてください。今日はどうもありがとうございました!」


 三人で速人、ディー、雪近と順に頭を下げながら挨拶をする。


 別れ際、セオドアとエリオットは何かを思い出した様子で速人のところに戻って来た。


 「そういえばよ、速人。婆ちゃんには、俺とエリオの事を聞かれたら元気にやってるって伝えておいてくれ。第十六都市まちを出る時、婆ちゃんが色々と世話を焼いてくれたんだ。あの人にだけは足を向けて寝られねえ」


 「ああ、そうだ。速人、僕からも頼むよ。メリッサには不自由無く暮らしていることを伝えて欲しい」


 その時、速人の表情が一瞬だけ凍りついた。

 雪近とディーもまた怪訝な表情で二人を見ている。

 速人は雪近たちが何かを伝える前に素っ気なく挨拶を返した。


 「ああ。わかった。メリッサさんには、そう伝えておくよ」


 速人の何かを隠しているような物言いに疑問を覚えたセオドアとエリオットは理由を尋ねようとするが、時すでに遅しとばかりに速人たちは荷車のところまで向かっていた。


 その日、二人と三人はそこで別れ別れになってしまった。


 道中エリオットが速人たちを追いかけようと言ってきたが、セオドアは町の入り口でカッツたちが心配しているところだと説得したので二人はそのまま目的地に向かって歩き出す。


 振り返り、二人の背中をじっと見つめる速人の視線はいつになく暗いものだった。

 そして速人は振り返り、荷車に向かって歩き出した。

 いつもより早いペースで歩いているので、自然と雪近とディーは早歩きになってしまう。

 黙々と歩き続ける速人の背中を見ているうちに、いてもたってもいられなくなったディーが訪ねてきた。


 「速人。あのさ、セオドアさんたちが言ってたメリッサってダグザさんのお祖母さんの事だよね。戦争が終わった後にすぐ死んじゃった…」


 「おい、いいのかよ。あの二人に本当の事を教えてやらなくても…」


 雪近とディーはエリオットたちが去って行った方角を見ながら心配そうな顔をしていた。

 しかし、速人は振り返らずにそのまま答えた。


 「いいんだよ。それこそあいつ等の問題だ。俺たちの関わるべき問題じゃない」


 速人は荷車の後ろに周って、前に向かって押し出た。

 古めかしい木製の車輪がギシギシと音を立てながらゆっくりと前に進んで行く。

 ディーと雪近はやや落胆しながらも速人と一緒に荷車を動かす手伝いをする。


 速人は、いつになく厳しい表情で第十六都市の内部に続く門を目指した。

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