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第七十一話 ドルマとウェインとの出会い。

 次回は六月五日に投稿します。


 ディーが速人のいる列の先頭を目指して走っていた頃、速人は町の入り口を目指して歩いていた。


 周囲は相変わらず廃墟同然の建築物ばかりだったが町の入り口の近くともなると建てられてからまだそれほど時間が経過していない建物も見られるようになってきていた。


 ここまで来て速人は目的地に到着したことを実感する。

 実のところ速人がウィナーズゲートの町に来たのは今日が初めてではない。

 以前にエイリークの右腕的存在であるソリトンの義父ベックの付き添いで何度か尋ねたことがある場所だった。

 その時はベックにエイリークやソリトンにはくれぐれも内密にと懇願されたわけだが。


 ウィナーズゲートの町にある闇市の存在を知ったのもその時の事だった。

 速人はまず町の入り口にいる防衛軍の兵士たちの姿を探していた。

 

 皆には秘密にしているが速人にはベックだけではない軍の幹部であるレナードを通じて何人か知り合いがいるのだ。

 出来ることなら先に速人の方から見つけて誤解が生じる前に説明をしておきたかった。


 速人は詰め所を含めた数か所の防衛軍の人間が立ち寄りそうな場所を探していた。

 同行者がディーと雪近だけなら問題は無かったのだが、こうまで大所帯ともなれば無視することは出来ない。

 今の速人たちは戦闘に特化した集団ではないのだ。

 仮に呼び止められたところで筋の通った言いわけを用意しているわけではない。

 

 速人は頭巾を深く被った状態で、下を向きながら何とかやり過ごそうとした。


 「おい!!そこのお前、…見ない顔だな」


 ディーは詰め所を強引に横切ろうとした瞬間に、この辺り一帯に配置されている兵士たちから声をかけられた。

 男の姿は傍から見ると高圧的な印象を受ける誤解されがちな態度には違いないが顔つきや歩き方は軍人然とした厳格なものを感じさせる。


 ディーは小さな悲鳴をあげてすぐに逃げ出そうとしたが、背後の異変に気がついた速人が隣にまで来ていた。

 速人はディーの手首を掴んだまま放さない。

 要するに何も言わないでおとなしくしていろ、という意味である。


 ディーは速人が間近まで戻って来てくれたことに感謝していた。

 一方、防衛軍の隊員と見られる男はディーを脅かしてしまった事に居心地の悪さを覚えていた。


 「ウェイン、また一般人を脅かしやがって。悪いな、坊や。別にお前のお兄ちゃんを連れて行こうとかそういう話じゃないんだ」


 ウェインと呼ばれた高圧的な態度の軍人は背後から現れた男に拳骨を食らった。

 ウェインは左手で叩かれた部分を摩りながら涙目になっている。


 速人は目の前の髭面の男の挙動に注意しながら軽く頭を下げた。

 ディーも速人の真似をして頭を下げる。


 男は少し白髪の混じり始めた顎髭を軽く撫でる。

 この前も孫を大きな声で注意をして息子夫婦と妻に説教されたばかりなのだ。


 (子供の相手はどうにも加減がわからん。犯罪者相手なら、いや違う。そういう考え方がそもそもいかんというのに…)


 速人は頭を下げながら、男の戦力を見極めようとしていた。

 目の前の男はエイリークやマルグリットと同等の実力者である。


 「そうは言いますけどね、ドルマ隊長。アンタだって大概ですよ?俺たちが急の用事で第十六都市まで出張って来たのにさっきから全然中に入れてもらえないのは一体誰のせいだと思っているんですかね!?」


 ドルマという名前を聞いた瞬間、速人の口は「首刈りドルマ」という言葉を発していた。

 それは注意していなければ聞き逃してしまいそうな小さな声だったが、ウェインとドルマは唖然とした顔で速人を見ている。

 それに気がついた速人の顔も厳しいものに変化していた。


 ダナン帝国に仕えるドワーフ族の軍人、ドルマ・ホーテンスタイン。

 ドルマは第十六都市と帝国の国境くにざかいにあるライヒストラーゼ城に駐屯する国境警備隊が擁する騎兵隊の隊長として数多くの犯罪者を取り締まった。

 その辣腕ぶりから「首刈り」、「処刑人」という異名がついたらしい。

 速人はドルマという男について以前世話になっていたエルフのスタンという男からある程度の話を聞いていたが、詳しい話を聞いたのはエイリークに引き取られた後の話だった。

 エイリークの妻マルグリットの父親は国境を荒らして回る盗賊の頭だったが、盗賊たちの本拠地を騎兵隊を率いて滅ぼしたのがドルマという男だったのだ。

 つまりドルマはマルグリット、ソリトン、ハンスらの親の仇ということになる。


 (さて。どうしたものか)


 速人は舌を舐めずり、ドルマという男を検分する。

 ドルマの身につけている服装はエイリークたちから聞いて通りであった。

 深緑色を基調とした帝国軍の制服。

 士官らしく袖や襟には金の刺繍が施されている。

 エイリークの話にあった通り、階級章らしいものは今現在の中隊長(※50から100人くらいの歩兵を率いる)の位を示すものしか縫い付けていなかった。

 次に速人は腰に下げた刀剣に視線を向けた。

 異世界ナインスリーブスでは珍しい部類に入るエストックと呼ばれる刺突による攻撃を刃の細長い剣である。

 ドルマはエストックを用いて相手の心臓を貫き、次の瞬間には首を刎ねてしまうらしい。


 速人は口内から溢れる唾で潤んだ舌をまた舐めずった。

 速人の粘着質な視線に気がついたドルマとウェインは別の意味で後退る。

 

 こちらはドルマの姿を見てニヤニヤしながら、舌をベロベロやっている速人の姿が単に気持ち悪いという理由だけだった。


 「なあ坊や。お兄さん、今甘い飴を持っているんだけどさ。欲しくはないかい?こっちにおいで」


 ウェインはドルマに注目が集まらないよう、猫なで声を出す。

 ウェインの右手には果物のジャムとシロップを煮込んで作った飴が乗せてある。

 つい先ほど防衛隊に足止めを食らっている間にうっかり試食をしてしまった為に行商人に買わされた品物の一つだった。

 

 そして傍から見れば人さらいが子供を飴をエサにして誘拐しようとしている場面以外の何ものでも無かった。


 「何もあんな不細工な子供を狙わなくても」という観衆の呟きがウェインの心を傷つけた。


 そして速人は接近するウェインから距離を取る。


 「おい、速人!お前また何をやっているんだよ!」


 その時、セオドアの大声が周囲に響き渡った。

 セオドアたちはそれまで難民の荷物運びの手伝いをしていたのだが、先頭の速人が急に立ち止まってしまった為に心配して列の先頭まで足を運んだのである。


 「君は、セオドア君か。それにエリオット君も大きくなったな」


 ドルマはそれまでの厳つい表情を崩して、固く結んだ口元を綻ばせる。

 それは旧知の者と再会した喜びによるものだった。


 セオドアとエリオットも同様にドルマともう一人の健在な姿を見て少しだけ喜んでいる様子だった。

 しかし、古い知人たちとの再会を喜ぶドルマとは違って、ドルマの部下ウェインはセオドアの姿を見るなり憎まれ口を叩く。


 「おいおい。どっかで聞き覚えのある馬鹿でかい声だと思うば、ハッ!…、エリオットの金魚の糞かよ」


 セオドアも一歩踏み込んでウェインを睨みつけた。

 額に浮いた血管がピクピクと蠢いていた。

 エリオットとドルマの「やれやれ。また始まったか」という感じの表情を見る限りはセオドアとウェインは顔を合わせる度に同じようなやり取りをしているのだろう。


 「俺がエリオの金魚の糞ならお前は何なんだよ、ウェイン。そろそろドルマがお前みたいな無能オブ無能な部下にストーキングされてることをストレス感じてることに気がついてやれよ?しばらく見ない間にドルマの白髪メッチャ増えてるじゃねえか。ああん!?」


 セオドアは右手の中指を立て、目を血走らせながらブチ切れている。


 ウェインの方はロングコートのホックを外して臨戦態勢に入っていた。


 どうやらこの二人、犬猿の仲であることは間違いなさそうだ。


 (このまま黙っていれば二匹の雑魚が最下位決定戦でもしてくれるのか)


 速人は特等席でセオドアVSウェインを観戦するつもりだったがエリオットとドルマがやってきて二人を互いのサイドに回収する。

 ドルマは抵抗するウェインにヘッドロックを極めながらエリオットたちに詫びを入れる。

 抵抗も虚しくウェインは口から白い泡を吐きながら意識を失った。

 ドルマは真っ青になったウェインを見て死んでいないことを確認するとヘッドロックを解いてやった。


 「ドルマ。アンタ相変わらず容赦無えな…」


 変わり果てた姿になってしまったケンカ仲間の姿を見ながらセオドアは呟いた。

 ドルマは背中を向けたまま何も言わない。

 一方、速人は気を失ったウェインの身体の土埃を落としている。

 しばらくして意識を取り戻したウェインはまず最初に自分を介抱してくれた速人に礼を言ってから、その場で立ち上がる。

 そしてドルマに絞められた首のすじを撫でながら、恨みの籠った目つきで睨んでいる。


 「ところでドルマ。警備隊の人間であるアンタがどうしてこんなところにいるんだ?」


 ドルマは非情に都合の悪そうな顔でエリオットの方を見た。

 ドルマとしても本当は相談したいところだが話の内容が重大すぎて容易に打ち明けることが出来なかったのである。

 そこで立場と責務で板挟みになっているドルマの為にウェインは助け舟を出すことにした。


 「実はな。今ウチの管轄で問題になっている事件があるんだけどよ。それが何つーか下手をすれば国同士の喧嘩に発展するかもしれない面倒な話になりそうだからお前らの大将のエイリークにでも相談しに行こうかってんで、今日の朝イチで砦を抜けて来たんだ」


 ウェインは「取次ヨロシク」と言いかけたところでエリオットとセオドアのいつもと違った様子に気がついた。

 補足するならば衣装が最後に会った時とまるで違っていることにもこの時改めて気がついてしまったのだ。

 ウェインの記憶に残るエリオットとセオドアは第十六都市でも屈指の名門の出身であり服装、装備は質の高い物を身につけていた。

 しかし、今の二人は全体的に色が落ちた古めかしい衣装を身につけている。

 この時、ウェインは自分の勘違いを反省する。

 戦後エリオットたちはエイリークたちと元通り仲良くやっているものと考えていた。

 しかし、今の二人を見る限りでは昔の仲間と距離を置いて暮らしていると考えて間違いないのだろう。


 (仮にエイリークの馬鹿が許しても、こいつ等は自分たちの事を絶対に許さない。俺も同じ立場なら絶対にそうする)


 ウェインはエイリークとエリオットたちが肩を並べて笑い合っている姿を思い出す。

 そしてエリオットたちから目を逸らしてしまった。


 「悪い。俺が少し無神経だったわ。勘弁してくれ、この通りだ。テオ、エリオ」


 ウェインはエリオットとセオドアに向かって頭を下げた。

 そんなウェインのらしからぬ姿を見たセオドアとエリオットは苦笑しながら頭を上げるように頼んでいた。


 ぺっ。


 三十を過ぎたおっさん同士の生温い友情ごっこを目の当たりにした速人は唾を吐き捨てた。


 「お前らには悪いが、今の俺たちじゃあ力になれそうにねえんだ。そこで速人様、アンタならこの状況を何とか出来るんじゃねえのか?」


 セオドアは強力なガムテープの如き接着力を秘めた視線を速人に送る。

 

 (こうなったらコイツをとことん巻き込んでやる。クソガキが!!)


 セオドアの目が雄弁にそう語っていた。


 一方、速人はヘタレ糞中年ズの戯言を聞き流しながら第十六都市防衛軍が拠点として使っている仮設テントの方を見ていた。

 エリオットが何か伝えに行こうとしていたがセオドアがそれを止めた。

 セオドアは、速人が何かに気がついて実行しようとしていることに気がついたからである。


 速人の視線の先にあったものは白い馬だった。

 大人が十人くらい入って生活できそうな大きなテントの側に建てられた即席の馬小屋に一際大きな青鹿毛の馬が停められている。

 速人はその場からすこしだけ前に進んで馬の姿を観察する。

 遠目には生きている白馬のようにも見えるが、実際に近くまで行くと馬の姿に似せて作った使いファミリアであることがわかる。

 

 青鹿毛に似せて作られたパールホワイトの革。

 白金の鎚で打って延ばして作られた白い鬣。

 右目は金色、左目は銀色。


 速人が以前元ボルグ隊の勇士たちによって紹介されたコルキスという名前の騎士が駆るトワイライトセイバー号だった。

 そして速人は運良くテントの奥で肘掛け椅子に座る老騎士の姿を見つける。

 

 その瞬間、速人は神の采配というものを感じてニヤリと笑っていた。


 「おい、速人。何か見つかったのか?」


 セオドアは速人の邪悪な笑顔を見て、不安になっていた。

 ドルマとウェインとの再会もこの悪魔ハヤトの仕業ではないかと考えていたくらいなのだ。

 一方、エリオットは防衛軍の兵士たちに見つからないように物陰からテントの様子を見ようとしている。


 「ああ。コルキスさんがいた。これからちょっと出て行って挨拶してくるよ」


 速人はさらに底意地の悪い笑顔を浮かべながらセオドアに見たままのことを伝える。

 想定通りにセオドアとエリオットの顔は絶望一色に染まってしまった。


 「コルキス!?コルのおっさんか!!って駄目だ!!絶対に駄目だ!!今俺とエリオが会ったら消えていた年数分だけ説教食らうって!!」


 セオドアは作画レベルで画像崩壊している深夜の萌えアニメのキャラクターのような顔(※妹の方。キャラ対比が倍以上になっている)になっていた。


 「いや、その。むしろ速人、どうして君がコルのことを知っているんだ?あんな恐い、おじさんを…」


 エリオットは顔面蒼白になり、子供時代コルキスによって仲間全員がぶっ倒れるまで炎天下で走らされた日々を思い出していた。

 記憶にある限りは普段は育ちの良い上品な紳士というイメージがあった為にキャラが入ると熱血脳筋軍人になってしまう性格だけが印章として残っている。


 だが二人ともしっかりと愛情をかけて鍛えられていたので、何も告げずに都市の外に出て行ってしまったことを思い出してすぐに落ち込んでしまった。


 そして、それまで腕を組んで黙って聞いていたドルマの顔もコルキスの名前が出てからは青くなっていた。

 なぜならばドルマが帝国の将兵として第一線で戦っていた頃から、第十六都市の防衛軍の「天馬の騎士」と称されるコルキスを常に意識してきたからである。

 昔から尊敬する相手と何の心の準備も無く対面させられることになれば百戦錬磨のドルマとて動揺せざるを得ない。


 速人はガクブル状態の大人たちをニヤニヤしながら見守っていた。


 「よし。ウェイン、今日は帰ろう。それで、また何日か後にコルキス様がいない日を選んでその時に尋ねるのだ。うん。それがいい」


 その時、ドルマの脳内では、今自分寝床として使っている砦の一階の食堂兼酒場でつまみをかじりながらエールを飲んでいる場面まで進んでいた。


 そんな頭のネジが外れかけたドルマの両肩をウェインが揺さぶる。


 「隊長!!アンタ、本当にそれでいいのか!!ていうか今すぐ戻って来い!!」


 ウェインたちはドルマを正気に戻そうと必死の思いで説得している。

 速人はそんな使えない大人たちを置いて一人、防衛軍のテントまで歩いて行った。


 「というわけで俺はコルキスさんのところに行ってくるから」


 「お、おう…」


 「頑張ってね…」


 この時ディーと雪近はエリオットたちのフォローをしながら、事情を良く飲み込めていないカッツたちは嵐の真っ只中に取り残されたような気持ちになりながら速人の背中を見送るしかなかった。

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