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第八十八話 敵味方、全員集合!雪近、ディー、お前らだけは絶対に許さん。

次回は七月の二十八日にヒアウィーゴー!!


 そしてナナフシ、再起。


 緩いウェーブのかかった赤茶色の毛髪を逆立てる偉丈夫の姿はあたかも焦熱地獄の如き内面を表しているかのようにも見えた。

 黄色の法衣にオレンジ色の帯を肩から巻いた修行僧のような衣装から見える肉体はよく鍛えられた鋼のような輝きを放っている。

 

 そしてナナフシとの再会を予め知っていたかのように速人はヌンチャクを構える。


 黒いヌンチャクを両手から右脇に持る方の手を巧みに変えながら振り回し、最後には左の脇に収めた。 普段のナナフシなら「取るに足らぬ児戯」と容赦なく見下す場面だが、二度に渡る拙攻を許した今となっては認識を改めざるを得ない。

 ヌンチャクのジャグリングはミスディレクションに誘い込む為の、次の攻撃の布石。

 ナナフシは三つの瞳を宿す眼で速人の動きをじっくりと凝視した。


 「緑麒麟。そろそろ貴様も手伝え。お前も知っているように我が肉体は黒嵐王の戒めを受け、十全のそれではない。このまま小僧の武侠ごっこにつき合うのも悪くは無いが、時間を些かかけ過ぎた」


 ブンッ。


 そして、薄緑色の肩と背中から生えた透明な四枚の翅を開いた機神鎧「緑麒麟」が突如として現れる。


 (名前が”麒麟”というくらいだから能力は風に由来したものになるか…)


 速人が後退る様子を、緑麒麟は事細かに観察する。

 機神鎧にとって主命は絶対。

 緑麒麟は速人の小さな体に向かって左手を無慈悲にかざした。


 次の瞬間、ナナフシの口の端がつり上がる。

 

 天性の勘によるものか、日々の修練の賜物かどちらかはわからぬが速人は思うよりも早く腕を交差して敵の攻撃に備える。


 直後、速人の思考に空白が生じる。

 両の眼は一瞬で赤く染まり、耳と鼻から血がタラリタラリとこぼれる。


 同時に緑麒麟の巨躯が飛翔し、恐るべき速度で速人に接近する。


 速人は目をこすり視界を明瞭にした後、鼻息を一気にぶっと吐いて通りを良くする。

 

 轟と迫る重圧な装甲に覆われた緑麒麟の腕。


 (アレを当ってから躱す必要は無い。当ってから流せばいいだけのこと)


 速人は緑麒麟の腕に自らの意志で当りに行く。

 そしてブタ鼻の先に拳が触れるや否やそこを軸にしくるりと一回転しながら威力を分散させながら何処かへと流してしまった。

 速人はニヤリと笑いながら緑麒麟に”もっと攻めて来い”とばかりに手招きをした。

 実際はそれなりのダメージを受けているのだがそれを外に出さないことも含めて武技というものは成り立っている。

 エイリークあたりに説明するのはとても難儀することだろう。


 「おのれ。”化勁”とは生意気な」


 一方、緑麒麟は己の攻撃を受けて平然としている速人を見て羽音をさらに響かせる。

 しかしナナフシは従僕の深追いを許さず、左手で是を制した。


 ”化勁”とは相手の勁(※攻撃及びその予備動作を含む)を吸収し、己の勁に転じる技術である。

 しかし、化勁の極意を正しく理解しているものはほとんどいない。

 故に速人が緑麒麟の攻撃を回避する時に使った技もボクシングと拳法の技術を組み合わせたものを応用したものである。


 「とことん頭の中身が残念な野郎だな。俺が生まれた時代には”化勁”よりも効率よく打撃に対処できるバックスウェーとかスリッピングアウェーとか色々あンだよ」


 トン、トン、トン。


 速人はわざとお道化た様子で左のこめかみを突いてみせる。

 一方、対面の主従は共に怒り爆発寸前となっていた。

 ナナフシは緑麒麟をその場に残して速人に接近する。

 着物の懐からは手の内に収まるサイズの円形の刃物、飛剣を取り出していた。

 速人は突進してくるナナフシよりも先に側面に視線を動かす。

 向かって右と左から同時に飛剣が出現、回転する刃は速人の喉と腹を時間差で狙っている。


 「どの攻撃が本命かわかるまい?さあ、見事に避けてみせろ!小猿がッ!!」


 左右から迫る円刃。

 前からは鬼気迫るナナフシの飛剣。

 さらに背後からは奥の手。


 飛剣を撃ってくる時に回転をかけたのは時間差で同時攻撃にする為。

 逃げ道という逃げ道を塞ぎ、さらに三方向全てが必殺の威力を秘めた攻撃であり死角から駄目押しの一手を打ってくるという徹頭徹尾の四段構え。


 しかし速人にすればそれは定石のほんの一部でしか無かった。


 「どうせ全部だろ?芸が無いな、ナナフシ」


 速人はナナフシの渾身の斬撃を黒いヌンチャクで受け流した。

 そして喉、背のわき腹を狙う飛剣を順に払い落す。

 最後に横に飛んで背後から現れた剣の刺突をやりすごした。

 しかし、剣の勢いは止まらずそのままナナフシの現前にまで達する。

 

 「憤ッ!!」

 

 パキンッ!

 

 ナナフシは怒りを押し殺した表情で飛剣を真一文字に振り、自らに迫るを白刃を叩き落とした。


 「緑麒麟。風雲笛を使え」


 ナナフシの命令を受けた緑麒麟は速人がいる場所に向かって両手を突き出した。

 いち早く危機を察した速人は背を向けて退散する。

 すぐに手近な無人の建物に身を隠し、物陰から緑麒麟とナナフシの動向を探る。

 

 魔人と従僕は動かない。

 その事を確認すると速人は思い切り耳を塞ぎ”音”の砲弾たまを何とかやりすごそうとした。


 (さっきの緑麒麟から受けた攻撃の正体はおそらく音波だ。こっちに来てからはご無沙汰だったが、空港で飛行機が着陸した時の音を聞かされたのと同じように耳がキーンってなっちまったからな)


 速人は耳に手を当てながら周囲を観察する。

 カタカタ、と建物の壁や窓枠が緑麒麟の放った音の波によってわずかに震えていた。

 

 建物の揺れが収まるまでの間、速人は全神経を集中させてナナフシの襲来を待つ。

 

 緑麒麟が積極的に攻撃してこない理由も、ナナフシが追撃に加わらない理由も察しがついている。


 (勝機があるとすればナナフシが痺れを切らして出向いた時だ)


 速人は歯を食いしばって、その時を待った。


 速人が絶体絶命の危機の真っ只中にあった頃、ディーと雪近はキリーの店まで戻っていた。

 二人ともなりふり構わず遠回りしながら走ってきた為に全身汗だくになっている。

 裏道を走ってくる雪近を見つけたポルカがサンライズヒルの町に帰ろうとしているエリオットたちのところへ連れて行った。

 ポルカは体力の底が尽いてヘロヘロになっているディーを背負っていた。

 雪近は水の入った樽の中に手を突っ込んで喉を潤す。

 そしてエリオットとセオドアの前で突然、膝をついて頭を下げる。


 「エリオットの旦那。セオドアの旦那。何も言わずに俺たちを助けてくれ。速人のヤツが、大変なんだ!!」


 雪近は地面に額をつけたまま必死に懇願する。

 そして、エリオットたちにナナフシと名乗る謎の男が現れて襲撃を受けた事と速人が雪近とディーの為に一人で残って今こうしている間にもナナフシと戦っている事を話した。

 最初はエリオットたちも困惑した様子で雪近の話を聞いていたが、速人が重傷を負いながらも一人で戦っているという話を聞くと真剣な表情に変わっていた。

 エリオットは雪近の背中を軽く叩いて緊張を解そうとする。

 雪近の顔の下には涙の粒が落ちた後が見えていた。


 「大丈夫だ、キチカ。速人のことは僕に任せてくれ。親友を死なせたりはしないさ」


 そう言ってエリオットはセオドアを見る。

 セオドアは無言で首を縦に振った。

 エリオットの行くところにセオドアは必ずついて行くことを決めていた。

 例えその先に待っているものが死であったとしても、それだけは変わらない。

 エリオットの言葉を聞いた雪近は立ち上がって涙を拭く。

 雪近にはまだエリオットたちを速人のいる場所に案内する役目が残っている。

 ディーもポルカに頼んで背中から降ろしてもらい、雪近の後をついて行こうとする。


 「おいおい。大丈夫かよ、兄ちゃん。速人の事は俺っちに任せてここで休んでいた方がいいんじゃねえのか?」


 ディーは樽に入っていた水を両手で掬って顔を洗った。

 そしてディーはいつになく真剣な表情でポルカの方を見る。


 「速人はいつも俺のことを気にかけてくれたんだ。こんな情けない俺を…。だから今度は俺が速人を助けるんだ。何の役にも立たないかもしれないけど、俺は速人の為に何かをしてやりたいんだ!ポルカさん、さっきはありがとう。この恩は絶対に忘れないから!速人とキチカと三人で絶対にお礼を言いに来るからさ!じゃあね!」


 ディーは自身の頬を両手で叩いた後に雪近のところまで走って行った。

 ポルカは呆気に取られた様子でディーの後ろ姿を見送る。

 そして愛娘のシスに向かって苦笑しながら語りかける。


 「ああ。ええと、その何だ。シスよお、キチカとディーのことが心配だからちょっとついて行こうかと思うんだが…いいか?」


 そう言いながらポルカは腰に下げている刀を背負い直していた。

 シスはため息を吐きながら呆れた様子で答える。


 「行っても止めはしないが、親父が行く以上は私もついて行くからな。生憎、会長やお袋から親父が外で無茶をしないように見張っていろと言われている。親父、これだけは覚えておけ。アンタの命はもう一人の命ではない。ドレスデ商会に関わる者、そして”鋼の猟犬スティールハウンド”の隊員たちの命もかかっているんだ」


 ポルカは心底、困ってような顔をしたがシスの頑固な性格は母親ゆずりであることを思い出して落胆する。

 シスはポルカが何と言おうが絶対について来るだろう。


 ポルカが困った顔をしながら立っているところに杖を持ったトマソンが現れる。


 「ポルカさん。私で良ければご一緒しましょう。これでも若い頃は戦地に赴いたこともあります。こんな年寄りですが、シスさんのことは私に任せてください」


 トマソンはポルカを安心させようと朗らかに笑って見せる。

 普段のポルカならば他人にシスの身を守ってもらうなどと考えはしないのだが何故かその時ばかりは素直にトマソンの提案を受け入れる気になった。

 ポルカはその時トマソンの醸し出す風格とでも言うべきか、そこから信頼に値する何かを感じ取ったのである。


 「悪いな、おっさん。じゃあシスと一緒に殿の方を頼むぜ。俺っちはこのまま走って行くからよ」


 「ええ。任せてください。年寄りですからゆっくりと歩いて行くつもりです。ポルカさん、くれぐれもお気をつけて」


 ポルカは軽く頭を下げた後に大股で雪近とディーの後を追いかける。


 トマソンは笑いながらポルカを送り出した。


 一方、父親に置いて行かれたシスは頬を膨らませてお冠の様子である。

 トマソンは「さてどう説得したものか」と立ちすくんでいるとシスの側に孫娘のクリスがやって来ていた。

 クリスは父方の即ちトマソンの血を受け継いだ勇敢な性格の持ち主である。

 正直、悪い予感しかしない。


 「シス、大丈夫よ。うちのお祖父ちゃん、今は冴えないけど若い頃は騎士様だったんだから。さっき貴方のお父様に一緒に連れて行ってくれるって言ったんだから絶対に約束は守ってくれるわ。騎士は絶対に約束は守るって、この前私のお父さんに説教していたんだから。ね、お祖父ちゃん?」


 クリスが底意地の悪い目つきでトマソンに同意を求める。

 シスもまた期待を寄せるような目でトマソンを見ていた。

 当初は適当な理由をつけて二人をキリーたちのところに置いて速人を助けに行くつもりだったが、本末転倒な結果になってしまった様子である。

 さらにこの間、優柔不断なトマソンの息子に説教をしていた話まで持ち出されては袋小路に追いやられたも当然だった。

 こうしてトマソンは項垂れながらキリーとエマにジョッシュのことを頼んで、お転婆娘二人と一緒にポルカたちを追いかけることになった。

 キリーとエマは苦笑しながらトマソンに返事をする。

 ジョッシュは素直にトマソンの言うことを聞いて、この場に残ることになった。

 

 かくしてディーと雪近の暗躍によって、速人の「町から全員を逃がせ」という命令は徹底的に無視されてしまうことになる。

 結論から言えば誰が悪いというわけではない。

 この場にいた全員のオツムが悪い、ただそれだけの事だったのだ。


 「速人ー!」


 そして、速人は雪近の声を聞いて物陰から身を乗り出した。

 ウィナーズゲートの町の居住区の方から雪近を先頭にエリオット、セオドアたちが次々と走って来ている。


 (あの馬鹿共…ッ!!何てタイミングで…ッ!!)


 エリオットとセオドアの後ろにはディーと無駄にでかいポルカ、さらにトマソンとクリスとシスの姿までもが見えていた。

 

 やがて周囲を騒がせていた震動が止まる。

 攻撃を中断したナナフシと緑麒麟が速人の様子を確かめようと、すぐ近くまでやって来ようとしていた。

 速人は歯ぎしりしながら建物の奥に再び身を潜めた。

 しかし…、何者かの手が速人の腕をがしっと掴む。


 この迷惑な怪力は…、エリオットだった。


 「待たせたな、速人!!親友の僕が来たからもう大丈夫だ!!」


 そしてエリオットは大きな声で速人の名前を呼んだ。

 ほぼ同時に遠くからザクザクと地面を踏みしめながら額に血管を浮かせたナナフシと緑麒麟(※浮遊中)が姿を現す。


 かくして最悪の形で一同は介することになった。

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