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第七十七話 デボラ商会、最後の日。

次回は6月23日に投稿する予定です。


 速人は男が地面に落とした武器を自分から見て右側の建物に向かって蹴り飛ばした。

 男が起き上がってから武器を取りに行くには難儀する距離と時間を稼いだのである。

 だが、その局面においても男の反応は速人を大きく失望させる。

 腰に巻いていたピンク色の帯に手を突っ込んで片刃の小剣を取り出したのである。


 (武器を持ったまま立ち上がるとか、どうなんだ?)


 速人はすぐにでも前に出て男の頭蓋骨を破壊したい衝動に支配されそうになったが、その場に踏み止まる。

 男が”生きた口”としてまだ使える以上、殺してはならないからだった。

 男は小剣の先端を向けながらゆっくりと立ち上がる。


 (顔面は汗だく、呼気も荒い。戦場から逃げ出してきたというところか)


 速人は冬の望月よりも冷たい目つきで敗北者をゆっくりと観察する。

 男の体力の消耗を物語るように、先を三つ編みにしてまとめた金髪が揺れていた。


 「このガキが…、舐めやがって…。俺をどこの誰だと思っていやがる…」


 速人は男の大仰な負け犬の遠吠えを鼻先で笑った。

 男は小剣を振り回し、魔術を発動させる。

 強力な風を起こし敵に接近をさせないつもりなのだろう。

 さらに風の魔術を用いて、地面に転がっている石や廃墟の瓦礫を投擲してきた。

 

 速人は事前に男の視線の動きから次に何をしてくるのかを予測していたので攻撃を回避することは容易であった。


 風をやり過ごしてから、飛礫をヌンチャクで払う。

 しばらくして目の前には汗だくの小悪党の姿、実に容易な仕事だった。 

 

 そして速人は間合いを保ちながら男を建物から上手く引き離すことに成功する。

 

 「クソがッ!!何で当らねえッ!!故障しているのかッ!!安物じゃねえんだぞッ!!」 

 

 男は弾幕を回避される度に、いちいち悪態をついている。


 「右手の魔術で敵の動きを制限して、敵が動きを止めたところで左手の本命を当てる。勝ち方がワンパターンになりすぎていないか?…四流」

 

 速人は肩にヌンチャクを乗せて、男の無様な姿を鼻で笑ってやった。

 

 「この糞餓鬼がッ!!大人を舐めやがるなッ!!」

 

 男は激昂のあまり言葉を失う。

 そして本来はレイピアを持っているはずの方の左手に魔力を集中する。

 一瞬にしてライム色の電光が生じた。


 「お望み通り殺してやらあッ!!」


 男が使ったのは魔力によって発生させた電気を矢の形にして敵に投げつける”雷の矢”と呼ばれる魔術だった。

 射程と威力に優れた有用な攻撃手段ではあるが、如何せん術の構築と発動に時間がかかりすぎるという欠点がある。

 そして、もう一つの欠点は術が発動した後に視覚障壁を展開しておかないと電気から生じた光で相手の姿を見失ってしまうことだ。


 これはコマンド選択式のロープレではない、命を賭けた実戦なのだ。


 速人は軸をずらしながら地面を蹴って進む。

 男が次に目を空けた瞬間には、至近距離にまで接近していた。

 速人は再び侮蔑を込めた微笑を漏らす。


 「ひとます指二本で手を打ってやろう(指だけに、うぷぷぷ…)。授業料とまでは足りないが、今回は初回サービスだ」

 

 魔術で作り出した電撃よりも速いヌンチャクの一撃が男の右手の人差し指と中指を吹き飛ばした。


 ぼつぼつと音を立てながら男の指は地面に転がる。

 自分の身に何が起こったのかを確かめる為に、男は地面を見た。


 そこには見覚えのある値打ちのものの宝石がついた指が二本、転がっていた。

 突然、男は右手の先に焼き付くような痛みを覚える。

 やがて男は失った物の価値に気がつき、大声で泣き叫ぶことになった。


 速人は間を置かずに距離を詰めて男の顔面に回し蹴りを入れる。

 男は後頭部をぶつけた後、地面に背中を預ける形となった。


 「今後、俺の命令無しで声を出すことを禁じる。言う通りに出来なければ顔のパーツが一つずつ無くなって行くものと思え。いいな?」


 「はひ…、ガッ!!」


 男が口を開けた瞬間に速人のかかとが中に入ってきた。

 速人は男の口を何度も踏みつける。

 禁を破った結果、男は前歯の何枚かを踏み砕かれてしまった。


 「いいか、ゴミクズ。返事をする時も、口を開けるな。言葉を発するな。今回はこれで許してやったが次は口の端を切開して二度と口を閉じれないようにするからな。それで返事をする時はどうするんだった?」


 男は両目に涙を浮かべながら頭を上下させる。

 速人はニッコリと笑うと男の口の端に親指を突っ込む。

 

 「これが本当のリップサービス…って」

 

 次の瞬間、速人は何者かによって男から引き離されてしまった


 「おい。何やってるんだよ!お前はさ、一日に何人殺せば気が済むんだよ!」


 背後から現れたセオドアが速人の身体を持ち上げていた。

 同じころに速人のいる場所までやって来たエリオットは失神しかけている男の様子を見守っている。

 こうなってはどこをどう見ても倒れている男が一方的に暴行を受けているようにしか見えない状況だった。

 速人はセオドアの手を払って地面に着地する。


 その際に「加齢臭が付着しちまった」という捨て台詞を吐くことも忘れない。


 尚、一方的に罵倒されたセオドアは左胸に手を当てながら涙を流していた。


 「テオ。コイツはデボラ商会のデレク・デボラじゃないか?」


 エリオットは顔の下半分を踏み砕かれ、鼻と口から血をダラダラと流している男を指さす。

 セオドアは一瞬だけ顔を背けたい衝動にかられたが何とか踏み止まり、記憶にあるデボラ商会の会長と倒れている男の顔を照合する。

 

 深呼吸を一つ。


 エリオットの言う通り、男の比較的無事な部分だけを見ればデレク本人と考えて間違いないだろう。

 ただし治療魔術を使ったとしてもデレク・デボラの顔が元に戻るという保証はどこにもないのだが。


 「おい、返事はどうした?ハイなら首を一回縦に振れ。それでイイエって言うなら首をねじ切って楽にしてやる。俺のオススメは断然…」


 速人は再びセオドアによって持ち上げられ、さらに遠くにまで連れて行かれた。

 その後、男は自分がデボラ商会の会長デレク・デボラであることを認めた。

 速人はこの場で拷問して全ての情報を吐き出させた後に、デレクを自然に帰してやろうと主張したが二人は無言で反対した。


 「実はこの近くにポルカが来ているかもしれないから、連れて行った方が早いって話だ。さっきも少し言ったような気がするが俺とエリオは前にポルカに仕事の世話をしてもらったことがあってな」


 「わかったよ。畜生…」


 結局、速人はセオドアの説得に応じてデレクの身柄を隊商キャラバン”鋼の猟犬スティールハウンド”の頭目ポルカに引き渡すことを承諾する。

 まずエリオットたちに通りの隅に放置されているデレクの武器を回収させた後に速人はテキパキとデレクの肘と肩の関節を外した。

 そして速人はいつも身につけている手製の縄を使って両腕で自分の体を抱き締めるような形で縛り上げる。


 デレクは顔を真っ青にしながら速人に引っ張られることになった。


 やがて四人が中通りを抜けて大通りまでやって来る。

 火の手は粗方収まり、町全体に漂っていた不穏な空気は終息する気配を見せていた。

 デボラ商会の構成員と思われるガラの悪い男たちは縄に繋がれて防衛軍の天幕の方に連行されている。

 おそらくは見張りについている屈強な男たちこどが例の”鋼の猟犬スティールハウンド”から出向している戦士なのだろう。

 彼らの服装や装備を見ても不均一さは拭えないが、同じ組織に所属する人間であることは理解できる。  

 今、エリオットは大通りで合流する予定だったカッツの姿を捜している。

 セオドアはデボラ商会の人間によって誘拐されかけた二人の子供とカッツたちが一時の避難先として大通りに移動してもらっていたことを速人に説明していた。

 既知の情報ゆえに欠伸を我慢しながらも速人はセオドアの話と手持ちの情報に違いが無いかを確認する。 その一方で速人はセオドアの話を聞く一方で孫を誘拐されたトマソンの事を気にかけていた。

 

 速人がセオドアにトマソンの事を聞こうとしたその時、速人の頭上を大きな影が覆った。

 速人は何者かと思わず後ろを振り向いてしまう。

 第一印象は大柄な男だった。

 背丈は言うまでもなく、また体つきも全体的に筋肉質で引き締まっている。

 浅黒い肌に背中まで伸ばした黒髪、口元は笑っているが鋭い目つきと太い眉のせいで意識することなく他者を威圧している。

 全身に残る刀傷も一役買って、ただでさえも近寄りがたい風貌である。

 普通の人間ならば凄まれでもすれば財布を置いて逃げ出してしまうだろう。


 そんな凶暴な風貌の持ち主である男が笑いながらエリオットの肩を叩いている。


 「よお、エリオにテオの兄弟!この前はつれない返事しかくれなかったのに、ずいぶんと仕事が早えじゃねぇか!」

 

 (親しい友人を兄弟と呼ぶタイプの中年か。苦手な人種だ)

 速人の中でこの大男は即危険人物に認定されていた。 

 

 男はエリオットの背中をバンバンと叩く。

 当のエリオットは苦笑するばかりである(※内心はメチャクチャ怖がっている)。

 

 (やはりこの手の独活の大木は暴力とスキンシップの境界線が曖昧すぎるな)

 

 速人の、この大男に関する危険度はさらに1レベル上昇した。

 

 エリオットは困ったような顔でセオドアと速人を見ている。いざという時は勇敢なエリオットだったが、普段はこの手の強面の男が苦手だった。

 親友の心情を察したセオドアが大男に声をかける。


 「この間は世話になったな、ポルカの旦那。おかげでカミさんに無駄飯食らいって嫌味を言われずにすみそうだよ。それはそうと今日はずいぶん大所帯でウィナーズゲートの町にまで来ているみたいだけど何かあったのか?」


 セオドアは自分たちがデレク・デボラを連れていることをわざとに恍けながらポルカが隊商キャラバン戦闘員メンバーを連れている理由について尋ねた。


 速人はその間、縄を手元ギリギリまでデレクを引き寄せていた。

 そして、デレクの耳元に口を近づけて「動くと殺す」と小さな声で囁く。

 するとデレクは泣きながら何度も頭を縦に振っていた。


 「ああ。実はこのウィナーズゲートの町ってのは俺っちのホームグラウンドってヤツでよ。最近、デボラ商会が俺の身内に色々と嫌がらせをしているって聞いたんでね。キツイお灸を据えてやろうかと思って来たんだが…。なあ、デレクよお」


 ポルカは黒く大きな瞳でデレクを睨みつける。

 おそらくはデボラ商会と鋼の猟犬の総力戦が始まり、敗色が濃厚になったところでデボラ商会の側は一般人を盾にするという戦法を使ってきたのだろう。

 トマソンと孫たちはその巻き添えを食らったのだ。

 流石の速人もあの誇り高く、慈しみが深いトマソンの気持ちを考えれば良心がチクリと痛む。

 目の前の巨漢ポルカも同じような気持ちだったらしくボロボロになったデレクの襟を掴んで強引に持ち上げる。


 結果デレクは下は速人に、上はポルカに引っ張られる形となってしまった。


 「ポルカ。この汚ねえ犬っころが…。俺をこんな目に合わせた償いは”飛翔斧フライングアックスのヒューロン”がきっちりするからよ。アイツの斧はどこからお前を狙ってくるかわからねえぞ。今日からお前は眠れない夜を…」


 速人はエリオットに頼んで町に入る前に遭遇したデボラ商会の構成員が持っていた戦闘斧バトルアクスを渡してもらっていた。

 そして斧を、デレクの目の前でバットの素振りをするように振り回しながら見せつける。

 速人の姿と斧を見ながらデレクはまた泣き叫んだ…。


 「ヒュ…、ヒューロンッッ!!!」


 デレクの右腕として知られる”飛翔斧のヒューロン”は既に帰らぬ人となっていた。


 そして、戦闘斧バトルアクスを見ながら泣き崩れるデレクに同情したポルカは何も言えなくなっていた。

 エリオットとセオドアは他の犠牲者についてどう報告したものかと頭を悩ませている。


 その後、デレクはヒューロンの部下たちやデレクの血を分けた兄弟二人が速人にあっさりと殺害されたことを知ると下を向いたまま何も言わなくなってしまった。

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