表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

136/239

第九十八話 表食(ウワハミ)

次回は8月29日に投稿します‼間に合った‼(※間に合ってない)


 ※ポルカさん(28)とトマソンさん(60)の要望により、首に縄つきという条件でウワハミさん(?)は解放されました。


 ウワハミはガン泣きしながら全身を震わせながら二人に頭を下げている。


 速人は「嘘泣きすんな」と追い打ちを加えようとしたがエリオットらに止められた。

 そういう状態から話は始まる。


 「君の親は君にどういう教育を受けさせてきたんだよ。全く…」


 ウワハミと名乗った初老の男は、セオドアの応急手当のおかげ少しはマシな顔になっていたがあちこちが腫れ上がったままになっている。


 速人はジト目で謎の男を睨んだままだった。

 やはり間近で見ると服装、所持品は古めかしいものばかりだったが速人が以前に暮らしていた世界の物にかなり近い。


 ウワハミはどちらかという全体的に色調のおとなしい中国系のデザインの物ばかりを身につけていた。


 「俺の親か?嘘つきと好き嫌いばっか言うヤツは殴って黙らせろって教えてくれたぜ?さあ、続きでもやろうか」


 速人は袖を捲って力こぶを作る。

 ウワハミは下を見ながら「もういいです」と言って首を横に振っていた。

 その際にも速人はウワハミと名乗る男の服装を観察していた。

 上は白地に薄い青の絵柄が入った裾の長い着物を羽織っている。

 中には若草色の着物であり、腰のあたりに巻いている帯の色は紺色だった。

 布の色や造りからして東アジア圏のものであることは間違いないだろう。

 以前からナインスリーブスでも似たような意匠の衣服は何度か見たことがあるが、デザインの根幹と言うべきものが元の世界のものとは違っていた。

 途中速人がガン見していることに気がついたウワハミは服の裾などを畳んで、目に触れないように隠していた。


 はあ、と一息ついた後にウワハミは頭頂部におだんごにまとめられたねずみ色の髪と髪飾りを整えながら、まず最初に自分が速人たちに対して亥位を持っていないということを訴えた。


 「最初に言っておくが、私は君たちをどうしようかと思ってここへ来たわけではない。そもそもナナフシと違って戦闘は苦手だからね」


 上着に付着したホコリを払いながら、ウワハミはチラリと速人の様子を窺う。

 乱杭歯をむき出しにしたケダモノがそこにいた。


 「じゃあ何しに来たんだよ。説明しろ。お前の首を刎ねるか、生皮を剥ぐかは話を聞いてから決めてやる。なあ、トマソンさん?」


 「どっちも嫌に決まっとるだろう。そこのアンタたち黙って見ていないで私を助けてはくれんのか?見た目が少しばかり怪しいというだけ(※自覚はあるらしい)で無害な一般人を拉致して、こんなことが許されていいのか⁉ひいっ‼」


 ウワハミは冷笑を浮かべる速人の大きな顔を見た後に、半泣きでトマソンに助けを求める。


 (そこを私に振られても答えようがない…)


 トマソンは戸惑った様子で速人の顔を見る。

 確かにウワハミは見慣れぬ風体の怪しげな男だが不思議と悪人には見えない。

 しかし、トマソンにはよく家族に他人の話を鵜呑み(※ナインスリーブスに鵜がいるかどうかはさておいて)にするなと注意されることが多いこともあって判断しかねていた。

 

 そこで自分よりも世間知がありそうなポルカやセオドアらに助けを求めるようとするが、彼らは首を横に振ってすぐに拒否してきた。


 「じゃあ、とりあえず説明だけでもしてみれば?さっきの変な男と大きい鎧みたいな怪物って、ウワハミさんの仲間なんでしょ。向こうからいきなり襲いかかってきたわけだし。私もその辺を説明してくれなきゃ納得できないし助けようがないわ」


 クリスが怒った様子で、腰に手を当てながらウワハミに人差し指を突きつける。

 隣にいるシスも両腕を組んで何度も頭を縦に振っていた。

 二人とも顔色が優れない様子で、ナナフシの放った封印術から完全に回復はしていないらしい。

 

 その一方で速人は手に持ったヌンチャクを頭上でヘリコプターのローダーのようにぶん回しては地面を叩いている。


 ウワハミは情勢を見極め味方になってくれる者が少数であることを痛感し、項垂れながら自分の境遇についてを語り始めた。


 (骨の髄まで恨むぞ…。ナナフシよ)


 「まずナナフシのやったことに関しては全面的に我々が悪い。外界の勝手というものを知らぬとはいえ他者の命を危険に晒すことなど許されぬことだ。本当にもうしわけないことをした。すまない」


 ウワハミは一度、全員の顔を見た後に深々と頭を下げた。

 しばらくしてから首を上げて話を続ける。


 「次に私がここに現れた理由はナナフシの回収が主な理由だ。ナナフシが外界に出て行った理由は知らぬ。だが機神鎧を持ち出したことから看過出来ぬと我らが盟主からお達しがあったので、一番手が空いている私が来たという話だ。この場所に来るまで過分な時間を費やしてしまったのは結界が張られていたせいなのだが、どこぞの術者がこのような真似をしたのか出来れば教えて欲しい」


 再度周囲を見渡した後に頭を下げる。

 

 説明を終えた直後、相手の様子を見てから一礼するその姿は正しく理想的なビジネスマンのプレゼンだった。


 速人はジト目でネチネチとした口調でウワハミにナナフシが使った術のことを話した。


 「お前の仲間が使った術のせいで俺たちはここに閉じ込められているんだよ。そこのポルカの兄貴の弟たちに前後万遍無く可愛がられたくなかったら術を解いた方がいいんじゃないの?ああん⁉」


 ぺっ‼


 そう言ってから速人は地面に唾を吐き捨てる。


 ウワハミは速人の奥にいる二人の屈強な男たち、即ちエリオットとセオドアの姿を見ていた。


 (あの三人が、私の尊厳と貞操を蹂躙するというのか…⁉どうやらいつの間にか外界は恐ろしい場所になってしまったようだな…)


 ウワハミは口を半開きにしながら顔を青くしていた。


 エリオットとセオドアは”妖精王の贈り物”の所持者ゆえに不調から回復していなかったのでゲンナリとしているだけだったが、本調子に戻れば全力で速人の言葉を非難していただろう。


 「これがナナフシが使った術だというのか?」


 速人は合点が行かぬとばかりに困惑するウワハミの顔を掴み、空に浮かぶ巨大な巻物を視界に入れる。


 ウワハミは電光を纏いながら空中に浮いたままの巻物を見た瞬間、驚きのあまり大声を上げてしまった。


 「あの馬鹿者は、ただの人間相手に雷霆護光剣まで持ち出したのか⁉」


 実際、ウワハミが”能力”を使ってこの場所に入ってきたのはナナフシが術を使った後の出来事である。

 ウワハミの”能力”の話は後回しとして、ナナフシが使った術は仙具”雷霆護光剣”の力を借りなければ使うことの出来ない術だった。とここまではいい。

 しかし、”四象封印 封雷陣”という術は人間相手に使うレベルの封印術ではない。

 魔神や大妖怪といった独力で天変地異を引き起こすほどの力を持った存在を相手にした時に使う術なのだ。


 (ナナフシめ。昔から単細胞とは思っていたが、ここまでとは。おそらく術を使い過ぎて魂の力も薄れかけているはず。早めに回収して戻らなければ…)


 ウワハミは額に汗を浮かべながら歯ぎしりをしながらアゴヒゲを弄っている。

 

 そして、周囲にいる速人たちの様子も盗み見る。彼らの大半は術の支配下にある為に個人差は出ているが消耗していた。


 「もうすっごく迷惑してるんですよね、ボクタチ。アンタがここに出て来たのはナナフシの野郎のストッパーになれるっていう確証があるからですよねえ。さっさと術を解いてくださいよ、センパイ。ポルカの旦那がさっきからアンタのお尻はまだかってうるさいんですよ?」


 ポルカは肩を落としながら首を横に振った。

 風評被害と魔術の効果のダブルミーニングが原因で、頭痛がひどくなっていたがポルカは子持ちの妻帯者である為に断固否定しなければならなかったのだ。

 だが、ウワハミには苦しそうな顔でアナルファッカー疑惑を否定するポルカの姿が別のものに映ったらしく目からボロボロと涙を流しながら速人の言葉に従った。


 「その、すぐにでも術を解除させていただきますけど。本当に変な事はしないでくださいよ⁉自分一応不死身みたいな体ですけど不死身なのと何をされても大丈夫ってのは違いますからね⁉」


 速人はひと睨みした後に左手で人差し指と親指を使って輪の形を作り、右手の人差し指を何度も出入りさせる。


 ウワハミは立ち上がり、空中に浮いている巻物に向かって手を伸ばそうとする。

 しかし、巻物は雲を呼びよせて雷を地上のウワハミに向かって落とした。

 次にウワハミは両手で頭を庇いながら速人のところまで一目散に逃げてきた。


 「すいません、速人様。出来れば私の商売道具の方を、釣り竿だけでいいですから返してくれませんか?後、使い魔というか機神鎧を一体召喚しなければ無理なのでそちらの許可も戴きたいのですが…」


 ウワハミはチラリと速人の顔を見る。


 白髪のジジイの上目遣いを見ても全然可愛くは無かった。


 上空の雷雲は健在でウワハミの言う通りに一筋縄では接近することさえ容易ではなくなっているだろう。

 速人は少し離れた場所に置いてあるウワハミの釣り竿と竹魚篭を手に取り、自分の両手を揉みながら卑屈な笑いを浮かべる老人に返してやることにした。


 「おおっ‼まさか両方とも返していただけるとは‼光栄と感謝の極みであります‼」


 ウワハミはまず最初に釣り竿を手に取り、しなり具合を確かめていた。


 (なるほど。あれは魔術師でいうところの魔術杖(ワンド)のようなものか)速人はウワハミが持っている釣り竿と竹魚篭を交互に観察しながら話を続けることにした。


 「一応言っておくが魚篭をオマケにつけてやったのは信用の証だからな。妙な真似をすれば…」

 チラリとポルカの姿を見る。

 「どうなるかわかってるだろうな?…お前の肛門は明日から蓋か栓が必要になるぜ。ポルカのアニキのアレは子供の腕くらいの大きさなんだ」

 そう言って速人は腕を曲げて力こぶを作る。


 ウワハミは上下を思い切りシェイクするような感じで「わっかりました‼」と挨拶してから現場まで走って行った。


 速人の背後にのろのろとポルカが現れて、強烈な拳骨を浴びせる。


 がんッ‼


 拳が当たった時の音は大きかったが、殴ったはずのポルカは右手を抑えながら悶絶している。

 速人の頭の固さは規格外だった。


 「何をするんだ、ポルカさん。少し痛かったぞ」


 速人は屈みながら拳の痛みを我慢しているポルカに冷やかな視線を向ける。


 「覚えてろよ、このガキ…」


 ポルカは歯噛みしながら思い切りガンを飛ばしてきたが、速人は興味無しとばかりに背中を向けてしまった。

 一方、ウワハミは地面に竹魚篭を置いた後に釣り竿を上空の巻物に向けて構えていた。

 母親の実家が漁港の近くであり、釣りの心得がある速人にはウワハミの構えが魚釣りのそれと違うことを見抜いていた。

 ウワハミは速人の視線を気にせずに巻物の周囲を滞留している雷雲を見ている。

 そして、何度か雷が明滅するタイミングを計った後に竿を構え針の付いていない糸を真上に向かって投げた。

 目標に向かって放り上げられた釣り糸は何かの意志を持ったかのように狙いを定め、巻物の周囲を雷雲ごと取り囲み縛り上げてしまった。

 流石の速人もウワハミの技の冴え渡り具合に愕然とする。

 さらにウワハミは釣り差を下に向かって引いて、糸によって絡め取られた巻物を地面に降ろした。


 「水心鯛よ。ナナフシの忘れ物を取っておいてくれ」


 ウワハミは釣竿の先端を地面に向けると大きな池が出現した。

 次の瞬間、池の中から顔は魚、胴体は蛙という珍妙な姿の機神鎧と思われる存在が姿を現した。

 速人は黒いヌンチャクを取り出し身構えてしまうが、ウワハミは左手で無害な存在だと是を制する。

 

 ウワハミの呼び出した機神鎧”水心鯛”は鮒か鯉と思われる大きな顔の口を開けると舌を出した。

 機神鎧”水心鯛”の赤く細長い舌はカメレオンが蠅を捕食するかの如くニュッと伸びて巻物を掴むとそのまま口の中に放り込んだ。


 ぽちゃんっ。


 そしてすぐさま池の中に巨体を沈めてしまう。

 その場にいた速人を除く誰もが口を大きく開けてその様を見守っていた。


 「不破速人君。あの子はのう、争い事はからきしなのだ。これ以上の事は出来ないのだよ」


 ウワハミは竹魚篭の蓋を開けながらニッと笑った。

 そしていつの間にか釣竿にかかっていた白い魚を中に放した。


 ぽちゃんっ。


 竹魚篭の中は生簀のようになっていて水が入っているようだった。

 糸から解放された魚はここぞとばかりに生簀の中を回遊する。


 トマソンはウワハミの姿を好ましそうに見ていたが、逆に速人は黒いヌンチャクを肩にかけて警戒する様子を見せていた。


 (ウワハミの気配が薄くなっている…。俺としたことが取り逃がしたか…)


 ウワハミは竹魚篭の蓋を閉じた後にすくっと立ち上がる。


 「それが”今の”ナナフシか。してやられたよ、ウワハミ」


 速人は竹魚篭を睨みつける。

 最初からわかっていたことだが、ナナフシは滅びていなかったのだ。

 ウワハミは本人の言う通りにナナフシを連れ戻しに来たに過ぎなかった。


 「何の何の。年の功というヤツだ。それはで今日はこの辺でお暇させてもらうよ。それでは皆さんもお達者で」


 ウワハミは本来ならば何もないところから帽子を取り出し、頭の上に乗せる。

 そして速人たちに背を向けて歩き出した。

 その頃には人間がいたという気配はすでに無くなっていた。


 最後に「虎王宝珠は君に預けておく。くれぐれも我らが盟主コウヨウシュの手に渡らぬことを祈るよ」と言い残して朝靄のように姿を消した。


 速人が血を流すほどに拳を握りしめているうちに、周囲の風景はもとのウィナーズゲートの町の中に戻っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ